
発売日:2022年1月14日 ジャンル:オルタナティブR&B/アート・ポップ/エレクトロポップ/ダンスホール/UKガラージ/ヒップホップ
概要
FKA twigsの『CAPRISONGS』は、2019年の『MAGDALENE』に続いて発表されたミックステープであり、それまで彼女の作品を特徴づけてきた緊張、孤独、身体性、実験的な電子音響を保ちながら、より社交的で開放的なポップへ大きく踏み出した作品である。
2014年のデビュー・アルバム『LP1』以来、FKA twigsはオルタナティブR&B、アート・ポップ、電子音楽を横断しながら、非常に精密で身体的な作品を作ってきた。
彼女の音楽では、声がただ歌詞を届けるだけの存在ではない。
息。
囁き。
加工。
重なり。
沈黙。
身体の動き。
それらすべてが音楽の構造へ組み込まれる。
『MAGDALENE』ではその方法論が極端に内省的な方向へ進み、失恋、自己犠牲、女性性、聖性、痛みが厳粛なサウンドのなかで描かれた。
それに対して『CAPRISONGS』は明らかに空気が違う。
友人の声が入る。
笑い声がある。
会話がある。
クラブへ向かう。
恋愛をする。
嫉妬する。
踊る。
自信を取り戻す。
つまり作品世界が「一人の内面」から「他者がいる空間」へ開かれている。
タイトルの“Capri”は、FKA twigs自身が山羊座=Capricornであることに由来する。
“songs”と組み合わせた『CAPRISONGS』という題名には、星座、性格、自己分析、友人関係といった私的な遊び心がある。
『MAGDALENE』の宗教的で荘厳なタイトルとは対照的である。
また、本作が「アルバム」ではなくミックステープとして提示されたことも重要だ。
ミックステープという形式によって、FKA twigsは完璧に閉じた世界を作る必要から解放される。
曲の途中で会話が入る。
インタールードが挟まる。
ゲストが突然登場する。
ジャンルが切り替わる。
一つの作品のなかで、UKドリル、ダンスホール、アフロビーツ、R&B、ポップ、ガラージ、トラップが自然に行き来する。
その雑多さが、作品の「友人と過ごす一日」「スマートフォンの音声メモ」「クラブと自宅の往復」といった生活感を作る。
参加アーティストもPa Salieu、The Weeknd、Shygirl、Rema、Daniel Caesar、Jorja Smith、Unknown Tなど幅広い。
この顔ぶれは単なる豪華ゲスト集ではない。
英国のブラック・ミュージック、ナイジェリアのアフロビーツ、北米R&B、ロンドンのクラブ/ドリル文化が、一つの個人的な日記のような作品へ共存している。
その意味で『CAPRISONGS』は、FKA twigsが「孤高の実験的アーティスト」から離れた作品でもある。
もちろん実験性は失われていない。
むしろそれを、もっと日常的で柔らかな形へ置き換えている。
複雑な電子音。
加工された声。
細かなビート。
突然の空白。
それらを使いながら、以前より直接的なポップ・フックを作る。
『CAPRISONGS』は、FKA twigsのキャリアにおける「回復」と「再接続」を記録した作品として位置づけられる。
全曲レビュー
1. ride the dragon
「ride the dragon」は、作品全体への導入として非常に重要な曲である。
タイトルの“dragon”は、危険で巨大なものを乗りこなすイメージを持つ。
自分より大きな力。
欲望。
人生。
混乱。
それらに飲み込まれるのではなく、その上に乗る。
ここには『CAPRISONGS』全体に流れる自己回復の感覚がある。
『MAGDALENE』では、FKA twigsの主人公はしばしば感情に圧倒されていた。
しかしここでは、自分自身の人生を再び動かそうとする。
サウンドは軽快で、ビートはトラップやクラブ・ポップに接近している。
それでもヴォーカル処理は極めてtwigsらしい。
声が多層化され、身体の周囲を回転するように配置される。
作品冒頭から、以前の厳粛さではなく「動くこと」が中心に置かれている。
2. honda feat. Pa Salieu
「honda」はPa Salieuを迎えた楽曲であり、英国のストリート・カルチャーとFKA twigsの未来的ポップが接続する。
タイトルのHondaは自動車ブランドであり、移動、都市、若者文化を思わせる。
本作では車や移動のイメージが、自由や自己決定と結びつく。
誰かに運ばれるのではなく、自分たちで夜の街を移動する。
Pa Salieuの存在は曲に重心を与える。
