
1. 歌詞の概要
INXSの「Bitter Tears」は、1990年のアルバム『X』に収録され、シングルとしてもリリースされた楽曲である。歌詞の中心となるテーマは「裏切りや失望を経た後に流れる苦い涙」であり、人間関係の中で誰しもが経験する痛みをストレートに描いている。表面的には恋愛の終わりや失恋を連想させるが、それだけにとどまらず、裏切られた信頼や社会への幻滅といった普遍的な感情を象徴している。
「苦い涙」という表現は、単なる悲しみの涙ではない。そこには怒りや失望、そして後悔や自己嫌悪など複雑に絡み合った感情が含まれており、感情の重みが増している。マイケル・ハッチェンスの歌声は、その感情の混沌を切実に伝え、聴く者に「痛みを抱えながらも前に進むしかない」というメッセージを投げかけているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
『X』は、INXSが世界的成功を収めたアルバム『Kick』(1987)の次作として制作された。『Kick』によって彼らは世界的なスーパーバンドの地位を手にしたが、その次の作品には「成功を超えるプレッシャー」と「バンドとしての成長」の両方が求められていた。『X』の制作過程では、ダンサブルなポップ要素とロック的な力強さを融合させることに重点が置かれており、「Bitter Tears」もその成果を端的に示す楽曲の一つである。
「Bitter Tears」はシングルとしてリリースされ、イギリスやオーストラリアでチャート入りした。特にライブでは観客を巻き込む力が強く、シンプルでありながらエモーショナルな歌詞と疾走感のあるリズムは、ステージでの盛り上がりに直結した。
また、この曲のメッセージ性には当時の社会情勢も影を落としているとも考えられる。冷戦終結の空気が漂いながらも、不安や失望を抱える人々が多かった時代に「Bitter Tears」は共鳴し、リスナーの感情に強く訴えかけた。恋愛の歌でありながら、より広い意味で「人間の挫折と再生」の歌として受け止められる余地があるのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(歌詞引用元:INXS – Bitter Tears Lyrics | Genius)
You got me running, don’t know where
君は僕を走らせる、でも行き先はわからない
You got me crawling on the floor
君は僕を床に這わせる
So many times I don’t know what for
何度も繰り返されるけれど、それが何のためなのかもわからない
So many times I don’t know anymore
何度も繰り返すうちに、もう僕にはわからなくなってしまった
These are bitter tears, bitter tears we cry
これが苦い涙だ、僕たちが流す苦い涙なんだ
歌詞は失望と混乱、そしてその果てに流れる涙を強調している。苦しみの理由がはっきりせず、出口が見えない中で涙が流れる。その描写は恋愛だけでなく、人生全般の苦悩を象徴する普遍性を持っている。
4. 歌詞の考察
「Bitter Tears」は、感情の混乱と再生の間にある瞬間を切り取った楽曲である。歌詞には怒りや悲しみが入り混じっているが、そのすべてが「涙」という形で浄化されていくプロセスが描かれている。苦い涙を流すことは決して無意味ではなく、それが癒しや前進のきっかけになるのだという暗示が含まれているように思える。
また、この曲にはハッチェンスの声の力が非常に大きい。彼の歌声は、ただ悲しみを表現するだけでなく、苦しみの中に潜む官能性や人間の複雑さを引き出している。「Bitter Tears」は、単なる失恋ソングではなく、人間存在そのものの痛みに向き合った楽曲として響くのだ。
サウンド面では、エネルギッシュなリズムとキャッチーなコーラスが、歌詞の重さを相対化している。まるで涙を流しながらも踊り続けるような感覚をもたらし、リスナーに「悲しみを抱えながらも前へ進め」というメッセージを伝えているようでもある。これはINXS特有の、ダークなテーマをポップなサウンドで包み込む手法であり、彼らの魅力の核心をなす部分だと言えるだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Disappear by INXS
同じ『X』収録のシングルで、愛の力を肯定するポジティブな対比を持つ楽曲。 - Suicide Blonde by INXS
アルバムのリードシングルで、挑発的かつダンサブルな魅力を持つ。 - Never Tear Us Apart by INXS
愛と別れを壮大に描いた名バラードで、感情の深みが「Bitter Tears」と通じる。 - Ordinary World by Duran Duran
90年代初頭の哀愁と再生をテーマにした楽曲で、同じ空気感を持つ。 - Everybody Hurts by R.E.M.
人間の苦しみと涙を真正面から肯定した歌で、「Bitter Tears」と響き合う。
6. 苦しみと再生をつなぐ歌として
「Bitter Tears」は、INXSがキャリアの絶頂期にありながらも、人間の弱さや傷つきやすさに目を向けたことを示す楽曲である。華やかな成功の裏にある影や、普遍的な痛みを表現することで、リスナーは自らの感情を重ね合わせることができた。
ライブでの高揚感と歌詞の重みのコントラストは、バンドの存在感を一層際立たせた。涙は苦いが、それを流すことで人は再び歩き出せる。「Bitter Tears」は、その矛盾に満ちた人間的な真実を、ダンスロックという形で表現したアンセムなのだ。
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