イントロダクション
パースの夕陽の色を帯びたエレクトリック・ギターが、そっとリヴァーブをまといながら鳴り始める。
そこへ乗る歌声は少年の無垢さと大人の翳りを同時に抱え、リスナーの胸に“なつかしい未来”の風景を投げかける。
Blake Rose(ブレイク・ローズ)は、シンガー・ソングライターの伝統を継承しつつ、DIY 世代の宅録感覚でポップスを再定義する西オーストラリア出身の新旗手だ。
2020 年のバイラル曲 Lost で脚光を浴び、EP『A World Gone By』で“ギター・アンセムと内省ポップの掛け算”を提示。
2024 年春には 4 曲入り EP『Suddenly Okay』を発表し、2025 年の新シリーズ『Love / Attachment』へ続く物語を開いた。
本稿では、海と街を横断する彼の歩みと楽曲の魅力を、多層的に掘り下げる。
アーティストの背景と歴史
年 | 出来事 |
---|---|
1998 | パース郊外で誕生。幼少期は海岸とバンドルームを往復する日々。 |
2018 | “寝室で録ったデモ”Lady を SoundCloud へ投稿し、地元ラジオで火が付く。 |
2019 | デビュー・シングル Heavy Shit / Hotel Room を自主配信。TikTok で Lost の弾き語り動画が拡散。 |
2021 | 1st EP『A World Gone By』をリリース。全曲セルフプロデュースで US ラジオのパワープレイに。 |
2024 | 2nd EP『Suddenly Okay』発表。タイトル曲が米オルタナ・チャート Top 20 入り。 |
2025 | 新シリーズ『Love / Attachment vol.1』第1弾シングルをリリース、ワールドツアー決定。 |
音楽スタイルと影響
Blake Rose の楽曲は、以下3つのレイヤーで構築される。
- ギター・フック
フィンガーピッキングとパワーコードを往復するハイブリッド奏法。
プリセットを極力使わず、Fender Jazzmaster+小型アンプを宅録マイキングして生々しさを確保。 - リズム・カーペット
90〜105 BPM のレイドバック・ビート。
キックはドライ、スネアはリングを残したままサンプリングし、“海辺の木箱を叩く”質感を追求。 - ボーカル&リリック
中域を強調したハスキーなミックスとブレスの残響。
歌詞は失恋・ホームシック・自己肯定をテーマに、日常会話のシンプルな語彙で綴るが、サビ頭に比喩を一行だけ差し込み、映像的イメージを喚起させるのが持ち味。
影響源として本人が挙げるのは、Jeff Buckley のダイナミクス、John Mayer〜Shawn Mendes 系ギターポップのメロウネス、そして Tame Impala のサイケ的空間処理。
そこに West Coast ロックの開放感と UK ベッドルーム・ポップの繊細さが同居するため、楽曲は「海辺の光と窓際の影」を同時に映すようなコントラストを帯びる。
代表曲の解説
- Lost(2019)
アップライト・ピアノと指弾きギターが輪唱するイントロが象徴的。
サビでは倍テンポへ転じ、恋の喪失を“まばたきの置き去り”と表現するフレーズが胸をえぐる。 - Gone(2020)
パームミュートのギターループとオフビート・スネア。
<I’m half the man without your hurricane> と歌う比喩が、嵐のエネルギーを恋愛依存と重ね合わせる。 - How Do We Stay In Love?(2023)
アコギ・アルペジオにローファイ・ドラムを重ねたバラード。
中間部のモジュレーション・コーラスが“記憶のピントの揺らぎ”を可聴化。 - Suddenly Okay(2024)
新機軸のシンセベース+バウンス・ビート。
自己肯定が“急にやって来る朝焼け”として描かれ、最後 8 小節でストリングスが浮上する展開がライヴの鳥肌ポイント。
作品ごとの進化
年 | 作品 | キーワード |
---|---|---|
2021 | A World Gone By (EP) | ギター・アンセム/10 代の逃避行 |
2024 | Suddenly Okay (EP) | シンセ×ギターのハイブリッド/“突然大丈夫になる”心境の瞬間 |
2025 | Love / Attachment vol.1 (EP) | 愛着障害と再生/生音ドラム+ビンテージ鍵盤 |
影響を与えたシーン
Blake Rose の成功は、オーストラリア西海岸インディーに“ギター再興”の機運を呼び戻した。
フットワーク重視の現行 EDM に疲れた若者が“生々しいコードストローク”へ回帰する流れが顕著となり、Perth のライブハウスではルーパーと弾き語りを併用するソロ・アクトが急増。
TikTok では 「#SuddenlyOkayChallenge」タグが 3 億再生を超え、日常の些細な“切り替え瞬間”を 15 秒の映像で共有する文化が広がった。
オリジナル要素
- 海風フィールド録音
故郷パースの海岸で録った風音を高域フィルターで処理し、ほぼ全曲のバックに微量ミックス。 - “瞬きコード”
サビ前にコードを 16 分休符分だけ早めて弾き、聴き手の脈拍を一瞬スキップさせるアレンジが特徴。 - 対話式 MV
自身のスマホに向かって自撮りした“質問”とドラマ仕立ての“回答”場面を交互に繋ぐ編集で、リスナーを物語に参加させる。
まとめ
Blake Rose の音楽を聴くと、潮風の匂いとベッドサイドのスタンドライト、二つの空気層がゆっくり重なり合う。
失恋や自己嫌悪を正面から見据えつつ、それでも「突然大丈夫になる瞬間」を信じてギターをかき鳴らす姿は、ポップスが持つ“治癒と躍動”の二面性を端的に示している。
次作『Love / Attachment』は、その器に新たな傷と光をどのように注ぎ込むのか。
西オーストラリアの水平線を越えて届く新しい波を、心静かに、しかし胸の高鳴りを隠さず待ち受けたい。
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