
1. 歌詞の概要
Bring on the Dancing Horsesは、リヴァプール出身のロック・バンド、Echo & the Bunnymenが1985年に発表した楽曲である。
1985年10月7日にシングルとしてリリースされ、同年のベスト・アルバムSongs to Learn & Singに新曲として収録された。さらに、John Hughes監督の映画Pretty in Pinkのために録音された楽曲としても知られている。英国シングルチャートでは21位、アイルランドでは15位を記録した。作詞作曲はWill Sergeant、Ian McCulloch、Les Pattinson、Pete de Freitas、プロデュースはLaurie LathamとThe Bunnymenによるものとされている。(Wikipedia)
この曲は、Echo & the Bunnymenの中でも特に美しい夢のような曲である。
しかし、その夢は明るくない。
タイトルは幻想的だ。
Bring on the Dancing Horses。
踊る馬たちを連れてこい。
まるでサーカス、神話、黙示録、あるいは舞台の幕開けのような言葉である。
だが、歌詞の中に出てくる馬たちは、祝祭の象徴というより、どこか不気味だ。
踊る馬。
首のない馬。
ひとりぼっちの馬。
どこかをさまよう馬。
曲の中には、石でできたJimmy Brown、家に帰れないCharlie Clown、ひとりで立つBilly、砂に沈む身体、嘘の言葉、壊れやすい心、新しい救世主といったイメージが並ぶ。
これらの言葉は、物語としてははっきりつながらない。
しかし、全体としてひとつの空気を作っている。
それは、世界が少しだけ終わりに近づいているような空気である。
美しいメロディ。
柔らかなシンセ。
Ian McCullochの深く陰のある声。
そして、意味がつかみきれない歌詞。
Bring on the Dancing Horsesは、わかりやすいラブソングではない。
政治的なメッセージソングでもない。
むしろ、イメージが霧のように流れていく曲だ。
しかし、その霧の中には、強い感情がある。
偽りへの嫌悪。
壊れやすい心への痛み。
何かを作り上げ、そして壊してしまう衝動。
新しい救世主を求めるような、しかしそれもどこか信じきれないような感覚。
この曲の語り手は、何かを待っている。
踊る馬たちを。
首のない馬たちを。
新しいメシアを。
だが、その待つ姿勢には希望だけではなく、諦めや皮肉もある。
何かが来てほしい。
でも、何が来ても救われないかもしれない。
Bring on the Dancing Horsesは、その曖昧な祈りの曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
Bring on the Dancing Horsesが発表された1985年は、Echo & the Bunnymenにとってひとつの節目だった。
1980年のCrocodiles、1981年のHeaven Up Here、1983年のPorcupine、1984年のOcean Rainを経て、彼らはポストパンクの暗さから、より壮大でロマンティックなサウンドへと進んでいた。
とりわけOcean Rainは、ストリングスを大胆に用いた作品で、The Killing MoonやSeven Seasを含む、バンドの美学がひとつの頂点に達したアルバムである。
その翌年に出たSongs to Learn & Singは、彼らの初期から中期までの代表曲をまとめたベスト盤だった。Rhinoの紹介でも、このコンピレーションはRescue、The Puppet、Do It Clean、A Promise、The Back of Love、The Cutter、Never Stop、The Killing Moonなどを収録する作品として紹介されている。(Rhino)
Bring on the Dancing Horsesは、そのベスト盤に加えられた唯一の新曲だった。(Wikipedia)
つまり、この曲は単なるアルバム曲ではない。
それまでのEcho & the Bunnymenを振り返るベスト盤の最後に置かれた、新しい扉のような曲である。
過去の総括でありながら、次の方向を少し示す曲でもある。
また、この曲は映画Pretty in Pinkのサウンドトラックとの結びつきでも知られている。
Pretty in Pinkは1986年公開のJohn Hughes作品で、80年代のティーン・ムービー文化を象徴する映画のひとつである。Bring on the Dancing Horsesは、そのために録音された楽曲として広く知られるようになった。(Wikipedia)
