発売日: 2023年4月14日
ジャンル: インディーフォーク、ドリームポップ、オルタナティブロック
概要
『Big Picture』は、Fenne Lilyが2023年にリリースしたサード・アルバムであり、これまで以上に成熟した視点と洗練されたサウンドで自らの世界を広げた作品である。
前作『BREACH』では孤独や内省を鋭く見つめていたFenne Lilyだが、本作ではさらに一歩踏み出し、人間関係の微細な変化、愛することと失うことの意味、そして「自分自身をどこに置くか」という問いを静かに、しかし力強く探求している。
タイトル『Big Picture』は、目の前の感情に溺れず、より俯瞰した視点で自分自身や人生を捉えようとする試みを象徴しており、アルバム全体に流れる落ち着いた空気と奥行きのある感情表現がそのテーマを支えている。
サウンドは、彼女らしいアコースティックフォークを基盤にしながらも、ドリームポップやオルタナティブロックのテクスチャをより洗練された形で取り入れ、控えめながらも豊かな広がりを持っている。
結果として、『Big Picture』はFenne Lilyのキャリアにおける最も完成度の高い、深い余韻を持つアルバムとなったのである。
全曲レビュー
1. Map of Japan
過去の記憶と未来への希望を静かに見つめる、柔らかなオープニング。
アコースティックギターと夢見心地のボーカルが、穏やかにリスナーを引き込む。
2. Dawncolored Horse
不安と優しさが同居するラブソング。
愛することの美しさと怖さを、詩的なリリックと繊細なアレンジで描いている。
3. Lights Light Up
都会の孤独と小さな希望をテーマにしたナンバー。
淡く広がるシンセと静かなビートが、夜の街を思わせる幻想的な空気を作り出す。
4. In My Own Time
焦りと自己受容の間で揺れる心情を描いた、優しくも力強い楽曲。
「自分のペースでいい」というメッセージが、柔らかいサウンドに乗せて丁寧に届けられる。
5. Pick
感情の衝突と和解をテーマにした曲。
リズミカルなギターと、徐々に感情が高まっていくボーカルが印象的だ。
6. Henry
失われた関係への静かな追悼。
淡い悲しみと受容の感情が、静かに、しかし確かに伝わってくる。
7. 2+2
恋愛における期待と失望の繊細なバランスを描いたナンバー。
ドリーミーなギターと、ふわりと浮かぶボーカルが心地よい。
8. Superglued
別れの痛みを「超強力接着剤」に喩えた、切実なラブソング。
静かなトーンながら、感情の奥深さがひしひしと伝わる。
9. Red Deer Day
ノスタルジックな記憶を呼び覚ますミニマルな楽曲。
アコースティックの温もりとわずかな揺らぎが、時間の流れを感じさせる。
10. Half Finished
アルバムを締めくくる、静かな決意を湛えた一曲。
不完全なままでも進んでいく、そんな人間らしい前向きさが滲み出ている。
総評
『Big Picture』は、Fenne Lilyがアーティストとして、そしてひとりの人間として、大きな成長を遂げたことを示すアルバムである。
彼女の歌声は依然として繊細で、リリックは個人的な感情に深く根ざしているが、それらはより広い視野と穏やかな自信を得て、リスナーに向かって優しく開かれている。
小さな出来事や感情を丁寧にすくい上げながらも、それらを俯瞰し、物語の全体像を見ようとする視点が、本作には確かに存在している。
サウンド面では、控えめなプロダクションの中に繊細な奥行きがあり、聴き込むほどに新たなディテールが浮かび上がる。
ギターの柔らかい響き、さりげないシンセの揺らぎ、そしてFenne Lilyの声が、静かに、しかし確実に心に染み渡る。
『Big Picture』は、焦らず、無理に答えを求めず、それでも確かに前へ進もうとする人々に、そっと寄り添う作品なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Phoebe Bridgers『Punisher』
内省と希望を美しく紡ぐ現代インディーフォークの名作。 - Big Thief『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』
細やかな感情表現と豊かな音楽性を兼ね備えるアルバム。 - Lucy Dacus『Home Video』
記憶と成長を繊細に描いた叙情的なロック作品。 - Adrianne Lenker『songs』
ミニマルでありながら深い感情を湛えたアコースティック作品。 - Angel Olsen『Big Time』
自己変容と愛をテーマにした、温かくも切ないアルバム。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Big Picture』は、プロデューサーのBrad Cook(Bon Iver、Waxahatchee)と共に制作され、アメリカ・ノースカロライナ州のスタジオでレコーディングされた。
Fenne Lilyは、「アルバム全体を一つの長い会話のようにしたかった」と語っており、そのため曲順や音の流れにも細心の注意が払われている。
制作中は、できるだけ自然光の入る環境でセッションが行われ、レコーディングには生音を活かすアナログ機材が積極的に使用された。
その結果、『Big Picture』には、人工的ではない、温かな空気感と、ありのままの人間味がしっかりと刻み込まれているのである。
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