彼の低くリズミックなフロウと、twigsの浮遊する高音が対照的である。
片方は地面。
片方は空中。
この差によって、曲に立体感が生まれる。
音楽的にはアフロスウィングやUKヒップホップの影響があり、『CAPRISONGS』が従来の抽象的電子R&Bからより広いブラック・ブリティッシュ・ミュージックへ接続したことを示す。
3. meta angel
「meta angel」は、自己との対話を扱う楽曲として重要である。
タイトルにある“meta”は、自分を外側から見る視点を連想させる。
自分自身を観察する。
自分を励ます。
自分が何を恐れているのかを分析する。
つまり「自分の守護天使が自分自身」というような構造がある。
『CAPRISONGS』では、他者とのつながりが重要になる一方、最終的に自分を支える力も必要だという認識がある。
この曲はその内面的な軸を担う。
サウンドは夢のように柔らかく、声が複数の方向から聞こえる。
FKA twigsの得意とする「一人の声を複数人格のように分裂させる」技法が使われ、自分自身との会話というテーマを音響化している。
4. tears in the club feat. The Weeknd
「tears in the club」はThe Weekndを迎えた、本作を代表するポップ・ナンバーのひとつである。
タイトルは「クラブで流す涙」。
この言葉だけで、『CAPRISONGS』の方向性がよく分かる。
悲しい。
しかし家に閉じこもらない。
クラブへ行く。
踊る。
その途中で泣く。
つまり痛みと快楽が同じ空間に存在する。
クラブ・ミュージックには、悲しみを踊れる形式へ変換する長い伝統がある。
ディスコ。
ハウス。
UKガラージ。
ダンス・ポップ。
FKA twigsはその系譜へ自分自身の失恋経験を接続する。
The Weekndの声も、この曲のテーマと非常に相性が良い。
彼もまた、夜、快楽、孤独、自己破壊を長く歌ってきた。
二人のヴォーカルが交差することで、「クラブは幸福な場所であると同時に逃避の場所でもある」という二重性が強調される。
5. oh my love
「oh my love」は、恋愛における不均衡と自己評価を扱う。
タイトルだけならロマンティックなラヴ・ソングに見える。
しかし歌詞の中心には、「相手は本当に自分を選んでいるのか」という不安がある。
誰かに惹かれる。
しかし、その相手が十分な誠実さを見せない。
それでも関係を続けたくなる。
ここに自己尊重と欲望の衝突がある。
『CAPRISONGS』では、「誰かに愛されること」より「愛される価値のある扱いを要求すること」が何度も重要になる。
これは『MAGDALENE』からの大きな変化である。
かつては自己犠牲的な愛が中心だった。
ここでは、相手の態度を評価する。
不十分なら距離を取る。
音楽も軽快で、傷ついた感情を悲劇へ変えず、友人に恋愛相談をするような親密さを持つ。
6. pamplemousse
「pamplemousse」はフランス語で「グレープフルーツ」。
軽く、奇妙で、遊び心の強いタイトルである。
この曲は『CAPRISONGS』がシリアスな芸術作品であると同時に、「楽しむこと」を積極的に取り戻した作品であることを示す。
FKA twigsは過去作品で、身体を緊張、欲望、痛みの媒体として扱うことが多かった。
ここでは身体がより自由に動く。
踊る。
笑う。
軽く振る舞う。
それ自体が重要になる。
サウンドも小刻みで、短い音やビートが跳ねる。
タイトルの果物のように、酸味と甘さが同居する感覚がある。
作品全体の重さを意図的に軽くする役割を持つ。
7. caprisongs interlude
「caprisongs interlude」は、作品のテーマを直接的に補強する音声的な中間部である。
FKA twigsは本作でインタールードや会話を積極的に使用している。
これは単なる曲間の装飾ではない。
友人の声。
励まし。
雑談。
占星術。
自己分析。
それらが作品へ入ることで、『CAPRISONGS』は完成された芸術作品というより、生活の断片を集めたスクラップブックのようになる。
特に占星術的な言語は、本作で重要な役割を持つ。
それは科学的な性格診断というより、友人同士が自分について話すための共通言語として使われる。
「あなたはこういう人だから」と語りながら、お互いの性格や恋愛を整理する。
その親密さが作品世界を作っている。
8. lightbeamers
「lightbeamers」は、本作の中でも自己肯定を強く扱う楽曲である。