この映画との関係は、曲の受け止められ方にも影響している。
Echo & the Bunnymenの音楽は、リヴァプールのポストパンクから始まり、暗く、神秘的で、少し尊大な美学を持っていた。
一方で、Pretty in Pinkのような映画を通じて、彼らの音楽はアメリカの若いリスナーにとって「青春のメランコリー」のサウンドトラックにもなった。
Bring on the Dancing Horsesには、その二つの顔がある。
一方では、ポストパンクの幻想と終末感。
もう一方では、80年代青春映画の甘く切ない空気。
この曲が長く愛される理由は、その両方を持っているからだろう。
AllMusicのStewart Masonは、この曲について、夢見るようにキャッチーなサビと良いメロディを評価し、シンセとIan McCullochの多重録音されたボーカルがサイケデリックな霞を生んでいると評している。一方で、SpinのJohn Lelandは、当時のシングル評でU2やThe Smiths的な巨大な響きを狙いながら空回りしていると厳しく評したことも記録されている。(Wikipedia)
この評価の分かれ方も興味深い。
Bring on the Dancing Horsesは、初期の鋭いBunnymenとは違う。
Heaven Up HereやPorcupineのような緊張感よりも、もっと滑らかで、霧がかったポップさがある。
その柔らかさを魅力と感じる人もいれば、空虚と感じる人もいた。
だが、今聴くと、この曲の曖昧さこそが魅力に聞こえる。
鋭いロックの攻撃性ではなく、夢の中で崩れていくような美しさ。
それが、この曲の本質なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、SpotifyやDorkなどの歌詞掲載サービスで確認できる。ここでは権利に配慮し、短い一部のみを引用する。
引用元:Dork Bring on the Dancing Horses Lyrics、Spotify掲載歌詞
作詞・作曲:Will Sergeant、Ian McCulloch、Les Pattinson、Pete de Freitas
収録:Songs to Learn & Sing、Pretty in Pink Original Motion Picture Soundtrack
リリース:1985年10月7日
レーベル:Korova / WEA
プロデュース:Laurie Latham、The Bunnymen
Jimmy Brown, made of stone
和訳:
Jimmy Brownは、石でできている
冒頭から、人物が登場する。
しかし、その人物は生身ではない。
石でできている。
石は硬い。
冷たい。
動かない。
感情を示さない。
この一節だけで、曲の世界には人間らしさの欠落が漂う。
Jimmy Brownという平凡な名前と、made of stoneという神話的なイメージの組み合わせが、妙に不気味である。
Charlie clown, no way home
和訳:
道化のCharlieには、帰る家がない
Charlie Clownという名前には、滑稽さがある。
しかし、no way homeによって、その滑稽さは急に寂しさへ変わる。
道化は笑わせる存在だ。
だが、その道化が帰る場所を失っている。
ここには、笑いと孤独が同時にある。
Echo & the Bunnymenの歌詞には、このような「芝居がかった人物」と「本当の孤独」の組み合わせがよく似合う。
Bring on the dancing horses
和訳:
踊る馬たちを連れてこい
この曲の中心となるフレーズである。
踊る馬たち。
美しい。
でも、少し異様だ。
馬は力、移動、神話、戦争、儀式を連想させる動物である。
それが踊る。
祝祭にも見える。
黙示録の行進にも見える。
夢の中のパレードにも見える。
「連れてこい」という言い方には、舞台の幕を開けるような強さがある。
何かを始めるために、踊る馬たちを呼ぶ。
だが、何が始まるのかはわからない。
Shiver and say the words
和訳:
震えながら、その言葉を言え
この一節には、儀式のような響きがある。
震える。
言葉を言う。
何かの告白かもしれない。
呪文かもしれない。
嘘かもしれない。
愛の言葉かもしれない。
次に「聞いたことのあるすべての嘘」という意味の言葉が続くため、この発話は純粋ではない。
語り手は、言葉を信じていない。
それでも、その言葉を言わせようとしている。
