はじめに
Cannons(キャノンズ)は、ロサンゼルスを拠点とするドリームポップ/シンセポップ・バンドである。
その音楽は、まるで夕暮れ時にひとりきりで海岸を歩くような感覚を呼び起こす。
センチメンタルでありながら甘く、ノスタルジックなのに現代的。
心地よいリズムに体を預けながら、ふと過去の記憶へと引き込まれていくような、そんな“静かなる陶酔”をCannonsは生み出している。
バンドの背景と歴史
Cannonsは2013年に、ギタリストのライアン・クラウズ、ベーシストのポール・デイヴィス、そしてボーカリストのミシェル・ジョイによって結成された。
当初はインディペンデントに活動していたが、2020年に発表した楽曲「Fire for You」がNetflixドラマ『ギャンビット・クイーン(The Queen’s Gambit)』に使用されたことで一躍注目を集める。
その洗練されたサウンドと映像的な雰囲気は多くのリスナーの心をとらえ、同年メジャーレーベルとの契約を果たした。
以降もコンスタントに作品を発表し、ライブやフェスへの出演も増加。
彼らの音楽は、ドライブ、夜景、孤独、甘美――そういったシーンに静かに寄り添う“現代のサウンドトラック”となっている。
音楽スタイルと影響
Cannonsのサウンドは、ドリームポップ、シンセウェイヴ、インディーポップ、チルウェイヴの要素が絶妙に融合している。
しなやかなグルーヴと、きらめくようなギターリフ。
そこに重なるのは、ミシェル・ジョイの透明感あふれるウィスパーヴォイス。
歌声そのものが楽器の一部のように、ビートと共に滑らかに空間を漂う。
彼らの音楽は、1980年代のシンセポップやディスコ、さらには現代のローファイ・ビートにも影響を受けており、懐かしさと新しさが共存している。
影響源としては、Chromatics、Beach House、Lana Del Rey、Tame Impala、さらにはFleetwood MacやPrinceといったクラシックなアーティストも感じられる。
代表曲の解説
Fire for You
代表曲にしてブレイクのきっかけとなったナンバー。
サブベースが深く響き、ギターのループが催眠的に続く中で、ミシェルの囁くようなボーカルが重なる。
「I’m on fire for you」――そのリリックには、静かな情熱と切なさが込められている。
一度聴くと離れない、中毒性の高い楽曲である。
Evening Star
エレガントで幻想的なイントロから始まり、サビにかけてゆっくりと感情が高まる美しい楽曲。
星空や夜風といったビジュアルが自然と浮かび上がってくるような、映像的な構成を持っている。
ドリームポップというジャンルの本質を体現した一曲。
Hurricane
アップテンポでありながらどこかメランコリック。
感情を飲み込むようなサウンドが印象的な、ライブでも人気の高い楽曲。
愛の激しさと内面の混乱を“ハリケーン”にたとえる表現が秀逸で、Cannonsの持つセンチメンタルな世界観をよりエネルギッシュに展開している。
アルバムごとの進化
Night Drive(2017)
デビューアルバムにして、バンドの基盤が明確に示された一作。
タイトルの通り、夜のドライブにぴったりなトーンとテンポ感。
ローファイな質感と滑らかなシンセサウンドが絶妙に絡み合う、ゆったりとした美しさが際立つアルバムである。
Shadows(2019)
より洗練され、サウンドの透明度が高まった印象の2作目。
「Fire for You」など、より広いリスナーにアピールするポップセンスが開花しつつも、内省的なムードと余白のあるアレンジは健在。
夜の静寂や感情の陰影が深く刻まれている。
Fever Dream(2022)
メジャー移籍後の作品で、色彩と輝きが増した意欲作。
アップテンポでダンサブルな楽曲も増え、ライブ映えする構成になっている。
それでも決して“派手”にはなりすぎず、あくまで“夢の中”のテンションを保ち続けているのがCannonsらしさ。
“フェードアウトする快楽”のような感覚が味わえる一枚である。
影響を受けたアーティストと音楽
Cannonsは、Beach HouseやChromaticsといったドリームポップの潮流を明確に受け継いでいる。
一方で、Fleetwood MacやHall & Oatesといった70〜80年代のポップ/ソウルも彼らの旋律やコード感に影響を与えており、過去と現在を結ぶ“時間のレイヤー”のような音楽を鳴らしている。
影響を与えたアーティストと音楽
Cannonsの成功は、近年の“シネマティック・ポップ”や“チルなロック”の潮流において、ひとつの指標となっている。
Men I TrustやCigarettes After Sex、Still Woozyといった新鋭アーティストにも通じる感覚を持ちながらも、Cannonsはより“物語性”と“映像感”を重視しており、特に映像作品との親和性が高い。
音楽とビジュアルの融合を志すアーティストにとって、彼らは今後も参照され続ける存在となるだろう。
オリジナル要素
Cannonsは、“日常に寄り添う非日常”のような音楽を作り続けている。
強いメッセージや過剰な表現を避けつつ、リスナーの内面に静かに入り込み、心をなだめたり、あるいは目覚めさせたりする力を持っている。
その音楽は、聴き流すこともできるが、じっと耳を傾ければ、きっと何か大切な記憶にたどり着けるような深みを持っている。
まとめ
Cannonsは、グルーヴとメランコリー、映像美と静寂をひとつの音に閉じ込める現代的なアーティストである。
その音は、過ぎ去った季節の香りや、言葉にできなかった感情の記憶を、そっと呼び戻してくれる。
夜に、海に、雨に、そして沈黙に。
Cannonsの音楽は、そうした“静かな瞬間”と深く共鳴するのだ。
そしてそれこそが、彼らの最大の魅力なのである。
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