
1. 歌詞の概要
Underworldの「Born Slippy .NUXX」は、1996年にシングルとして再リリースされ、映画『Trainspotting(トレインスポッティング)』のサウンドトラックに収録されたことで、瞬く間に世界的な知名度を獲得したテクノ/エレクトロニカのアンセムである。クラブ・カルチャー、レイヴ文化、そして90年代の若者たちの心情を象徴するこの楽曲は、エネルギッシュで陶酔感あふれるビートの中に、壊れかけた感情や自己喪失の瞬間を焼き付けている。
一見すると意味のつかめない断片的な歌詞は、実際にはアルコール依存、孤独、失恋、自己否定、そして社会との断絶といった、深刻で個人的な体験の断片である。語り手は、酩酊状態にあるかのように話し続けるが、その言葉の端々からは苦しみや切なさ、あるいは怒りのような感情がにじみ出ている。
サビの「Lager, lager, lager, shouting!」という繰り返しは、狂気と開放感が紙一重で共存するレイヴ・カルチャーの象徴ともいえるフレーズであり、楽曲全体に漂う“陶酔と絶望のコントラスト”を決定づけている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Born Slippy .NUXX」は、もともと1995年にB面曲として発表された実験的トラックであり、メンバーのリック・スミスとカール・ハイドによって制作された。当初のヴァージョン「Born Slippy」はインストゥルメンタルだったが、ヴォーカル入りの「.NUXX」バージョンが後に登場し、90年代UKクラブシーンにおけるマスターピースとして確固たる地位を築いた。
カール・ハイドはこの曲について、「アルコール依存の暗黒期に書いたもの」と語っており、歌詞の断片はまさに酩酊状態での独白として捉えるべきものだ。明確な物語は存在せず、むしろ破片のような記憶や感情がそのまま言葉になっている構造は、まさに当時のレイヴや薬物文化の“混沌”をそのまま反映したものといえる。
そして、この曲が決定的に広まったきっかけが、ダニー・ボイル監督による映画『Trainspotting』である。映画のラストシーンで印象的に使用されたことで、「Born Slippy .NUXX」は薬物依存と自己破壊、そして再生の象徴となり、世界中の若者たちにとって忘れられない楽曲となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Born Slippy .NUXX」の特徴的な歌詞を一部抜粋し、日本語訳を併記する。
Drive boy dog boy dirty numb angel boy
走れ、少年 犬のように 汚れて 麻痺した天使のような少年Lager, lager, lager, lager
ラガー、ラガー、ラガー、ラガー(ビールの種類)Shouting
叫びながらMega mega white thing
とてつもなく白い何か(ドラッグの隠喩とも読める)I cried, I cried
僕は泣いた、泣いたんだStrong, strong
強く、強くBut not as strong as this streetwise guy
でも、あの場慣れしたやつほどじゃなかった
出典:Genius – Underworld “Born Slippy .NUXX”
4. 歌詞の考察
「Born Slippy .NUXX」の歌詞は、表面的には無秩序で断片的に見えるが、そこには自己崩壊とカタルシスという強いテーマが通底している。語り手は、酔いと薬物によって現実感を失いながらも、内なる叫びや後悔、自己憐憫といった感情をポエトリー・リーディングのようなスタイルで吐き出していく。
「Lager(ラガービール)」の連呼や、「Drive boy dog boy dirty numb angel boy」のようなリズミカルで象徴的な表現は、単なる音遊びではなく、精神状態の不安定さやアイデンティティの崩壊を巧みに表している。**自分が誰なのかもわからないまま、とにかく走り続け、叫び、飲み、壊れていく——**それがこの楽曲の本質である。
とりわけ、「I cried, I cried(僕は泣いた)」というラインは、全体の狂騒的なリズムの中で唐突に挿入されるが、それゆえに非常に強い感情の重みを持って響く。陶酔と混乱、開放と後悔、そのすべてを内包したこの曲は、90年代クラブカルチャーの内的側面を赤裸々に描き出した“感情のコラージュ”なのである。
この楽曲は、エレクトロニカやテクノというジャンルにおいても革新的であっただけでなく、人間の弱さや衝動、そして再生の可能性までも描いた詩的なアートワークとしての側面を持ち合わせている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Rez by Underworld
「Born Slippy」と対をなすインストゥルメンタルの名曲。陶酔感と浮遊感の極致。 - Cowgirl by Underworld
同じくUnderworldによる、反復と爆発力が共存する代表曲。ライブでも定番。 - Everything in Its Right Place by Radiohead
混乱と制御不能な感情をエレクトロニカ的に表現した、内向的な傑作。 - Windowlicker by Aphex Twin
カオティックで過激な電子音楽の中に、人間の不安や倒錯を感じさせるトラック。 - Porcelain by Moby
電子音楽に抒情性と感傷を持ち込んだ名バラード。終末的な美しさを持つ。
6. カオスの中の魂——Underworldが刻んだ90年代の感情
「Born Slippy .NUXX」は、90年代のUKクラブカルチャーの爆発と崩壊を象徴する、時代の声そのものである。陶酔と破滅、快楽と空虚、自由と依存。その全てがこの6分を超えるトラックの中に同時に存在し、聴く者に“生”の矛盾と力強さを突きつけてくる。
映画『Trainspotting』の影響で“中毒者の讃歌”というイメージが先行しがちだが、実際には自己破壊の果てに見える孤独と、そこから立ち上がろうとする魂の声が描かれている。「Lager! Lager!」と叫ぶその背後には、「I cried」という本音が静かに沈んでいるのだ。
Underworldは、ただのテクノユニットではない。音のうねりの中に、時代と人間の感情を封じ込める“都市の詩人”である。この曲は、レイヴのフロアを揺らすだけでなく、個人の“底”と向き合う者に捧げられた現代の詩篇なのだ。
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