Bush:グランジの余韻と英国の影、90年代ロックのもうひとつの顔

はじめに

Bush(ブッシュ)は、1990年代のグランジ・ブームがアメリカから世界を席巻する中で、異色の存在として登場したイギリスのロックバンドである。

英国出身でありながら、NirvanaやPearl Jamに代表されるアメリカ西海岸のサウンドを思わせる重厚でメランコリックなギター・ロックを鳴らし、一躍シーンの先頭に躍り出た。

その一方で、「遅れてきたグランジ」と揶揄されることもあったが、Bushは単なる模倣にとどまらず、独自の叙情性とポップ感覚で90年代オルタナティヴの風景に確かな爪痕を残した。

バンドの背景と歴史

Bushは1992年、ロンドンで結成された。

フロントマンのギャヴィン・ロスデイル(Gavin Rossdale)を中心に、ナイジェル・パルサフォード(ギター)、デイヴ・パーソン(ドラム)、ロビン・グッドリッジ(ベース)といった布陣でスタート。

イギリスでは当初、グランジへの関心が薄く、彼らの音楽はあまり注目されなかった。

しかし、アメリカではそのNirvana直系とも言えるサウンドと、ギャヴィンのスター性が受け入れられ、1994年のデビュー作『Sixteen Stone』は全米で大ヒット。

MTVでも頻繁に放映され、Bushは“アメリカで成功したイギリスのグランジバンド”という特異なポジションを確立する。

以後もコンスタントにアルバムをリリースしつつ、メンバーの脱退や活動休止を経ながら、2010年代以降は再結成して再び精力的な活動を展開している。

音楽スタイルと影響

Bushのサウンドは、太く歪んだギターリフ、引きずるようなビート、そして憂いを帯びたメロディが特徴的である。

特にギャヴィンのヴォーカルは、カート・コバーンと比較されることも多く、そのハスキーでエモーショナルな声質がバンドの中心を成している。

だが彼らの音楽には、イギリス的なメロディラインの繊細さや詩的な歌詞も宿っており、Nirvana的な攻撃性と、The CureやEcho & the Bunnymenのような内向的な美学が同居しているようにも思える。

影響源としては、PixiesSoundgarden、Alice in Chainsといったグランジ/オルタナ勢に加え、The Smashing PumpkinsやJoy Divisionの感覚も感じられる。

代表曲の解説

Glycerine

1994年のデビュー作『Sixteen Stone』からのバラードで、Bushの名を一躍有名にした代表曲。

ストリングスを取り入れたシンプルな構成で、荒れたギターサウンドを排した美しい音像が印象的。

愛と痛みのあわいを、静かに、だが強く歌い上げた名曲であり、ギャヴィン・ロスデイルの詩人としての才能が表れた楽曲でもある。

Machinehead

同じく『Sixteen Stone』に収録された、Bushの中でも最もアグレッシヴなロック・チューン。

「Breathe in, breathe out」のリフレインと共に、突き抜けるような疾走感を伴う。

ライブでは必ず盛り上がる定番曲で、彼らのグランジ的側面がもっともストレートに出た楽曲である。

Comedown

ダークな雰囲気の中に、メロディアスな展開が埋め込まれたミドルテンポの名曲。

ヘヴィなリズムと内省的なリリックのバランスが絶妙で、Bushの“重くて美しい”サウンドを象徴する一曲。

リスナーの感情を引き込みながら、どこか遠くへ引きずっていくような感覚がある。

アルバムごとの進化

Sixteen Stone(1994)

彼らのキャリアを決定づけたデビュー作にして、グランジ以降のロックを代表する作品のひとつ。

Everything Zen」「Comedown」「Machinehead」「Glycerine」など、今なお支持される名曲がずらりと並ぶ。

重厚なサウンドと叙情的なメロディが高次元で融合した、90年代の空気を最も的確に捉えたアルバムのひとつ。

Razorblade Suitcase(1996)

スティーヴ・アルビニをプロデューサーに迎え、より硬質で生々しいサウンドへとシフトした作品。

Swallowed」は全米ロックチャートで1位を獲得し、アルバム自体も全米1位を記録。

だがその攻撃性とラフさは、前作のメロディアスな魅力とは異なり、賛否を分けた一作でもある。

The Science of Things(1999)

エレクトロニカ的要素やアンビエントな質感を取り入れた、実験的なアルバム。

「The Chemicals Between Us」は、洗練されたサウンドと哲学的なリリックで新境地を開いた一曲。

音楽性の幅を広げつつ、商業的にはやや後退した時期でもあった。

The Kingdom(2020)

再結成後のアルバムの中でも評価が高い、重厚かつモダンなサウンドの作品。

現代的なミックスとプロダクションで、彼らの持ち味である“内なる衝動”を改めて鋭く提示した一枚。

影響を受けたアーティストと音楽

Bushは、明らかにNirvanaSoundgardenといったシアトル勢からの影響を受けている。

だが同時に、イギリスのポストパンクやゴシックロックの影も色濃く反映されており、アメリカ的な怒りと、ヨーロッパ的な憂鬱さが融合している点が興味深い。

また、Pixiesのようなダイナミクスの構造や、Sonic Youth的なギターノイズの解釈も彼らのサウンドに深く刻まれている。

影響を与えたアーティストと音楽

Bushは、しばしば“二番煎じ”と批評されることもあったが、その存在は確実に後続のポストグランジやオルタナ・バンドに影響を与えている。

CreedやPuddle of Mudd、Nickelbackといった2000年代初頭のポストグランジ系バンドにとって、彼らのメロディとラウドのバランスは大きな指標となった。

また、ギャヴィン・ロスデイルのスタイルは、イギリスにおける“グランジ的な男性像”のイメージを定着させた一人でもある。

オリジナル要素

Bushの特異性は、英国発でありながら“完全にアメリカナイズされたグランジ”を鳴らした点にある。

そして何より、ギャヴィン・ロスデイルというフロントマンの存在感が大きい。

彼の声、姿勢、詞、そしてステージでの佇まい。

それらすべてが、バンドに“悲しみと強さが同居する英雄性”を与えていた。

まとめ

Bushは、グランジの第二波として語られながらも、単なる追随者ではなかった。

彼らはアメリカの荒々しさと、イギリスの詩情を奇妙に融合させた存在であり、その矛盾と曖昧さが、90年代という時代の空気を如実に映し出していた。

彼らの音楽は、怒りよりもむしろ痛みと向き合うロックである。

そしてその痛みを、美しさへと昇華する方法を知っていた。

Bushは、沈黙の中に鳴る言葉、衝動の中に潜むやさしさを、ロックという形で響かせた稀有なバンドなのだ。

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