
発売日: 1967年11月
ジャンル: カントリーポップ、フォークロック、アダルトコンテンポラリー
概要
『By the Time I Get to Phoenix』は、グレン・キャンベルが1967年に発表したアルバムであり、
彼をカントリーポップのトップスターへと押し上げた決定的作品である。
表題曲「By the Time I Get to Phoenix」は、ジミー・ウェッブによる名作ソングライティングと、
グレン・キャンベルの叙情的なボーカルが見事に融合したバラードであり、
この曲でキャンベルはグラミー賞最優秀男性ボーカル賞を受賞した。
アルバム全体は、
カントリーを基盤としながらもポップ、フォーク、イージーリスニングの要素を柔らかくブレンドしており、
1960年代後半のクロスオーバー・カントリーポップ時代を象徴する重要作となった。
全曲レビュー
1. By the Time I Get to Phoenix
アルバムを象徴するタイトル曲。
愛を失った男が西へ向かう旅路を、静かな叙情性と深い哀愁で描き出す。
ストリングスとアコースティックギターの繊細なアレンジが、感情を一層引き立てる。
2. Homeward Bound
サイモン&ガーファンクルの名曲カバー。
孤独な旅人の心情を、柔らかく温かいボーカルで包み込む。
3. Tomorrow Never Comes
希望を先延ばしにする人生の儚さを歌うカントリーバラード。
穏やかな中にも、深い諦念がにじむ。
4. Cold December (In Your Heart)
失恋の冷たさを季節に重ねた、叙情的なミディアムバラード。
キャンベルのクリアな歌声が美しい。
5. My Baby’s Gone
ブルーグラスにルーツを持つ楽曲を、洗練されたカントリーポップに再解釈。
6. Back in the Race
軽やかなテンポで、再起への意志を歌ったアップビートなナンバー。
7. Hey Little One
ソフトなメロディに乗せて、恋人への愛情と励ましを歌う。
シングルカットされ、小ヒットを記録した佳曲。
8. Bad Seed
人間の心に潜む”悪”をテーマにした、力強いカントリーロック。
アルバムの中では異色のダークなトーンを持つ。
9. I’ll Be Lucky Someday
運命の転機を信じる小さな希望を、陽気なカントリービートに乗せた楽曲。
10. You’re Young and You’ll Forget
若さゆえの恋と別れを、
柔らかいタッチで描いたノスタルジックなナンバー。
11. Love Is a Lonesome River
愛と孤独を川の流れに例えた、静かなエンディングトラック。
人生の流れに抗えない儚さを、そっと包み込むように歌う。
総評
『By the Time I Get to Phoenix』は、
グレン・キャンベルが単なるカントリーシンガーから、
洗練されたカントリーポップアーティストへと飛躍した記念碑的作品である。
アルバム全体に漂うのは、
**「旅」「孤独」「希望」「喪失」**というテーマの一貫した叙情性であり、
それを支えるのは、
決して過剰にならない繊細なアレンジと、
穏やかでいて深い感情をたたえたキャンベルの歌声である。
『Gentle on My Mind』で確立されたスタイルをさらに洗練させたこの作品は、
カントリーミュージックがポップスとしても受け入れられることを証明した重要な一枚であり、
後のカントリーポップの隆盛に大きな影響を与えた。
おすすめアルバム
- Glen Campbell / Wichita Lineman
タイトル曲が歴史的名曲。さらに成熟した叙情とスケール感を備えた続編的傑作。 - Jimmy Webb / Ten Easy Pieces
「By the Time I Get to Phoenix」の作詞作曲者ジミー・ウェッブによる、自作曲セルフカバー集。 - Bobbie Gentry / The Delta Sweete
南部の物語性をたたえた、カントリーポップの隠れた名盤。 - Bobby Goldsboro / Honey
哀愁と甘さが共存する、同時代のカントリーポップシンガーによる代表作。 - John Hartford / Gentle On My Mind and Other Originals
「Gentle on My Mind」作者によるオリジナル音源集。
歌詞の深読みと文化的背景
1967年――
アメリカはベトナム戦争、カウンターカルチャー、
公民権運動といった社会の激動のただ中にあった。
そんな中、『By the Time I Get to Phoenix』は、
世相の荒波から一歩引いた、個人的で普遍的な物語――
愛、孤独、旅立ち――にフォーカスすることで、
広く共感を呼んだ。
タイトル曲における主人公の静かな出発は、
喧騒の時代における**「個人としてのささやかな抵抗」**にも映る。
グレン・キャンベルの穏やかな歌唱は、
時代の混乱を超えて、
心の奥底にある寂しさと希望をそっとすくい上げる。
『By the Time I Get to Phoenix』は、
そんな時代を超える”小さな旅の歌”たちが静かに息づく、
永遠のスタンダードアルバムなのである。
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