
発売日:2023年6月2日
ジャンル:Alternative Rock / Hard Rock / Post-Grunge
概要
But Here We AreはFoo Fightersが2023年に発表した11作目のスタジオ・アルバムである。2022年3月にドラマーのTaylor Hawkinsが急逝し、さらにDave Grohlは同年に母Virginiaを亡くした。本作はそうした大きな喪失の後に制作されており、死、悲嘆、記憶、残された人間が生き続けることが全編を貫く。歌詞のすべてをGrohl本人の実体験と同一視することは避けるべきだが、制作時期と内容の結びつきは非常に強い作品である。
プロデュースは『Medicine at Midnight』に続いてGreg KurstinとFoo Fightersが担当し、Grohlがアルバムのドラムも演奏した。前作のダンスやファンクへの接近から一転して、歪んだギター、巨大なドラム、荒いボーカルというバンドの基本へ戻っている。ただし初期作品をそのまま再現するのではなく、シューゲイズ的に音を重ねる場面や長い反復、静かなアコースティック曲まで使い、悲嘆のさまざまな段階を音の強弱へ置き換えている。
10曲という比較的コンパクトな構成だが、後半には10分を超える「The Teacher」が置かれ、最後はほぼ声とギターだけの「Rest」へ着地する。キャリア30年近くの時点で、Foo Fightersが得意としてきた大きなロック・サウンドを、祝祭や勝利ではなく喪失を受け止めるために使った作品である。
全曲レビュー
1. 「Rescued」
ギターのフィードバックから一気にバンドが入り、Grohlの叫びに近い声と大きなドラムが前へ押し出される。歌詞では突然訪れた出来事をまだ理解できず、誰かにここから救い出してほしいという切迫した感情が繰り返される。サビは典型的なFoo Fightersらしい大きなメロディを持つが、ここでの高揚は爽快さより混乱に近い。悲嘆を整理する前の衝撃を、そのままオープニングへ置いたような曲だ。
2. 「Under You」
明るく疾走するギターと覚えやすいサビだけを聞けば、90年代から続くパワー・ポップ寄りのFoo Fightersに近い。しかし歌詞は、いなくなった相手の記憶が日常の中で突然戻り、それを乗り越えられない状態を描く。軽快な音と喪失感の落差が大きく、悲しみが必ずしも暗い音楽として現れるわけではないことを示す。短く整理された構成も、重い題材を過剰に演出しない。
3. 「Hearing Voices」
低く反復するギターを中心に、前2曲より空間を残した演奏へ移る。もう存在しない相手の声を聞くという感覚が歌詞の中心にあり、記憶と現実の境界が曖昧になるような不安が漂う。Grohlの歌唱も最初は抑えられているが、サビではギターの層が増え、押し込めていた感情が表へ出てくる。音量の変化を使いながらも完全には解放せず、落ち着かなさを残す一曲である。
4. 「But Here We Are」
タイトル曲は硬いギターとドラムが直線的に進み、アルバム前半でも特に切迫したロック・ナンバーとなっている。「それでも自分たちはここにいる」というタイトルは前向きな勝利宣言にも見えるが、歌詞から聞こえるのはもっと複雑な感情だ。状況を受け入れ切れないまま、それでも時間だけが進んでしまう。その矛盾を、止まらず走る演奏とGrohlの荒い声が強調している。
5. 「The Glass」
柔らかなギターと比較的穏やかなテンポを使い、アルバムの緊張を一度下げる。歌詞では自分と相手の間に透明な隔たりがあるようなイメージが使われ、近くに感じられるのに触れられない喪失の感覚として読むことができる。サビでバンドが厚くなっても音を爆発させすぎず、メロディの寂しさを中心に置く。前半の激しい悲嘆から、より静かな実感へ移る転換点だ。
6. 「Nothing at All」
細かく刻まれるギターとタイトなリズムで始まり、静かなヴァースから重いサビへ急激に変化する。抑制と爆発を交互に置く構成には初期Foo Fightersを思わせる部分があるが、ここではその方法が感情の不安定さとして機能する。何も感じない状態と、抑えきれない感情が交互に現れるような曲で、Grohlのドラムもサビでは音数と力を増し、落差をさらに大きくしている。
7. 「Show Me How」
霞んだギターと柔らかなリズムの上で、Grohlと娘のViolet Grohlがボーカルを重ねる。二人の声が大きく張り上げることなく溶け合うため、本作でも特にドリーム・ポップに近い浮遊する音像になった。歌詞には、いなくなった人物が担っていた役割を自分が引き受けなければならないという感覚があり、喪失から責任へ視点が移る。激しいギターに頼らず、声の重なりによって感情を深めた曲である。
8. 「Beyond Me」
ピアノと穏やかな歌唱を軸に始まり、次第にギターとドラムが加わって大きなバラードへ成長する。人が永遠には存在できないという事実を理解しようとしながら、それを感情では受け入れられない状態が歌われる。サビのメロディは開放的だが、問題が解決したわけではない。頭では分かっていることと心が受け入れられることの差を、整った曲構成の中で描いている。