“light beam”は光線。
自分自身が光を放つ。
他者からの評価ではなく、自分の存在そのものを肯定する。
特に女性の身体や外見が社会的に評価され続ける状況への意識が感じられる。
FKA twigsは長いキャリアのなかで、身体を芸術の中心へ置いてきた。
ダンス。
ポール。
武術。
身体訓練。
しかし身体は他者から見られる対象にもなる。
「lightbeamers」では、その視線を逆転させる。
見られるだけではない。
自分自身が光源になる。
音楽は柔らかいR&Bを基調とし、攻撃的な自己肯定ではなく、穏やかな自信を作る。
9. papi bones feat. Shygirl
「papi bones」はShygirlを迎えた、作品中でも特に身体性の強いクラブ・トラックである。
ダンスホール的なリズムとUKクラブの感覚が融合し、低音が身体を直接動かす。
タイトルからも分かるように、ここでは恋愛の精神的な側面より、身体的な魅力や性的なエネルギーが中心になる。
Shygirlはロンドンの実験的クラブ・シーンを代表する存在のひとりであり、彼女の参加によって曲の猥雑さと強さが増している。
重要なのは、女性の欲望が受動的に描かれないことだ。
見られる対象ではなく、欲望する主体。
選ばれるのではなく、選ぶ側。
この視点は『CAPRISONGS』全体の自己回復と強く結びついている。
10. which way feat. Dystopia
「which way」はタイトル通り、「どちらへ行くべきか」という迷いを扱う。
『CAPRISONGS』では自信を取り戻す曲が多いが、回復は直線的ではない。
自分を信じる日もある。
迷う日もある。
正しい方向が分からない。
この曲はその不確実さを残す。
人生の方向。
恋愛。
キャリア。
自己像。
どれも明確な地図があるわけではない。
FKA twigsのキャリア自体も、単一のジャンルに収まらない。
R&Bなのか。
ポップなのか。
ダンスなのか。
実験音楽なのか。
その分類不能性を、「どっちへ行く?」という問いへ変換しているようにも聞こえる。
音響もやや断片的で、明確な目的地へ到達するより、移動途中の感覚を残す。
11. jealousy feat. Rema
「jealousy」はナイジェリアのRemaを迎えた楽曲で、アフロビーツ/アフロポップ的なリズムが本作の開放的な側面を強く示す。
テーマは嫉妬。
恋愛において非常に普遍的な感情である。
嫉妬は、相手を疑う感情であると同時に、自分自身の価値への不安でもある。
相手が誰を見ているのか。
自分は十分なのか。
この感情をFKA twigsは重苦しいバラードにしない。
むしろ軽快で踊れるリズムへ乗せる。
この判断が重要である。
嫉妬は深刻。
しかし、それに飲み込まれる必要はない。
Remaの滑らかな歌唱が曲に開放感を与え、twigsの繊細な声とのコントラストを作る。
12. careless feat. Daniel Caesar
「careless」はDaniel Caesarとのデュエットで、作品中でも特に親密なR&Bナンバーである。
“careless”は「無頓着」「不注意」。
恋愛において相手が無神経である。
あるいは自分自身も感情の扱いを誤る。
愛しているだけでは関係は成立しない。
注意。
配慮。
責任。
それらが必要になる。
Daniel Caesarの柔らかなヴォーカルとFKA twigsの細い高音は相性が良く、曲には90年代R&Bのデュエットを思わせる親密さがある。
ただし音響は現代的に抑制され、過剰なストリングスなどを使わない。
二人の声の距離そのものが、関係の近さと不安定さを表現する。
13. minds of men
「minds of men」は、男性の思考や欲望を理解しようとする視点を持つ曲である。
タイトルは「男たちの心」。
しかし単純な男女論ではない。
恋愛関係のなかで、「相手は何を考えているのか分からない」という経験を扱う。
相手の行動。
言葉。
沈黙。
それらを解釈しようとする。
しかし完全には理解できない。
その不確実さが、恋愛における不安を生む。
一方で、本作のFKA twigsは、相手の心理を理解することに自分自身を消耗させすぎない。
「理解できないものは理解できない」という距離感も出てくる。
この点で、『MAGDALENE』の自己犠牲から明確に前進している。
14. track girl interlude
「track girl interlude」は、友人同士の会話や日常性を作品へ持ち込むインタールードである。
