発売日: 1992年10月19日
ジャンル: ドリーム・ポップ、インディー・ポップ、ネオアコースティック
概要
『Blind』は、The Sundaysが1992年に発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、静けさの中に孤独と怒り、感情の陰影を深くたたえた“内向するポップ”の名盤である。
前作『Reading, Writing and Arithmetic』で一躍注目を浴びた彼らは、本作でさらなる進化を遂げている。
サウンドはより柔らかく、多層的に、そしてメランコリックになり、ギターのリヴァーブや残響の処理がより洗練され、浮遊感が一層強化された。
一方で、ハリエット・ウィーラーの歌詞は以前よりも社会的で鋭く、同時により内省的で詩的な世界へと深化しており、時に厳しさすら感じさせる。
「盲目(Blind)」というタイトルが示すように、世界の不確かさや、他者との断絶、自己認識のゆらぎが全編のテーマとなっており、ドリーミーなサウンドに対して、リリックは地に足のついた憂鬱を響かせている。
これは、“音の浮遊”と“言葉の重さ”がせめぎ合う、美しくも張り詰めたアルバムである。
全曲レビュー
1. I Feel
優しく降るようなアルペジオに乗せて、“私は感じる”というシンプルな宣言から始まる。
感覚の曖昧さと、それを肯定する強さがにじむ。
2. Goodbye
別れの歌でありながら、悲しみよりも静かな決意を感じさせるトーン。
タイトルの“グッバイ”は、終わりの言葉というより“次に行く”ための合図のように響く。
3. Life Goes On
アコースティックギターの流れが美しい、人生の断面を切り取る詩。
人生は続く、それは慰めであり、また時に呪いのようにも聞こえる。
4. More
淡々としたギターの繰り返しが、欲望と空虚を揺らすように進行する。
「もっと」という言葉が、満たされなさと欲動を示す。
5. God Made Me
神という言葉を使いながら、自己存在と価値を問いかける鋭い一曲。
ハリエットの透明な声が、不条理への抵抗にも聞こえる。
6. Love
皮肉と優しさが交錯するラヴ・ソング。
抽象的な愛の概念を、具体的な日常の感情で縁取っていく。
7. What Do You Think?
“あなたはどう思う?”というタイトルの通り、問いかけるような構造。
他者との距離や会話の不在が、さざ波のように描かれる。
8. 24 Hours
24時間という単位の中に、記憶と沈黙がぎゅっと凝縮されたような一曲。
静けさの中にある緊張感が美しい。
9. Blood on My Hands
タイトルの“血”が象徴するように、責任や罪悪感を内省的に掘り下げる異色曲。
ギターの音がまるで心拍のように響く。
10. Medicine
癒しとしての“薬”というテーマながら、むしろ傷の存在そのものに向き合っていく曲。
無理な慰めではなく、“効かない薬”のリアルが切ない。
11. Wild Horses(The Rolling Stones カバー)
ラストを飾るのは、ローリング・ストーンズの名曲の美しいカバー。
原曲の荒々しさとは対照的に、静かで純粋な情感で再構築されている。
ハリエットの声によって、“飼いならせない愛”がより神話的に響く。
総評
『Blind』は、The Sundaysがデビュー作の清涼感を保ちつつ、より成熟し、より沈黙と向き合った作品である。
アルバム全体に流れるのは“見えないものを見る力”であり、それは視覚に頼らず、音と言葉の気配で世界を知ろうとする試みである。
この作品は、きらめくギターと透き通る歌声の美しさだけでなく、その裏にある不安、痛み、そしてそれを越えようとする微かな意思の痕跡までも伝えてくる。
聴く者を選ぶような繊細さを持ちながら、それゆえにこそ、静かな夜や孤独な時間に深く寄り添う一枚となる。
『Blind』は、“静寂の中に感情を燃やす”ことのできる、真にパーソナルなアルバムなのである。
おすすめアルバム
- Everything But The Girl / Eden
繊細でアコースティック、都会的な孤独を描く作品。 - Red House Painters / Ocean Beach
内向的な歌詞と緩やかなギターが心を揺らすスロー・コア名作。 - The Innocence Mission / Glow
信仰と日常が交差する静謐なインディー・フォーク。 - Mazzy Star / Among My Swan
夢と孤独のあいだを漂う、女性ヴォーカルによる幻想的世界。 -
Kate Bush / The Sensual World
文学的で音響的、詩と身体が融合したアート・ポップの名盤。
歌詞の深読みと文化的背景
本作では、ハリエット・ウィーラーのリリックが一層深く、より「個から社会」へと視野を広げている。
「God Made Me」や「Blood on My Hands」といった曲では、自己の存在理由や倫理、罪の感覚が扱われており、それは90年代初頭のポスト・サッチャー時代の社会不安や、個人主義の加速とも無関係ではない。
また、「盲目」というアルバムタイトルには、外的な混乱の中で、いかにして内面を頼りに進むかという現代的な課題が読み取れる。
ハリエットの声はその「内なる目」として、リスナーに静かに語りかけてくる。
『Blind』は、見ることのできない世界を、聴くことで感じ取らせる。
そんな、音楽という手触りのない触覚を極限まで高めたアルバムである。
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