1. 歌詞の概要
「Black Dog」は、イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター Arlo Parks（アーロ・パークス）が2020年に発表した楽曲であり、後に彼女のデビューアルバム『Collapsed in Sunbeams』にも収録されることになる作品である。この楽曲は、友人のうつ状態に対して抱いた“助けたいのに助けられない”という痛切な感情を、静かで詩的な言葉で描いた極めてパーソナルなナンバーである。
タイトルの「Black Dog（黒い犬）」は、ウィンストン・チャーチルが自身のうつ病を表す際に用いたことで知られる隠喩であり、うつ状態の重く覆いかぶさるような感覚を象徴している。Arlo Parksはこの“黒い犬”を友人のそばで吠えている存在として描きながら、彼女自身は無力感を抱えつつも、何とかその苦しみに寄り添おうとする。
その語り口は、過剰なドラマや誇張を排し、まるで詩を読むような繊細さと、日常の些細な観察に根ざしており、聴く者の心にそっと入り込んでくる。決して“解決策”を提示するのではなく、ただ「そこにいるよ」と語りかける優しさが、この曲には宿っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Black Dog」は、Arlo Parksにとって単なるフィクションではない。彼女はこの曲について、「ある大切な友人が精神的にとても苦しい時期にいたとき、私は何もできなかった。でも、そばにいたかった」と語っている。
Arloは10代の頃から詩を書き、音楽と文学を通して自分の感情を言語化してきた。そのため、彼女のリリックにはしばしば“静かな観察者”の視点が現れる。彼女は誰かの苦しみを“代弁する”のではなく、“隣に立ち、見つめる”ことを選ぶ。その姿勢が、「Black Dog」において特に深く表れている。
音楽的には、ミニマルなギターのアルペジオと、ほとんど囁くようなボーカルが特徴で、リスナーに“そっと耳を傾けること”を求めてくるような構造になっている。プロダクションの過剰な装飾を排したことにより、Arloの声と言葉が前景化し、楽曲の親密さを一層際立たせている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’d lick the grief right off your lips
あなたのくちびるから、その悲しみを舐め取ってあげたいYou do your eyes like Robert Smith
あなたはロバート・スミスみたいに、アイメイクをするSometimes it seems like you won’t survive this
時々、あなたがこのまま消えてしまいそうで怖くなるI’d do anything to get you out your room
あなたを部屋から連れ出すためなら、何だってするのにIt’s so cruel what your mind can do for no reason
理由もなく心が仕掛けてくる残酷さって、本当にひどい
歌詞引用元：Genius Lyrics – Black Dog
4. 歌詞の考察
「Black Dog」は、心の病を“救うべき問題”としてではなく、“共に在ることしかできない状況”として描いている点が非常に誠実である。語り手は、友人を助けたいと心から願っているが、それと同時に「自分にはそれができない」という無力感にも深く向き合っている。
「I’d do anything to get you out your room（あなたを部屋から連れ出すためなら、なんだってする）」という一節に込められているのは、行動的な“治療”ではなく、“そばにいること”という最も基本的で最も困難な支援のかたちである。Arlo Parksはそのことを、言葉少なに、だが決して感情を薄めることなく描いている。
また、Robert Smith（The Cureのフロントマン）という名前の引用は、音楽的アイコンとしてだけでなく、“痛みを隠さず表現する人物”としての象徴でもある。そうした細かな文化的レファレンスが、歌詞のリアリティと深みを高めている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Shadow by Chromatics
心の奥底に横たわる憂鬱を、スローモーションのように描いたエレクトロ・バラード。 - Eugene by Arlo Parks
嫉妬と親愛、複雑な感情を淡々と歌い上げる、彼女のもうひとつの代表作。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
傷つきながらも相手との関係を断ち切れない心の葛藤を、辛辣かつリアルに描いた名曲。 - Someone New by Helena Deland
変わってしまう人との距離に切なさと受容をにじませた、静謐なドリームポップ。
6. “助けられない痛み”と“寄り添う勇気”
「Black Dog」は、“誰かの痛みに寄り添う”とはどういうことかを、これ以上ないほど丁寧に表現した楽曲である。音楽にできることは限られている。しかし、音楽だからこそ可能な“感情の共有”がある。Arlo Parksはこの曲で、その繊細な表現力を持ってそれを実現している。
この曲は、苦しんでいる人のための歌であると同時に、その人のそばにいる誰かのための歌でもある。「何もできない」と感じたとき、Arloはそれでも“見つめること”“そばにいること”を選んだ。そしてその選択こそが、真の優しさであり、勇気なのだと教えてくれる。
「Black Dog」は、痛みを描いた歌ではあるが、そこには希望もまた宿っている。それは、「あなたはひとりじゃない」というささやかな、しかし力強いメッセージだ。暗い部屋の中で誰かがそっとこの曲を流したとき、ほんの少しだけでも、あたたかな光が差し込むことを願って。
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