Bouncing Around the Room by Phish(1990)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Bouncing Around the Room」は、アメリカのジャム・バンド、**Phish(フィッシュ)**が1990年に発表したセカンドアルバム『Lawn Boy』に収録された代表的な楽曲の一つです。Phishの中では比較的短く、明快なメロディを持つこの楽曲は、夢のような浮遊感と輪廻的な世界観を持ちながら、ポップで親しみやすいサウンドが特徴です。

タイトルにもある「Bouncing Around the Room(部屋の中を跳ね回る)」というイメージは、文字通りには“人が跳ね回っている”様子を想起させますが、歌詞では意識や魂が空間を漂い続けるような不思議な感覚が描かれており、リスナーを「ループする夢の空間」へと誘います。

この曲は、Phishがライブで頻繁に演奏する定番曲であり、シンプルな旋律とコーラスワークが観客との一体感を生み出す役割も果たしています。

2. 歌詞のバックグラウンド

作詞はトム・マーシャル(Tom Marshall)、作曲はギタリストでバンドの中心人物であるトレイ・アナスタシオ(Trey Anastasio)によって行われました。Phishの多くの楽曲と同様、この曲も彼らが長年築いてきた幻想的で詩的な世界観の延長線上にあります。

「Bouncing Around the Room」は、複雑なジャムや長尺のインプロヴィゼーションで知られるPhishの中では、珍しくストレートなポップ・ソング構造を持っており、3分台のコンパクトな楽曲です。しかし、その中に輪廻、夢、反復、逃れられない思考の迷宮といった深い哲学的テーマが織り込まれているのがPhishらしい点です。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を併記します。引用元:Genius Lyrics

“The woman was a dream I had, though rather hard to keep”
その女性は僕の夢の中にいた人/けれど留めておくには難しい存在だった

“For when my eyes were watching hers, they closed, and I was still asleep”
彼女の目を見つめたとき/僕の目は閉じて、まだ夢の中にいた

“And through the window in the wall / Come streaming in on sunlight wings”
壁の窓から、太陽の翼に乗って/光が差し込んでくる

“A million bright ambassadors of morning”
朝の輝く大使たちが、何百万と舞い込んできた

“And I am bouncing around the room”
そして僕は部屋の中を跳ね回っている

4. 歌詞の考察

「Bouncing Around the Room」の歌詞は、一見シンプルながらも時間の感覚と空間の感覚がねじれるような夢の描写に満ちています。冒頭の「彼女は夢の中の存在だったけれど、僕の目が彼女を見ると閉じてしまう」という逆説的な表現は、「見ようとすると消えてしまう真実」や「意識すればするほど遠のく記憶」のような人間の心理の複雑さを象徴しています。

さらに、「太陽の翼に乗って光が差し込む」という描写は、まるで夢と現実が交差する瞬間のメタファーのようであり、「朝」がもたらす現実への回帰が、やがてループ的な“跳ね回る”状態へと再び引き戻されていく流れが、歌全体に漂っています。

サビの「And I am bouncing around the room(僕は部屋の中を跳ね回っている)」は、ただの動きではなく、終わりのない思考のループや、感情の渦、あるいは夢から覚められないもどかしさの象徴とも捉えることができます。Phishが得意とする“意味を限定しない詩世界”のなかで、聴き手は自由にそのイメージを浮かべることが許されているのです。

また、歌詞の視点もどこか曖昧で、語り手が目覚めているのか夢の中にいるのかが明確ではないため、聴く者はまるで夢と現実の境目を揺れ動くような体験を味わうことになります。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Reba” by Phish
    非現実的な世界観とループ的構成が共通。歌詞も非常にシュール。

  • “Esther” by Phish
    夢のようなストーリーテリングと恐ろしくも幻想的な展開を持つバラッド。

  • “Roundabout” by Yes
    幻想的な歌詞と複雑なリズム構成を兼ね備えたプログレッシブ・クラシック。

  • “Golden Slumbers / Carry That Weight / The End” by The Beatles
    夢と現実、終わりと再生をモチーフにしたサイケデリック・メドレー。

  • Ocean Breathes Salty” by Modest Mouse
    死生観と幻想性が共存する、淡い叙情を湛えたロックナンバー。

6. “夢を見るように聴く”:Phish流ポップの極致

「Bouncing Around the Room」は、Phishのレパートリーの中では異色なほどシンプルかつポップな構成を持っていますが、その中に込められた哲学性と夢幻性は、他のどの楽曲にも劣らない深みを持っています。ライブでは、ハーモニーと繰り返しが観客とバンドを一体にし、あたかも全員で同じ夢を見ているかのような空気を生み出します。

この曲の「跳ね回る」というテーマは、音楽的にはリズムの軽快さに、精神的には終わりのない感情の運動に、詩的には無意識の中の浮遊感に対応しており、まさにPhishが得意とする“多層的な体験”が凝縮された名曲です。

言葉では語りきれない何か——それが音楽として跳ね回る空間に満ちている。それが「Bouncing Around the Room」という楽曲が、今なお多くのファンに愛され続けている理由です。Phishにとってもファンにとっても、この曲は終わらない夢の一場面なのです。

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