Candle by Sonic Youth(1988)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Candle(キャンドル)」は、Sonic Youthが1988年にリリースしたアルバム『Daydream Nation』の中盤に収録された楽曲であり、バンドの繊細さとノイズの美学が静かに結晶したような、美しくも不穏な存在感を放つナンバーである。

タイトルの「Candle(ろうそく)」は、そのまま“揺らめく光”や“消えかける命”のメタファーとして読むことができる。
歌詞全体に一貫して漂うのは、「若さ」「時間」「崩れゆくもの」への追憶と、それらを直視しながらも希望を見いだそうとする微かな光である。
だがその希望は、決して確かなものではない。
それは、いまにも消えそうなキャンドルの火のように、触れた瞬間に消えてしまいそうな、儚くて脆いものなのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

この楽曲が収録された『Daydream Nation』は、Sonic Youthの代表作として名高い2枚組アルバムであり、80年代後半のアメリカン・アンダーグラウンドの“理想とノイズ”を象徴する作品である。
Teen Age Riot」で始まり、「The Sprawl」や「Eric’s Trip」といった実験的な楽曲が並ぶ中、「Candle」はその中間にあって、詩的で静謐な輝きを放っている。

ボーカルはサーストン・ムーアが担当し、冒頭のアルペジオから漂う浮遊感は、ギター・バンドとしてのSonic Youthの成熟を感じさせる。
特に印象的なのは、通常のコード進行に頼らず、“調性の不安定さ”や“ドローン的ギターサウンド”によって情感を表現している点であり、それがこの曲の“実体のない美しさ”を際立たせている。

アルバム全体が“夢想する国家”=Daydream Nationというテーマを持つ中で、「Candle」はその夢の中でほのかに灯る小さな火——つまり希望の象徴として機能しているようにも思える。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – Sonic Youth “Candle”

Hot wax drips / On your teeth and on your hair
熱い蝋が 君の歯と髪に滴り落ちる

On your arms and on your legs / And on your chest
君の腕に 脚に 胸にまで

I’m in the air / I’m in the air, baby
僕は空気の中にいる
どこにもいないし どこにでもいる

I’m in the air / Between your lips and in your hair
君の唇と髪のあいだにも 僕は存在している

4. 歌詞の考察

「Candle」の歌詞は、極めて抽象的かつ官能的でありながら、どこか“魂がすり抜けていく”ような不穏さを孕んでいる。
“熱い蝋”というイメージは、愛や欲望の高まりと、それに伴う痛みや危険を象徴している。
それは決して甘いものではなく、むしろ感情の緊張と焦燥を連想させる。

「I’m in the air」という繰り返しは、語り手が“触れられない存在”であること、あるいは“記憶”や“幻想”としてしか存在できないことを暗示している。
ここで歌われている“僕”とは、もしかするとすでにこの世を去った者かもしれず、残された者の中に“空気のように”存在し続けている幽霊的存在のようにも感じられる。

また、この楽曲におけるロマンスや欲望は、単なる肉体的な描写を超えて、“誰かと完全に一体化すること”への希求と、その不可能性への諦念とが、繊細な言葉と音によって同時に表現されている。
Sonic Youthはここでも、“愛とは何か”を直接語らない。
ただ、ノイズと沈黙のあいだに、“愛の不在”を感じさせるだけである。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Sea of Love by Cat Power
    愛の喪失を、最小限の音と言葉で表現した叙情的名曲。Candleの空気感に通じる。

  • Lorelei by Cocteau Twins
    夢と現実の狭間を漂うようなギターサウンドと幻想的なボーカルが、Candleと共鳴する。

  • Pink Moon by Nick Drake
    死と再生の気配を漂わせるアコースティック作品。Candleの静けさと儚さを内包している。

  • Shadow by Chromatics
    夜と孤独、失われた時間をエレクトロニックな質感で描いた楽曲。現代版Candleのような趣。

6. 音になった“記憶”と“予感”のあいだ

「Candle」は、Sonic Youthの楽曲群の中でもとりわけ“無意識”に近いところから生まれた音楽のように感じられる。
それは、何かを強く主張するのではなく、ただ空間に漂い、徐々に消えていく。

この曲の中には、“火が灯る瞬間”と“火が消える予感”とが同時に存在している。
だからこそ、そこに込められた感情は単なる哀しみではなく、“美しさの儚さ”そのものなのだ。

ロックでありながら、ロックの形式を裏切り、ポップでありながら、決してキャッチーではない。
この“どっちつかず”の態度こそが、Sonic Youthというバンドの美学であり、「Candle」という楽曲の核心である。

耳を澄ませば、そこに灯る小さな火が見えてくる。
それは誰かの記憶かもしれないし、誰かの祈りかもしれない。
だがひとつ確かなのは、その火はすぐに消えてしまうということ。
だからこそ、この曲を聴く瞬間は、どこまでもかけがえのない“永遠の断片”として、私たちの胸に焼きつくのだ。

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