
1. 歌詞の概要
「Can’t Get It Out of My Head」は、Electric Light Orchestra(ELO)が1974年にリリースしたアルバム『Eldorado』に収録されたバラードであり、現実から逃れられない男の幻想と郷愁を描いた、ELO初期の代表的な叙情作品である。タイトルが示すように、主人公はある“イメージ”あるいは“人”を頭から離すことができず、夢と現実のあいだで揺れ動き続けている。
歌詞では、海辺にいる美しい女性の姿が描かれ、それは現実の恋人かもしれないし、単なる幻想かもしれない。男は彼女の姿を思い浮かべては、日常に戻ることのできない“心の亡命者”となる。つまりこの曲は、満たされない願望や失われたものへの執着、そして現実の重みによる夢の消失を静かに歌い上げた作品である。
物語性を重視した『Eldorado』というアルバム全体のテーマ——「夢の旅」——に深く結びつくこの楽曲は、ELOのソングライティングにおけるドラマ性と叙情性の融合の到達点とも言える。
2. 歌詞のバックグラウンド
1974年にリリースされた『Eldorado』は、ELO初のコンセプト・アルバムとして制作され、夢と空想の世界を舞台にした幻想的な物語を音楽で描こうという試みのもとに生まれた。そのなかで「Can’t Get It Out of My Head」は、夢のなかで出会った“理想像”に取り憑かれ、現実に戻れなくなった男の姿を描いたキーピースとして位置づけられている。
ジェフ・リン(Jeff Lynne)は当時、「これは、現実の中で自分の居場所を見つけられない者の歌だ。夢に逃げることしかできない人間の物語なんだ」と語っており、実際この曲は、豪華なストリングス、哀愁を帯びたメロディ、抑制されたボーカルが織りなす内省的な世界観で、ELOのイメージを一新する作品となった。
アメリカではこの曲がELO初のTop 10ヒットとなり、彼らのブレイクスルーのきっかけともなった。それまで“ロック×クラシック”の実験的グループと見られていたELOが、叙情的でラジオフレンドリーなバラードも書けるバンドとしての評価を得る転機となった楽曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“Midnight on the water / I saw the ocean’s daughter”
真夜中の海辺で 僕は海の娘を見た
“Walking on a wave’s chicane / Staring as she called my name”
波の曲線を歩きながら 彼女は僕の名前を呼んでいた
“And I can’t get it out of my head / No, I can’t get it out of my head”
その姿が頭から離れない どうしても忘れられないんだ
“Now my old world is gone for dead / ‘Cause I can’t get it out of my head”
僕の昔の世界は死んでしまった もう戻れないよ 忘れられないから
“Bank job in the city / Robin Hood and William Tell”
都会の銀行強盗 ロビン・フッドやウィリアム・テルのような夢物語
“And I can’t get it out of my head…”
それでもやっぱり 君のことが忘れられない
歌詞引用元:Genius – Electric Light Orchestra “Can’t Get It Out of My Head”
4. 歌詞の考察
この楽曲で描かれているのは、“恋”ではなく、“逃避”である。歌詞の中で主人公は「海の娘」と出会うが、それは現実の女性ではなく、心の中に浮かんだ幻想の象徴として描かれている。美しい姿で、名前を呼んでくる存在。それが一度でも心に宿ってしまったら、現実の中で何をしても、その像が消えることはない。
中盤に登場する「Bank job in the city(都会での銀行仕事)」という現実的なイメージは、夢と対置される日常の象徴であり、退屈で、価値のない現実世界を皮肉るような使われ方をしている。主人公は、そんな“つまらない現実”から離れたいと強く願っているのだが、同時に夢の中の像すらも実体化しないことも知っている。夢は決して現実にはなり得ない、だからこそ余計に忘れられない。
この楽曲の強さは、感情の混乱を整然としたメロディで包み込み、幻想と現実の落差を一つの旋律に乗せている点にある。哀愁を帯びたジェフ・リンのボーカルは、決して激情的ではなく、むしろ静かな諦念と焦がれをにじませており、そこに大人の内面世界が垣間見える。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Nights in White Satin by The Moody Blues
夢と現実、愛と幻影が交錯する、シンフォニック・ロックの先駆的バラード。 - Vincent by Don McLean
現実から距離を置いた視点で描く、芸術的で静謐な心象風景。 - A Whiter Shade of Pale by Procol Harum
文学的で曖昧な世界を漂うような、夢幻のクラシカル・ポップ。 - Wichita Lineman by Glen Campbell
孤独な労働者の内なるロマンスと空想を、完璧なメロディで綴ったカントリー・バラード。
6. “忘れられないのは、夢だったのか、自分自身なのか”
「Can’t Get It Out of My Head」は、恋を歌ったようでいて、実は現実を捨てきれない自分自身との対話の歌である。主人公が執着しているのは、目の前の人物ではなく、夢で見た理想の世界、あるいはその夢を見ていた頃の自分自身かもしれない。過ぎ去った時間の中に、決して戻れないものがある。その“痛み”を、美しく、哀しく、そして儚く描いたこの楽曲は、ELOが残した最も人間的で詩的な作品の一つである。
「Can’t Get It Out of My Head」は、現実の狭間に漂う心の記憶を静かに揺らす、音楽という夢そのものである。あの日、確かに見た“何か”を、私たちは今も忘れられない。
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