アルバムレビュー：Before After by Heaven 17

発売日: 2005年9月19日
ジャンル: シンセポップ、エレクトロポップ、ダンスポップ

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Before After』は、Heaven 17が2005年に発表した7作目のスタジオ・アルバムであり、彼らにとって最も“クラブ寄り”かつ現代的なポップスへの接近を果たした一枚である。
前作『Bigger Than America』では冷静で内省的なエレクトロニクスを展開していた彼らだが、本作では一転して高揚感あふれるダンスビートと、煌びやかで洗練されたプロダクションを前面に押し出している。

タイトル『Before After』は、過去と現在、変化の前後、時間と記憶を行き来する視点を暗示しており、Heaven 17という“80年代的知性派ポップユニット”が、2000年代の音楽市場にどう“適応”するかという問いにも通じる。
また、80年代シンセポップの復権やエレクトロクラッシュ・リバイバルといった流れも追い風となり、久々に新しいリスナー層にも接触した作品となった。
一方で、政治的な鋭さや社会批評性は後退し、“愛と欲望”を中心としたテーマがメインとなるなど、よりパーソナルで情緒的な側面が強調されているのも特徴である。

全曲レビュー

1. I’m Gonna Make You Fall in Love with Me

本作のオープニングにして、クラブ仕様のエレクトロポップ・アンセム。
“君を恋に落としてみせる”という強気なフレーズと高揚感あるビートが、アルバムの方向性を明示する。
グレン・グレゴリーのボーカルは滑らかで、過去作よりも官能的な表現が際立つ。

2. Hands Up to Heaven

シングルとしてもリリースされた、アルバムのハイライト。
ソウルフルなボーカルとユーロディスコ風のアレンジが特徴で、“天に両手を掲げる”というフレーズが、快楽と救済の中間に位置する感情を象徴する。
Heaven 17史上もっともダンサブルな一曲かもしれない。

3. The Way It Is

内省的かつメロウなミッドテンポ曲。
“それが現実なのさ”という諦念と肯定の入り混じったメッセージが、落ち着いたトーンで語られる。
エレクトロニクスの層が繊細に構築されており、90年代以降の洗練を感じさせる。

4. Freedom from Love

エレクトロ・ファンク調のリズムに乗せて、“愛からの自由”という逆説的な主題を展開。
Heaven 17らしいアイロニカルな視点が久々に顔を出す。
愛と依存、解放と孤独の相関関係を描く歌詞に知性が光る。

5. Don’t Fear the Night

ダークなシンセとミニマルなビートによるクールなトラック。
“夜を恐れるな”という呼びかけは、感情や影の側面を肯定するメッセージとして機能している。
陰影のある構成とグレゴリーの低音ヴォーカルがマッチしている。

6. Into the Blue

アーバンでドリーミーな質感の楽曲。
“青の中へ”という表現が象徴するのは、未知の領域へと飛び込む勇気と希望。
シンセ・サウンドは抑制的だが、構成には緻密なリズム感が漂う。

7. Deeper and Deeper

欲望と陶酔をテーマにしたダンスチューン。
反復的な歌詞とグルーヴ感のあるアレンジが、80年代的フェティッシュと2000年代的クラブ感覚の交差点を生み出している。
単純でありながら、クセになるリフが印象的。

8. What Would It Take

静かに感情を探るようなバラード曲。
“何が必要なんだろう？”という問いかけが、恋愛の不確かさと期待を描く。
美しく繊細なメロディラインと、ささやくようなヴォーカルが印象に残る。

9. Someone for Real

ソウルフルなグルーヴとシンプルなメッセージが光る楽曲。
“リアルな誰か”を求めるその姿は、情報化された愛の表層ではなく、本質を探ろうとする意志の表明にも見える。
本作の中でも、感情表現に最も肉薄した一曲。

10. Are You Ready?

アルバムの締めくくりにふさわしい、問いかけのようなナンバー。
“準備はできているか？”という言葉には、愛にも変化にも、再出発にも向き合う覚悟がにじむ。
音数は少なく、静かな余韻とともにアルバムは幕を閉じる。

総評

『Before After』は、Heaven 17が2000年代におけるポップ・エレクトロの文脈で、自らを再定義したモダン・ポップ作品である。
かつてのような政治批評や社会風刺は抑えられたものの、“感情”と“身体性”に軸足を移した新しい表現の可能性を提示している。

グレゴリーのボーカルは以前よりも柔らかく、リリックはパーソナルで親密。
その一方で、マーティン・ウェアによるサウンド・プロダクションは過剰さを排し、洗練されたレイヤー構成で聴き手を包み込む。
本作は、Heaven 17が“過去の再現”ではなく、“現在に即した進化”としての再起動を選んだことを示す貴重なドキュメントでもある。