
1. 歌詞の概要
「Brown Sugar(ブラウン・シュガー)」は、The Rolling Stonesが1971年にリリースしたアルバム『Sticky Fingers』の冒頭を飾る楽曲であり、彼らの代表曲のひとつとして知られている。
グルーヴィーなギターリフと荒々しいエネルギーに満ちたサウンドは、ストーンズのロックンロール精神を体現するものであり、世界中のリスナーを魅了してきた。
しかしこの楽曲の歌詞は、ただのセクシュアルなロックソングではない。むしろ、南部アメリカにおける奴隷制度や人種差別、性的搾取といったきわめてセンシティブな題材を含んでいる。
その内容は、黒人女性奴隷に対する性的暴力や、白人男性による支配の視点が混ざり合ったものであり、今日の倫理的感覚からすると非常に物議を醸すテーマを扱っている。
ミック・ジャガーは後年、この曲について「今なら絶対に書けない」と述べているように、この曲は時代の空気とロックの過激性が生み出した、きわどくも魅力的な“禁断の名曲”なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Brown Sugar」は、1969年にミック・ジャガーが当時交際していたアフリカ系アメリカ人のシンガー、マージー・ジョセフに触発されて書かれたとも、またモデルのマリエンヌ・フェイスフルとの関係中に書かれたとも言われているが、真相は曖昧なままである。
ジャガーは、ニューオーリンズの奴隷市場や、19世紀アメリカ南部における黒人女性の搾取を念頭に置いていたとされ、歌詞には“whip the women just around midnight(真夜中近くに女たちをムチ打つ)”といった暴力的な描写や、“scarred old slaver(傷だらけの奴隷商人)”といったキャラクターが登場する。
これは当時のロックンロールが持っていた“禁忌への挑戦”という姿勢の一環であり、歌詞の内容が倫理的に許容されるかどうかよりも、「どれだけ過激に社会を挑発できるか」が重視された時代背景がある。
その意味で「Brown Sugar」は、ロックが政治性や性の暴露と結びついた70年代初頭の空気を体現している。
また、アルバム『Sticky Fingers』自体が、アンディ・ウォーホルによる“ジッパーのついた男性の股間”のジャケットなど、当時としてはきわめて性的に挑発的な作品であり、そのトップを飾る「Brown Sugar」の役割は極めて象徴的である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – The Rolling Stones “Brown Sugar”
Gold coast slave ship bound for cotton fields / Sold in the market down in New Orleans
金海岸からやってきた奴隷船が綿花畑に向かう ニューオーリンズの市場で彼女は売られた
Scarred old slaver knows he’s doing all right / Hear him whip the women just around midnight
傷だらけの年老いた奴隷商人 やってることは間違ってないと信じてる
真夜中頃に女たちをムチ打つ音が聞こえる
Brown sugar, how come you taste so good?
ブラウン・シュガー なんでそんなに甘いんだ?
Just like a black girl should
まるで黒人の女の子がそうであるかのように
4. 歌詞の考察
「Brown Sugar」の歌詞は、現代的な感覚からすると極めてセンシティブかつ問題的である。
奴隷制度を性的にロマンチックに描いたようにも読める表現は、人種と性、そして暴力が絡み合った非常に複雑な構造を持っている。
“Brown Sugar”という言葉自体が、黒人女性に対する性的な呼称として使われており、それを“どうしてこんなに甘いのか”と問いかけることで、明確に性的欲望の対象として描かれている。
しかもそれは、歴史的に抑圧された立場にある存在を、征服の対象として語る視点である。
しかし重要なのは、ミック・ジャガーがその構造を無自覚に描いたのではないということだ。
この曲には明らかに“欲望の不穏さ”と“支配の快楽”が同時に描かれており、聴き手はそれをただの快楽として享受することもできれば、不穏な構造として批判的に読むこともできる。
「Scarred old slaver(傷だらけの奴隷商人)」という表現や、「midnightにムチで打つ音」という暴力の描写は、その欲望が持つ闇を明らかにしている。
つまり、この曲は一見すれば典型的なセックス・ロックソングであるが、その奥には“白人の支配欲と罪悪感”“性的欲望と人種の構造”といった、ロックというジャンルがしばしば抱えてきた矛盾が濃縮されているのである。
そしてそれを、ダーティなグルーヴと快楽的なリフで“踊れる曲”として成立させてしまうあたりに、ストーンズというバンドの複雑な美学が宿っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Bitch by The Rolling Stones
『Sticky Fingers』収録のハードなファンクロック。性的メタファーとエネルギーが充満した楽曲。 - Whole Lotta Love by Led Zeppelin
ブルースとセクシュアリティを融合させたハードロックの金字塔。性的暴力性と快楽の狭間を描く。 - Suffragette City by David Bowie
性的挑発とポップな疾走感が同居したグラムロックの傑作。「Brown Sugar」の破壊性に通じる。 - Mississippi Goddam by Nina Simone
黒人女性の視点から差別を描いたプロテスト・ソング。対照的な視点から「Brown Sugar」の背景を考えるきっかけに。
6. 禁断の快楽と、ロックの政治性
「Brown Sugar」は、そのリズムとギターリフだけを聴けば、完璧にグルーヴするロックンロールである。
だがその裏にある歌詞の意味と構造を理解したとき、これは単なる“気持ちいい”楽曲では終わらない。
この曲は、“ロックが快楽と暴力、性的支配と自己破壊を引き受けることで成立する音楽である”ということを、明快かつ危険な形で示している。
それは称賛すべきことではないかもしれない。だが、時代の狂気と人間の本能を真正面から描くという意味で、ロックの中でもっとも“汚れていて、美しい”瞬間のひとつなのだ。
50年以上を経た今、この曲が持つ意味は変化しつつある。
だが、それでもこの音が鳴った瞬間、身体は反応してしまう。
「Brown Sugar」は、欲望の甘さと苦さを同時に体感させる、“危険な名曲”なのである。
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