9. 「The Teacher」
10分を超える本作最長曲で、Grohlの母を強く思わせる内容を持つ。静かなギターから巨大なバンド・サウンドへ進み、さらにリズムや音像を何度も変えるため、通常のヴァース/サビ型のFoo Fightersとは大きく異なる。生き方を教えてくれた人物に対し、死との向き合い方だけは教わっていないという感覚が曲の核心にあり、終盤では声とノイズが混ざりながら感情が崩れていく。長さそのものが、簡単には整理できない悲嘆の時間として機能している。
10. 「Rest」
最後はアコースティック・ギターとGrohlの静かな声から始まる。ここまで繰り返された混乱や問いかけに対して、亡くなった相手へ「休んでいい」と語りかけるような内容になっており、初めて明確な別れに近づく。途中から歪んだギターが巨大な壁となって押し寄せるが、それは怒りの爆発というより、言葉だけでは処理できない感情を音にしたものに聞こえる。最後には再び静けさが残り、解決ではなく受容の入口でアルバムを閉じる。
総評
But Here We Areは、Foo Fightersが長年使ってきた音楽的な方法を、まったく異なる目的へ向けたアルバムである。大きなギター、Grohlの絶叫、強烈なドラム、観客が一緒に歌えるサビは以前から彼らの中心にあった。しかし本作では、それらがライブの祝祭感を作るためではなく、言葉だけでは扱い切れない悲嘆を外へ押し出すために使われる。同じFoo Fightersらしい音なのに、聞こえ方が大きく変わっている。
特に優れているのは、悲しみを一種類の感情として描かなかったことだ。「Rescued」には衝撃があり、「Under You」には日常へ戻ってくる記憶があり、「Hearing Voices」には不在を認められない感覚がある。後半になると「Show Me How」で残された側の責任へ視線が移り、「The Teacher」と「Rest」でようやく死そのものと向き合う。これは厳密な物語ではないが、曲順によって感情の重心が少しずつ変わっていく。
Grohlがドラムを担当したことも、作品の性格に大きく関わっている。Nirvana時代から知られる彼のドラミングは強く直接的で、フィルを細かく飾るより一打の重量によって曲を押す場面が多い。それをTaylor Hawkinsを失った直後のFoo FightersでGrohl自身が演奏しているという背景は無視できないが、演奏だけを聞いてもギターとドラムが一体となった原始的な強さがある。一方で「Show Me How」のように、その力を意図的に引く判断も効果的だ。
弱点を挙げるなら、中盤までには過去のFoo Fightersで何度も聞かれた静と動の構成もあり、音楽語法そのものが全面的に新しいわけではない。しかし本作では革新性より、既存の語法がどこまで個人的な喪失を受け止められるかが重要である。特に「The Teacher」から「Rest」へ続く終盤では、通常のラジオ向けロックの構成を離れ、時間とノイズを使って悲嘆そのものへ踏み込んでいる。長いキャリアを持つFoo Fightersが、自分たちの最も馴染んだ音を使いながら、最も重い出来事の一つと向き合った作品である。
おすすめアルバム
Medicine at Midnight by Foo Fighters
2021年の前作。ファンクやダンス・ロックのリズムを取り込み、明るく軽快な方向へ進んでいる。そこからBut Here We Areが生々しいギターと感情的な演奏へ急旋回した違いがよく分かる。
The Colour and the Shape by Foo Fighters
1997年作。静かなヴァースから巨大なギターへ爆発する構成と強いメロディを確立した初期の代表作であり、But Here We Areが長年のバンドの語法をどう利用しているかを確認するのに適している。
In Utero by Nirvana
Dave Grohlがドラマーとして参加した1993年作。鋭いギターと強烈なドラム、静寂から轟音への落差を持ち、整いすぎない感情を演奏の物理的な強さへ変える方法に、本作へつながる部分が見える。
A Moon Shaped Pool by Radiohead
喪失や別離を、静かな演奏、ストリングス、反復するリズムによって描いた2016年作。Foo Fightersとは音楽的な方法が異なるが、成熟したバンドが悲嘆を過剰な説明ではなく音の空間へ変換する点で比較できる。
Electro-Shock Blues by Eels
身近な人々の死や病気を背景に制作された1998年作。暗い題材を一つの感情へ単純化せず、悲嘆、混乱、ユーモア、生き続ける感覚まで扱う。But Here We Areとは音像が違うからこそ、喪失をアルバムとして描く別の方法が見えてくる。

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