発売日: 2021年11月19日
ジャンル: ポストメタル、ダーク・フォーク、アート・メタル、スラッジ、ゴシックロック
概要
『Bloodmoon: I』は、ConvergeがシンガーソングライターのChelsea Wolfe、盟友Ben Chisholm、そしてCave InのStephen Brodskyと手を組み、2021年に発表したコラボレーション・アルバムである。
それはもはや単なる“外伝”でも“異色作”でもない。
この作品は、**Convergeという激情の象徴が、よりダークで詩的な領域へと足を踏み入れた、完全なる“異形の本篇”**なのだ。
タイトルの「Bloodmoon（月蝕）」は、不吉さと神秘の象徴であり、
アルバム全体が破壊と再生、死と愛、光と影の狭間に漂う儀式のような音世界を描いている。
本作におけるJacob Bannonの咆哮は、もはや怒りの表出ではなく、祈りの断末魔に近い。
そこにChelsea Wolfeの囁くような歌声が重なった瞬間、音楽は完全に“此岸”から“彼岸”へと変質する。
これはポストメタルでもスラッジでもない。
“ゴシック・ポエトリー×カオティック・ハードコア”という前人未到の響きなのだ。
全曲レビュー
1. Blood Moon
荘厳なピアノとスローな展開で幕を開ける、9分を超える大作。
夜空に昇る赤い月のように、神話的なスケールと感情の陰影が折り重なる。
Chelsea Wolfeの呪術的ヴォーカルとBannonの悲鳴が交差する様は、まさに破滅と祈りの儀式。
2. Viscera of Men
冒頭からConvergeらしいノイジーな衝動が炸裂する一方、
中盤以降は人間の“内臓”＝最も脆く、感情的な部位をさらけ出すようなダーク・アンセムへと変貌する。
メタルとゴシックの融合点。
3. Coil
Chelsea Wolfeが全面的にリードを取る曲。
浮遊感のあるギターと柔らかい電子音が、**輪廻や繰り返される執着の連鎖（coil）**を暗示。
バンド全体が彼女の世界に染まる、夢と悪夢のはざまのような美しい迷宮。
4. Flower Moon
短く儚いインタールード。
タイトルの「フラワームーン」は春の満月を意味し、
本作のテーマである“月”が持つ異なる位相（血＝破壊、花＝再生）を象徴する。
5. Tongues Playing Dead
Chelsea WolfeとBannonが交互に歌い合うデュエット型の構成。
**言葉が死を装う＝沈黙と嘘、あるいは“語らぬことの暴力”**が主題となる。
不協和と美しさの境界で揺れる、非常にコンセプチュアルな一曲。
6. Lord of Liars
再びカオティックなConverge節が炸裂。
この曲では“嘘の王”という宗教的・政治的メタファーが駆使され、権威と信仰の崩壊がテーマとなる。
スラッジとハードコアの美学が融合した重量級トラック。
7. Failure Forever
ドゥーム的テンポで進行する、**終わることのない失敗＝“人生そのもの”**の美的肯定。
Chelsea Wolfeの透き通った歌声が、傷ついた世界にささやかな光を射す。
8. Scorpion’s Sting
アコースティックな質感と陰鬱な旋律が印象的。
“蠍の一刺し”というタイトルが示す通り、美しさの中に潜む致命的な毒を描いている。
どこかニック・ケイヴを思わせる、ダークフォーク的アプローチ。
9. Daimon
ギリシャ神話の“ダイモーン＝内なる声／守護者”をテーマにした哲学的楽曲。
ヴォーカルが次第に重層化し、魂の二重性と自己内対話が美しく描かれる。
音響的にも本作の中核をなす。
10. Crimson Stone
チェルシー・ウルフのヴォーカルが淡く響く中盤、そこに突然Bannonの咆哮が落ちてくる。
その瞬間、“血の石”という固体と液体、動と静の衝突が音として再現される。
Converge史上最もシネマティックな構成。
11. Blood Dawn
アルバムを締めくくる荘厳な終曲。
「血の夜明け」という倒錯的タイトルが示すように、破壊と希望が同時に訪れるラストシーン。
夕闇ではなく、血に染まった朝が、バンドの新章を静かに予告する。
総評
『Bloodmoon: I』は、激情のバンド＝Convergeが“美しさ”という異物を取り込み、なおかつその根幹を失わなかった奇跡的な作品である。
Chelsea Wolfeの存在は単なるゲストではなく、“音の重力を反転させる存在”としてアルバム全体に息づいており、
従来のConvergeが持つ反復・暴力・構造美といった核と、抒情・沈黙・死生観という新しい要素とが絶妙な均衡で融合している。
音の密度、構成の妙、リリックの詩性、どれをとっても**“コラボ”の域を超えた完成された世界**であり、
**ハードコアの終着点ではなく、まったく新しい“始まりの儀式”**として機能する。
もしこの作品が“Part I”であるなら、続編の登場はただ待ち遠しいだけでなく、
現代ヘヴィ・ミュージックの進化の必然でもあるのだ。
おすすめアルバム（5枚）
- Chelsea Wolfe – Abyss (2015)
本作に通じるゴシック×ドゥームの世界観。音の暗黒と透明の見事な融合。 - Neurosis – A Sun That Never Sets (2001)
儀式的ポストメタルの原型。Convergeの深層にあるスピリチュアリズムと共鳴。 - Amenra – Mass VI (2017)
重く、崇高で、儀式的。『Bloodmoon』と同じ精神性を共有するポストスラッジの雄。 - Emma Ruth Rundle & Thou – May Our Chambers Be Full (2020)
チェルシー・ウルフと精神的に最も近い存在が交錯した、激情と沈黙の結晶。 - Swans – The Glowing Man (2016)
長尺・反復・崇高な破壊。本作の美学に通じる“音の終末思想”。
ビジュアルとアートワーク
本作のジャケットはJacob Bannon自身の手によるアートワークで、
血のように赤く、月のように静かで、宗教画と悪夢のあいだのような象徴性に満ちている。
またアートワークそのものが**音楽と詩の世界観を視覚的に補完する“儀式の仮面”のようにも見え、
全体として『Bloodmoon: I』という作品が、音・詩・視覚を統合した“総合芸術としてのアルバム”**であることを雄弁に物語っている。
この作品は、Convergeの歴史の中でも異質だが、最も深く、最も美しく、最も恐ろしい“真実”を見せる鏡なのである。
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