発売日: 2016年4月15日
ジャンル: ドリームポップ、シューゲイザー、インディーポップ
沈黙を破る“夢の残響”——Lush、20年ぶりの帰還と“見えなかった場所”へのまなざし
『Blind Spot』は、Lushが1996年の活動停止から20年の沈黙を経てリリースした再結成後初のEPであり、“終わったと思っていた夢”が再び音として姿を現した記念碑的な作品である。
タイトルの「Blind Spot(死角)」とは、忘れられた感情、見ないふりをしていた過去、あるいは自分自身の中の未解決な感覚——そういったものすべてを含意する言葉であり、まさにこのEPのテーマそのものと言える。
プロデューサーにはJim Abbiss(Adele、Arctic Monkeys)とDaniel Hunt(Ladytron)が参加しており、かつての“夢見るノイズ”を損なわずに、現代的な透明感と洗練を加えたサウンドが特徴的。
バンドとしての成熟と、若き日の衝動が交差するこの短い作品には、時間の経過とともに深まった感性と、“今、再び歌う理由”が明確に込められている。
全曲レビュー
1. Out of Control
再始動の幕開けを飾るにふさわしい、瑞々しくも哀愁に満ちた一曲。
「もう制御できない」と繰り返すフレーズに、かつての自分たちへの向き合いと、時代の流れに委ねる姿勢がにじむ。
2. Lost Boy
ノスタルジックでどこか神話的なムードを湛える佳曲。
“失われた少年”という象徴は、過ぎ去った青春の記憶や、再び歩み出す不安な現在を暗示する。
3. Burnham Beeches
タイトルはロンドン郊外の森に由来。自然と記憶、そして夢が交錯するような、幽玄なサウンドスケープ。
ギターのきらめきとミキの柔らかな声が、風景そのものを描き出す。
4. Rosebud
EPを締めくくるこの曲は、“バラのつぼみ”=無垢な記憶や手放した何かの象徴。
映画『市民ケーン』を想起させるタイトルも含め、喪失と回想を詩的にまとめ上げた美しいラストトラック。
総評
『Blind Spot』は、Lushというバンドが“もう一度声を出す”ことの意味を、静かに、しかし確かな音で示した作品である。
激しさは控えめで、ノイズの洪水もない。
だがその代わりに、かつての夢を反芻しながら、“今ここにいる自分たち”を歌うという覚悟が、透明な音の中に深く刻まれている。
これは“カムバック”ではなく、夢の続きを静かに紡ぐ“私的なレコード”であり、その儚さゆえに、むしろ強く胸に残る。
たとえ永続しなかったとしても、この4曲はLushがもう一度“見えなかった場所”に手を伸ばした証として、永く聴き継がれるだろう。
おすすめアルバム
- Split / Lush
同じように静かな痛みと浮遊感を併せ持つ、中期の名盤。 - Lovelife / Lush
夢から醒める直前のような鮮やかさと虚無が交錯した最終作。 - 7 / Beach House
現代ドリームポップの最高峰。『Blind Spot』と通じる浮遊する情感。 - Bloom / Beach House
美しさと哀しみの対話が続く、夜に聴きたいアルバム。 - Heavenly / Cigarettes After Sex
ゆったりとした時間の流れと、甘い記憶の残り香が『Blind Spot』に響く。
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