『CAPRISONGS』におけるこうしたトラックの重要性は大きい。
普通のアルバムなら削除されるような会話を残す。
完璧な曲だけを並べない。
その結果、作品が「FKA twigsという完成されたアーティスト像」ではなく、一人の人間の日常へ近づく。
友人と話す。
冗談を言う。
恋愛について相談する。
こうした平凡な瞬間が、本作では回復の一部として扱われる。
孤独から抜けるとは、大きな人生哲学を得ることではなく、誰かと雑談できるようになることでもある。
15. darjeeling feat. Jorja Smith & Unknown T
「darjeeling」はJorja SmithとUnknown Tを迎えた、ロンドンへの帰属意識が強く感じられる楽曲である。
Jorja Smithのソウルフルな声、Unknown Tのドリル由来のフロウ、FKA twigsの浮遊する歌唱が共存する。
ここでは「英国」「ロンドン」という場所が重要になる。
FKA twigsは実験音楽の国際的スターとして扱われることが多いが、彼女の音楽は英国のクラブ、ガラージ、ドリル、R&B文化と深くつながっている。
「darjeeling」はそのローカルな根を確認する曲でもある。
タイトルは紅茶の産地として知られるDarjeelingを指し、英国文化における紅茶のイメージとも間接的に響き合う。
曲の中心にあるのは、移動してきた文化、都市の混血性、そして「どこを自分の場所と呼ぶか」という感覚である。
16. christi interlude
「christi interlude」は、本作の終盤で再び親密な会話の空間を作る。
『CAPRISONGS』では、他者の声がFKA twigsを支える。
これは作品のテーマそのものだ。
自分一人で全部を解決しなくていい。
友人の言葉。
何気ない励まし。
笑い。
占星術。
それらが精神的な回復を作る。
インタールードは曲としての完成度を競うものではない。
むしろ作品全体を「一人で作った孤独な芸術」から「共同体のなかで生まれた記録」へ変換する役割を持つ。
17. thank you song
最後の「thank you song」は、題名通り感謝をテーマにした楽曲である。
ここで『CAPRISONGS』は、怒りや失恋ではなく「ありがとう」で終わる。
これは非常に重要である。
『MAGDALENE』が痛みのなかで終わる作品だったのに対し、『CAPRISONGS』は他者とのつながりを確認して終わる。
恋人。
友人。
自分を支えてくれた人。
そして過去の自分。
そうした存在への感謝が感じられる。
感謝とは、すべてが解決したという意味ではない。
苦しみはあった。
傷も残っている。
それでも、自分は一人ではなかった。
その認識が作品の最終地点になる。
サウンドも比較的穏やかで、ミックステープ全体を祝祭的な余韻のなかで閉じる。
総評
『CAPRISONGS』は、FKA twigsのキャリアにおいて「軽くなること」を芸術的な前進へ変えた作品である。
FKA twigsはそれ以前、非常に完成度の高いアート・ポップ作品を作ってきた。
『LP1』。
『M3LL155X』。
『MAGDALENE』。
どれも細部まで緻密で、身体、ジェンダー、欲望、痛みを高度に構築されたサウンドへ落とし込んでいた。
そのため彼女には、「難解」「前衛的」「孤高」といったイメージが付きやすかった。
『CAPRISONGS』はそのイメージを壊す。
ポップになる。
笑う。
友人を呼ぶ。
クラブへ行く。
ダンスホールを使う。
アフロビーツを使う。
ラップを入れる。
会話をそのまま残す。
しかし、これは芸術性を弱めたという意味ではない。
むしろ、従来は精密な構築によって表現していた感情を、より生活に近い形式へ変えた。
この変化が本作最大の意義である。
特に重要なのは、「回復」が孤独な自己改善として描かれないことだ。
現代のポップ・カルチャーでは、自己肯定やセルフケアがしばしば個人の努力として語られる。
自分を愛する。
自分を磨く。
強くなる。
しかし『CAPRISONGS』では、それだけではない。
友人がいる。
誰かと話す。
一緒に踊る。
恋愛の愚痴を言う。
他人に励ましてもらう。
つまり回復は共同体のなかで起きる。
この視点がインタールードの意味を大きくしている。
もし曲だけを残せば、本作は優れた実験的R&B/ポップ作品として成立する。
しかし会話を残すことで、作品の感情的な中心が変わる。
「FKA twigsの頭のなか」ではなく、「FKA twigsとその周囲の人々の空間」になる。