ここに、言葉への不信がある。
Your brittle heart
和訳:
君の壊れやすい心
brittleは、硬そうに見えるが、割れやすいものを指す。
ガラス、薄い骨、乾いた枝のような質感である。
この曲の心は、柔らかく傷つくというより、脆く砕ける。
愛の歌に見えるが、その愛は優しく守るものではない。
むしろ、心を壊す方向へ向かっている。
この「壊れやすい心」というイメージが、曲の夢のような美しさに鋭い痛みを加えている。
4. 歌詞の考察
Bring on the Dancing Horsesの歌詞は、明確な物語を拒む。
登場人物はいる。
Jimmy Brown、Charlie Clown、Billy。
しかし、彼らが何者なのかは説明されない。
どこにいるのかもわからない。
なぜ石でできているのか、なぜ家がないのか、なぜひとりで立っているのかもわからない。
それでも、イメージは強い。
石の人物。
帰れない道化。
砂に沈む骨ばった身体。
踊る馬。
首のない馬。
新しいメシア。
これらは、論理ではなく夢のつながりで結ばれている。
夢の中では、人物や象徴が説明なしに現れる。
なぜそこにいるのかわからないのに、感情だけは強く残る。
Bring on the Dancing Horsesも、そのような曲だ。
特に重要なのは、踊る馬と新しいメシアの関係である。
歌詞の終盤では、新しい救世主を連れてこい、という反復が現れる。
これは宗教的なイメージだ。
だが、純粋な信仰というより、皮肉や空虚さも感じる。
新しいメシアを連れてこい。
どこをさまよっていようと。
つまり、語り手は救いを待っている。
しかし、その救いはすでにどこか演劇的で、見世物のようにもなっている。
踊る馬たちと新しいメシアが同じ曲の中で呼び出されることで、救済はサーカスやパレードのように見える。
これは、かなり冷たい感覚だ。
人は救いを求める。
でも、その救いさえもショーになってしまう。
救世主も、踊る馬も、同じ舞台に出てくる。
この曲の世界では、本物と偽物の境界が曖昧である。
歌詞にも「faking」という言葉が出てくる。
嘘、偽り、演技、作り物。
語り手は、その偽りを憎んでいる。
しかし、自分自身も何かを作り、壊している。
First I’m gonna make it。
Then I’m gonna break it。
作る。
そして壊す。
これは、創作の衝動にも聞こえる。
愛の関係にも聞こえる。
自己破壊にも聞こえる。
Echo & the Bunnymenの美学には、この「作ること」と「壊すこと」の緊張がある。
彼らは美しいメロディを作る。
だが、そのメロディの中に不穏な影を置く。
ロマンティックな世界を作る。
しかし、そのロマンティックさは常にどこか壊れている。
Bring on the Dancing Horsesは、その美学のひとつの結晶である。
サウンド面では、曲は非常に滑らかだ。
初期Bunnymenの鋭いギターや、暗いリズムの切迫感は少し後退している。
代わりに、シンセ、厚いコーラス、広がるようなサウンドが前に出る。
この音像は、夢のようであり、少し商業的にも聞こえる。
そのため、当時の批評には賛否があったのだろう。(Wikipedia)
だが、この滑らかさは曲のテーマに合っている。
夢の中を流れるような音。
嘘の言葉が震えながら吐かれる音。
壊れやすい心が、きれいな霧の中でひび割れていく音。
荒々しくないからこそ、怖い。
この曲の美しさは、刃物ではなく、水の中に沈むガラスのようなものだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- The Killing Moon by Echo & the Bunnymen
1984年のOcean Rain収録曲で、Echo & the Bunnymen最大級の代表曲。運命、月、愛、死のような巨大なイメージを、荘厳なサウンドで包んだ名曲である。Bring on the Dancing Horsesの幻想性やIan McCullochの声の陰に惹かれる人には必ず響く。
- Seven Seas by Echo & the Bunnymen
Ocean Rain収録曲。The Killing Moonよりも明るくポップだが、海や神話的なイメージをまとったBunnymenらしい曲である。Bring on the Dancing Horsesの夢見るようなメロディと、少し霞んだロマンティシズムが好きなら、この曲も相性がいい。
- Lips Like Sugar by Echo & the Bunnymen
