1. 歌詞の概要
「Car Song」は、Elasticaが1995年にリリースしたセルフタイトルのデビュー・アルバム『Elastica』に収録されている楽曲で、シングルとしても同年に発表された。タイトル通り“車の中”という限定された空間が舞台となっており、非常にストレートかつ直接的に、性と欲望を描いた一曲である。
この曲は、一見すると無邪気で軽快なロックナンバーのように聞こえる。しかしその中に込められているのは、都市的な匿名性、若さに宿る衝動、そして女性の主体的な欲望である。
「どこで愛し合うか？」という具体的なシチュエーションを通して、恋愛と性のリアリズムが、軽妙なリリックとパンキッシュなサウンドによって生き生きと表現されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
ElasticaのリーダーであるJustine Frischmann（ジャスティーン・フリッシュマン）は、ブリットポップ期における最も重要な女性ロックアイコンの一人である。彼女は常に、女性の視点から“性”や“欲望”を語ることに一切の遠慮を持たなかった。その姿勢は「Stutter」や「Line Up」などの他の楽曲でも顕著だが、「Car Song」では特に直接的で、あけすけとも言えるほどに明快である。
この曲の面白い点は、性的な行為を歌っていながらも、まったく“濡れ場的”ではなく、むしろドライで皮肉に満ちていることだ。欲望はむしろ可笑しみを伴い、ロマンチックな理想とはかけ離れた現実として語られる。
また、イギリスのインディー・ロックやパンクの伝統を引き継ぎつつ、フェミニズム的アプローチを織り込んだ点でも、この曲は画期的であった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’ve been told it’s a fact that you can’t help but attract
あなたが魅力的なのは、仕方のない事実らしいわ
この一節は、恋愛感情ではなく、あくまで“性の引力”を冷静に観察しているようなトーンで描かれている。
「好きだから」ではなく、「惹き寄せられてしまうから」。そこには恋愛の幻想を削ぎ落とした、淡々とした感情がある。
In your car, in a car
あなたの車の中で、そう、車の中で
繰り返される“in a car”は、行為の場を明示するが、それはロマンティックな場所ではなく、限定された物理的空間として提示される。つまりこの関係は、社会や感情に基づいたものではなく、もっと本能的で即物的な関係なのだ。
You do me
あなたが私を求める
この一行は、Elasticaの歌詞の中でも最も直接的なセクシュアル・フレーズのひとつ。だが、その直截さはいやらしさではなく、むしろ女性が能動的に性を語ることの強さとして響く。
※歌詞引用元：Genius – Car Song Lyrics
4. 歌詞の考察
「Car Song」は、セックスというテーマを扱いながらも、それを「愛の証」や「ロマンの延長」としては描かない。むしろ、この曲が描いているのは、「退屈の中にある一瞬の衝動」であり、「本能的な欲望の発露」としての行為である。
車の中という空間は、密室でありながら公共性を持ち、同時に匿名性を帯びる場所だ。そこでの行為は、まるで都市の裂け目に一瞬だけ現れる“生の感触”のようでもある。
この曲の視点は、“やられる側”ではなく、“やる側”にある。つまり、女性が性的な主導権を握っているのだ。それはElasticaの音楽の本質でもある。
また、「Car Song」は単に挑発的であることを目的としていない。むしろ、そうした行為を軽妙かつ現実的に描くことで、“性”というテーマを“日常”に引き戻している。
そこにあるのは、フェミニズム的な再定義であり、ポストモダン的な距離感である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fuck and Run by Liz Phair
性と感情の断絶をリアルに描いた90年代女性シンガーソングライターの金字塔。 - Cannonball by The Breeders
無秩序と遊び心の中に潜む女性的視点と衝動を巧みに表現した一曲。 - I Touch Myself by Divinyls
女性のセクシュアリティを率直に肯定的に歌い上げた画期的なポップ・ロック。 - Seether by Veruca Salt
表面の冷静さの裏にある怒りや欲望を爆発させるグランジ的フェミニズム・ロック。 - Rebel Girl by Bikini Kill
欲望とアイデンティティを力強く叫ぶ、ライオット・ガール・ムーブメントのアンセム。
6. 都市の裂け目に立ち上る“性”のリアリズム
「Car Song」は、Elasticaの中でも最も“直球”な楽曲であると同時に、最も“洗練された風刺”を備えた一曲でもある。
セックスというテーマを「特別なもの」とせず、「退屈な日常の中の自然なこと」として描くその視点は、当時としては驚くほど現代的で先鋭的であった。
この曲は、単に性的な解放を歌っているのではない。それ以上に、女性が“語る主体”としてセックスを描くことの文化的意義を体現している。
それは、声を持ち、欲望を持ち、選択する存在としての“女性”を、乾いたギターとシンプルなリズムの中で肯定する試みだった。
「Car Song」が90年代に鳴り響いたことの意味は、今なお大きい。そして2020年代に聴き返すとき、その自由さ、冷静さ、そして何より“自分の身体を自分の言葉で語る”という姿勢に、私たちは新たな価値を見出すことができるだろう。
それは、誰にでも訪れる。車の中で、ふと目を逸らすことのできない“衝動”のかたちとして。
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