これは『MAGDALENE』との決定的な違いである。
『MAGDALENE』では、痛みが巨大な聖堂のような空間へ響いていた。
『CAPRISONGS』では、痛みが友人の部屋や車内やクラブへ持ち込まれる。
このスケールの変化によって、FKA twigsというアーティストが人間的に近く感じられる。
サウンド面では、ジャンルの多様性が非常に大きい。
「honda」にはUKヒップホップやアフロスウィング。
「tears in the club」にはダンス・ポップ。
「papi bones」にはダンスホール。
「jealousy」にはアフロビーツ。
「darjeeling」にはUKドリルや現代英国R&B。
「careless」には親密なオルタナティブR&B。
それらが一枚に共存する。
しかし雑多に聞こえにくいのは、FKA twigsの声がすべてをつないでいるからである。
彼女の声は非常に特徴的だ。
細い。
高い。
息が多い。
壊れそう。
しかし同時に非常にコントロールされている。
この声があるため、ダンスホールでもR&Bでもドリルでも、最終的にはFKA twigsの世界になる。
また、『CAPRISONGS』は英国ブラック・ミュージックとの関係をより明確にした作品でもある。
FKA twigsはしばしばBjork、Kate Bush、Arca、SOPHIEなどの実験的アート・ポップの文脈で語られる。
それは正しい。
しかし本作では、ロンドンのクラブ・カルチャーやブラック・ブリティッシュ・ミュージックとの接続が前面に出る。
Pa Salieu。
Shygirl。
Jorja Smith。
Unknown T。
こうした参加者の存在によって、彼女の音楽が単なる「前衛ポップ」ではなく、英国の多文化的な音楽環境の一部であることが明確になる。
この点は本作を理解するうえで重要である。
また、Remaとの「jealousy」は、英国だけでなくアフリカの現代ポップとの接続を示す。
2020年代初頭にはアフロビーツが世界的なポップ市場で存在感を大きく増していた。
FKA twigsはそのリズムを「異国的な要素」として借りるのではなく、自分自身のポップ感覚の一部として自然に使う。
ここにはストリーミング時代以降のジャンル感覚がある。
ジャンルは国境ごとに閉じていない。
ロンドンのリスナーがアフロビーツを聴き、UKドリルを聴き、R&Bを聴き、ハウスを聴く。
その現実的な聴取環境が『CAPRISONGS』へ反映されている。
歌詞面では、自己価値の回復がアルバムを貫く。
「oh my love」では、相手から十分に大切にされているかを考える。
「lightbeamers」では、自分自身の光を認める。
「jealousy」では、不安や嫉妬を踊れる形へ変える。
「minds of men」では、他人の心理を理解しようとする疲労が見える。
そして「thank you song」では感謝へ到達する。
この流れは、単純な「失恋から立ち直った」という物語ではない。
むしろ、自分と他者との境界を引き直す過程である。
愛する。
しかし自分を失わない。
誰かを求める。
しかし相手の評価だけで自己価値を決めない。
友人に頼る。
しかし最終的には自分自身の判断を持つ。
このバランスが本作の成熟した部分である。
また、『CAPRISONGS』では女性の欲望が非常に自然に描かれる。
FKA twigsの過去作品でも性や身体は重要だった。
しかし以前はそれがしばしば痛み、支配、脆さと結びついていた。
本作ではもっと遊びがある。
身体を楽しむ。
相手を選ぶ。
クラブで踊る。
欲望を恥じない。
「papi bones」はその典型である。
この変化によって、身体は傷つく場所だけでなく、快楽を得る場所になる。
FKA twigsのキャリアを通して見ると、これは大きな転換である。
プロダクションも、彼女の実験性が「難解さ」と同義ではないことを示す。
音は細かい。
ヴォーカル処理も複雑。
低音の配置も巧妙。
しかし曲そのものは以前より親しみやすい。
つまり実験的な技術を「聴きにくくするため」ではなく、「ポップをもっと自由にするため」に使っている。
この方向性は、2020年代のオルタナティブ・ポップ全体とも共鳴する。
ジャンルの境界を守らない。
ヴォーカルを加工する。
クラブ・ミュージックを使う。
R&Bと電子音を混ぜる。
しかし感情は非常に直接的。
FKA twigsはその流れの中心的な存在の一人である。
