
1. 歌詞の概要
「Bury Me Deep in Love」は、オーストラリアのバンド、ザ・トリフィッズ(The Triffids)が1987年に発表したアルバム『Calenture』に収録された楽曲であり、バンドの中でも特に情緒的で壮大なバラードとして高い評価を受けている。タイトルの「Bury Me Deep in Love(愛の中に深く埋めてくれ)」というフレーズは、包容と救済、そして自己放棄的なまでの愛への欲求を象徴する。
この曲が語るのは、愛によって救われたいと願う一人の魂の物語である。語り手は、外界の混沌、過去の傷、孤独から逃れるようにして「愛」の中に身を沈めようとする。だがそれは単なる恋愛の理想像ではなく、むしろ人間存在の深層にある渇望――“誰かに完全に受け止められたい”という願望の表現である。
「愛に埋めてくれ」とは、愛を“抱擁”としてだけでなく、“墓”のような最終的な居場所として捉えている点において、非常に詩的で、宗教的な響きすら帯びている。愛は癒しであり、終焉であり、同時に再生の場でもある――この曲は、そうした愛の逆説的な側面を見事に捉えているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲が収録されたアルバム『Calenture』は、デイヴィッド・マッカンビ(David McComb)の精神的な揺らぎと格闘の中で制作された、ザ・トリフィッズのキャリアにおける最もパーソナルで実験的な作品とされている。「Calenture」とは“熱に浮かされて見る幻影”を意味する言葉であり、その名のとおりアルバム全体が夢と現実、理性と狂気、宗教と愛の境界を曖昧にしながら展開していく。
「Bury Me Deep in Love」はその冒頭を飾る曲であり、まるで祈りのようなイントロから始まり、やがて壮大なコーラスとともに感情のクレッシェンドを迎える構成になっている。プロデュースはギル・ノートン(後にPixiesやCounting Crowsを手がける)が務め、クラシック的なアレンジとロック的なダイナミズムが融合したサウンドスケープが構築されている。
この楽曲は後に、英BBCのドラマ『Neighbours』のウェディング・シーンにも使用され、ザ・トリフィッズの中でも最も広く知られる作品のひとつとなった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Bury Me Deep in Love」の印象的な一節を紹介する。引用元:Genius
Bury me deep in love
Bury me deep in love
愛の中に深く埋めてくれ
すべてが包まれるほどにTake me in, under your wing
Bury me deep in love
君の翼の下へ迎え入れてくれ
愛の中に深く、深く埋めてくれ
この繰り返しは、ただの情熱的な表現ではなく、まるで聖歌や葬送の詩のように、死と再生、祈りと受難のモチーフが込められている。
There’s a chapel deep in a valley
For travelling strangers in distress
苦しみの中を彷徨う旅人のための礼拝堂が
ある谷の奥深くに佇んでいる
このイメージは、救いを求める魂がたどり着く聖域としての“愛”を象徴し、どこか宗教的な救済の光景を想起させる。
4. 歌詞の考察
「Bury Me Deep in Love」は、愛を“救済の宗教”のように描いた楽曲である。その救済は甘いだけのものではない。むしろこの歌の語り手は、自らの存在を愛という大地に埋葬してほしいと願っている。つまり、愛されることによって、自分自身の苦しみや孤独、過去の傷までも“沈めて”しまいたいのである。
これは単なる恋愛ではなく、自己喪失と一体化の衝動に近い。人は誰しも、強く求めるあまり、相手の中で溶け合いたいと願う瞬間を持つ。それがうまくいけば「融合」となるが、そうでなければ「溺死」にもなりうる。この曲は、そのギリギリの危うさと美しさを織り交ぜながら進行する。
また、「礼拝堂」「翼」「埋葬」といった語彙の選び方には、明確な宗教的比喩が見られる。マッカンビは敬虔な信仰者ではなかったが、神秘主義的な世界観を持ち合わせており、「愛=信仰」であるかのような構図を詩に織り込むのが得意だった。この曲でも、愛されることが神の庇護に近しい経験として描かれており、どこか聖なる儀式のような感触を持っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Mercy Seat by Nick Cave & The Bad Seeds
死刑囚の告白と信仰、罪と救いを描いたダークで壮絶なバラード。 - This Mortal Coil – Song to the Siren
失われた愛と魂の彷徨を神話的に描いた、幽玄な名演。 - Under the Milky Way by The Church
宇宙的孤独と祈りのようなメロディが響くオーストラリアン・クラシック。 - Atmosphere by Joy Division
静かなる絶望と希望の対話を、極限まで削ぎ落とされた言葉で表現した傑作。 - Into My Arms by Nick Cave & The Bad Seeds
信仰と無信仰、愛と死の間で揺れる、切実な祈りの歌。
6. 愛という聖域で、深く深く埋められるということ
「Bury Me Deep in Love」は、愛がただの感情ではなく、人を救い、再構築し、そして時に飲み込むほどの力を持つ“聖なる場所”であることを歌っている。デイヴィッド・マッカンビの歌詞は、露骨な表現を避けながらも、語り手の魂の飢えと求愛の深さを抉るように描いており、聴く者を静かに、しかし確実に引きずり込んでいく。
それはラブソングであると同時に、魂の鎮魂歌でもある。
聴き終えたあと、ふと静けさに包まれた心の底で、誰もがこう願うかもしれない――
「愛の中に、深く埋めてくれ」と。
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