1987年のセルフタイトル・アルバム収録曲で、バンドがより開かれたポップ・サウンドへ向かった時期の代表曲。Bring on the Dancing Horsesの滑らかな80年代的音像が好きな人には、この曲の輝くギターと甘いメロディもおすすめできる。
Spinの当時の評でも、Bring on the Dancing HorsesがHow Soon Is Now?やU2のPrideのような巨大な響きを狙ったものとして比較されている。(Wikipedia)
実際、孤独、反復、広がるギターの質感という点で、80年代英国ロックの大きな影として並べて聴きたい曲である。
- If You Leave by Orchestral Manoeuvres in the Dark
Pretty in Pinkのサウンドトラックを象徴する楽曲のひとつ。Bring on the Dancing Horsesと同じ映画的文脈で聴くと、80年代青春映画における英国ニューウェイヴ/ポストパンク系バンドのメランコリーがより立体的に見えてくる。
6. 踊る馬と新しいメシアが歩く、80年代の夢の終わり
Bring on the Dancing Horsesは、Echo & the Bunnymenのキャリアの中で不思議な位置にある曲である。
初期の鋭さを代表する曲ではない。
The Killing Moonのような圧倒的な名曲として語られることも少ない。
アルバムの中から自然に生まれた曲というより、ベスト盤と映画サウンドトラックのために現れた特別な曲である。
しかし、その特別な位置が、この曲を面白くしている。
これは、ひとつの時代の終わりに立つ曲だ。
CrocodilesからOcean RainまでのEcho & the Bunnymenを振り返るベスト盤の最後に置かれた新曲。
Pretty in Pinkという80年代青春映画の中で、別の聴かれ方を得た曲。
ポストパンクの暗さから、より夢のようなポップへ近づいた曲。
そのすべてが、Bring on the Dancing Horsesの霧の中にある。
曲は美しい。
サビはなめらかで、Ian McCullochの声は深い。
シンセとコーラスは、曲を柔らかく包む。
一聴すると、とてもロマンティックだ。
だが、歌詞を見ると、そこにはかなり不穏な世界がある。
石の男。
帰れない道化。
首のない馬。
砂に沈む身体。
嘘の言葉。
壊れやすい心。
新しいメシア。
これは、甘い恋の風景ではない。
むしろ、救いを求めながら、救いの可能性をどこかで疑っている風景である。
新しいメシアを呼ぶ声は、祈りなのか。
それとも皮肉なのか。
踊る馬たちは祝祭なのか。
それとも終末の行進なのか。
答えは出ない。
この曖昧さが、この曲を長く残している。
Bring on the Dancing Horsesは、意味を完全に理解する曲ではない。
むしろ、意味が届きそうで届かないところに魅力がある。
美しい音の向こうに、何か不吉なものが見える。
しかし、それが何なのかはわからない。
それは、夢に似ている。
朝起きると、夢の内容は忘れてしまう。
でも、夢の中で感じた不安や美しさだけは残っている。
この曲は、まさにそのように残る。
また、Pretty in Pinkとの関係によって、この曲は青春の記憶とも結びついた。
映画を通してこの曲を知ったリスナーにとって、Bring on the Dancing Horsesは、80年代の若さ、片思い、階級差、ファッション、夜の部屋、カセットテープのような記憶と重なるかもしれない。
その記憶の中で、この曲は少し不思議な光を放つ。
青春の曲でありながら、青春をまっすぐ祝っていない。
ロマンティックでありながら、どこか冷たい。
映画的でありながら、歌詞は幻覚的だ。
このズレがいい。
Echo & the Bunnymenは、常にロマンティックでありながら、単純なロマンティックには収まらないバンドだった。
Ian McCullochの声には、自己陶酔と孤独が同時にある。
Will Sergeantのギターには、光と影が同時にある。
バンド全体には、ポップになる瞬間でさえ、どこか不穏な霧が漂う。
Bring on the Dancing Horsesは、その霧が最も柔らかく広がった曲である。
踊る馬たちを連れてこい。
首のない馬たちを連れてこい。
新しいメシアを連れてこい。
この呼びかけは、救いを求める声のようにも、世界の終わりを飾る合図のようにも聞こえる。
そして、そのどちらでもあるからこそ美しい。
Bring on the Dancing Horsesは、80年代英国ロックが持っていた夢と不安を、ひとつの曇った宝石のように閉じ込めた曲である。

コメント