『CAPRISONGS』はまた、ミックステープという形式の可能性を示した作品でもある。
「完璧なアルバム」は通常、統一感を求められる。
曲順。
テーマ。
サウンド。
すべてが一つの作品として閉じる。
『CAPRISONGS』は閉じない。
友人の声が入る。
ジャンルが変わる。
小さな曲がある。
インタールードがある。
一見すると散漫。
しかし、その散漫さが生活そのものに近い。
人間の一日はジャンル分けされていない。
朝に落ち込む。
昼に友人と笑う。
夜に踊る。
帰宅してまた不安になる。
その不規則な感情の流れが、ミックステープ形式によって自然に再現される。
タイトルがすべて大文字ではなく小文字表記の曲を多く持つことも、作品のカジュアルな感覚と合っている。
巨大な「作品」より、個人的なプレイリストやメッセージのように見える。
それも『MAGDALENE』との大きな対比である。
後世への影響という点では、『CAPRISONGS』はFKA twigsの最も急進的な作品ではないかもしれない。
『LP1』や『M3LL155X』の方が音響的には衝撃が大きかった。
しかし本作の重要性は、前衛的なアーティストがポップへ近づくとき、個性を失う必要はないと示した点にある。
実験性を維持しながら軽くなる。
複雑さを残しながら楽しくなる。
孤独な芸術から共同体的なポップへ進む。
この変化は、キャリアの成熟として非常に重要である。
また、本作は「FKA twigs」というペルソナを人間へ戻した作品でもある。
過去作品では彼女はしばしば神秘的だった。
身体は彫刻のよう。
声は幽霊のよう。
映像では超現実的。
『CAPRISONGS』では、その人物が友人と笑う。
恋愛の愚痴を言う。
占星術を話す。
嫉妬する。
踊る。
この平凡さが新鮮である。
神秘性を失ったのではない。
むしろ、神秘的なアーティストにも普通の日常があることを作品へ組み込んだ。
最後の「thank you song」が示すように、『CAPRISONGS』の最終地点は感謝である。
誰かに傷つけられた。
孤独だった。
自分を見失った。
それでも、自分を支える人々がいた。
だからもう一度外へ出る。
踊る。
恋をする。
笑う。
その循環が本作の核である。
『CAPRISONGS』は、FKA twigsのディスコグラフィーにおいて最も「楽しい」作品のひとつであると同時に、その楽しさが決して表面的ではない作品でもある。
楽しめるようになるまでに時間がかかった。
だから、その軽さには重みがある。
『MAGDALENE』が痛みを巨大な芸術へ変換した作品だとすれば、『CAPRISONGS』は痛みの後に再び生活へ戻るための音楽である。
おすすめアルバム
1. FKA twigs – MAGDALENE(2019)
『CAPRISONGS』直前のスタジオ・アルバム。失恋、自己犠牲、女性性、聖性を極めて緊張感の高いアート・ポップへ落とし込んでいる。『CAPRISONGS』の明るさや共同体性が、どれほど大きな変化だったかを理解するための最重要比較作である。
2. Kelela – Take Me Apart(2017)
オルタナティブR&B、UKクラブ、電子音楽を融合し、恋愛、身体、自己認識を精密なプロダクションで描いた作品。FKA twigsと同様、R&Bの感情性と実験的な電子音響を高い水準で両立している。
3. Shygirl – Nymph(2022)
『CAPRISONGS』にも参加したShygirlによる作品。UKクラブ、ポップ、R&B、実験電子音楽を横断し、女性の欲望や身体性を前面に出している。『CAPRISONGS』の「papi bones」が持つ開放的でクィアなクラブ感覚をさらに掘り下げる比較対象である。
4. Rosalía – MOTOMAMI(2022)
フラメンコ、レゲトン、ポップ、ヒップホップ、実験電子音を高速で横断した作品。『CAPRISONGS』と同じ2022年に、ジャンルの境界を気にせず私的な感情とグローバルなポップ感覚を混在させたという点で強く共鳴する。
5. Beyoncé – Beyoncé(2013)
R&B、トラップ、エレクトロニック、ヒップホップを横断しながら、女性の欲望、身体、結婚、自己価値を極めて個人的な視点で描いた作品。『CAPRISONGS』より大規模でメインストリーム志向だが、「女性自身が欲望の主体になること」と「実験的なR&Bをポップとして成立させること」という点で重要な先行例である。

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