イントロダクション
北海の潮風をまとったメロディと、カリブの陽光のようなパーカッション。
エディンバラ育ちのプロデューサー、Barry Can’t Swim（本名 Joshua Mainnie）は、ディープハウスを軸にジャズやアフロビートを溶かし込み、リスナーを瞬時に“常夏の波間”へ連れ出す。
2023 年のデビュー・アルバム『When Will We Land?』で英国ダンスシーンの新機軸を提示し、2025 年夏には 2 枚目となる『Loner』を Ninja Tune から送り出す予定だ。WikipediaBarry Can’t Swim
アーティストの背景と歴史
Mainnie が鍵盤に触れたのは 9 歳のころ。
高校ではジャズピアノを学び、夜になるとエレクトロニカのビートを独学で打ち込み、地元パブのセッションではトランペット奏者と即興で絡んだという。
ロンドン移住後、DJ としての経験を積むうち“ダンスフロアにハンドクラップより温度の高いホーンを入れたい”という衝動が芽生え、2020 年にセルフリリースした EP『Amor Fati』で初めて生楽器を全面的に導入した。
そのハイブリッド感覚が Ninja Tune の A&R の耳に留まり、長期契約へと発展。
2023 年秋、満を持して発表した『When Will We Land?』は UK アルバムチャート 12 位に初登場、翌 2024 年 2 月には BBC Radio 1 Dance Award を受賞し、Mercury Prize ノミネートも獲得した。Wikipedia
“ベッドルームとフェス会場の中間”を思わせる親密かつ開放的なサウンドがコロナ禍以後の聴取体験とシンクロし、瞬く間にワールドツアーが決定。
2025 年には 25 都市を巡るワールドツアー「Currents」を敢行し、東京・渋谷 WWWX での来日公演も即日完売となった。
音楽スタイルと影響
Barry Can’t Swim の楽曲は BPM 120 前後の“波打つ 4 つ打ち”を土台に、ダブルタイムのパーカスやホーンリフが有機的に重なる。
メロディはペンタトニック主体の耳なじみやすさを保ちつつ、ジャズ由来のテンションコードで独特の浮遊感を演出。
ベースラインは UK ガラージ譲りのスウィングを帯び、ハイハットにはハイライフやサンバの後ろ乗りが忍ばせてある。
影響源として本人が公言するのは、Bonobo や Four Tet の多文化コラージュ精神、St. Germain のディープハウスに潜むブルース感覚、そしてスコットランド伝統音楽のリール（8 分音符の疾走感）。
それらを“旅の記憶”のように断片的に引用し、トラック全体を暖色グラデーションで包む手つきが彼の真骨頂だ。
代表曲の解説
‘Sunsleeper’
『When Will We Land?』の幕開けを告げる多幸感あふれるキラーチューン。
伸びやかなラテンホーンがロングトーンを引き、鋭いカウベルが裏拍を刻むと、シルクのようなボーカルサンプルが滑り込む。
タイトル通り“眠りながら日差しを浴びる”ような浮遊をもたらす。
‘How It Feels’
ハーフテンポで始まり、中盤から倍速へシフトする構成がクラブのピークタイムを彷彿させる。
アンビエント調パッドとアフロパーカッションが同居し、静と動の境目を溶かしていく。
‘Deadbeat Gospel’
ビルドアップの最中にスコットランド民謡風ヴァイオリンが挿入され、一瞬で北方の空気が立ち上がる異色曲。
終盤、フィルターが外れた瞬間に一斉に鳴るクワイヤが、祭礼の祈りとパーティーの熱狂を同時に解放する。
‘Different’
2025 年アルバム『Loner』の先行シングル。
跳ねるリムショットとダブベースがツボを押さえ、メロディはきらめくシンセと女性スキャットがリード。
孤独を肯定するリリックがフロアでの共鳴を誘う。Barry Can’t Swim
アルバムごとの進化
『Amor Fati EP』（2020）
ローファイハウスを基盤に、トランペットの即興を大胆にフィーチャー。
“都会とビーチを行き来する深夜バス”のような疾走感を描いた。
『More Content EP』（2022）
生ドラムとディープハウスを融合し、楽曲のダイナミクスが一段階アップ。
タイトルは SNS 依存社会への皮肉を含みつつ、“もっと自由な内容”という自己宣言でもあった。
『When Will We Land?』（2023）
ジャズ、アンビエント、アフロビートを横断する 11 曲構成。
アルバム全体が“航海日誌”のように緩やかな時系列で並び、オープニングとクロージングが同じコード進行で鏡合わせになっている。Ninja Tune
『Loner』（2025 予定）
“孤独と向き合うダンスミュージック”がコンセプト。
先行曲 ‘Still Riding’ ではハウスと UK ベースを併走させ、インタールードにはフィールド録音した潮騒が挿入される。
本人曰く「身体を揺らす行為そのものがセラピー」というフィロソフィーの集大成となる見込みだ。Barry Can’t Swim
影響を受けたアーティストと音楽
- Bonobo — 異国情緒とクラブグルーヴの橋渡し
- Four Tet — サンプル選択の大胆さと繊細なミキシング
- St. Germain — ジャズギターをハウスに溶かす手法
- Boards of Canada — スコットランド独特の郷愁感
これらのエッセンスが、Barry Can’t Swim の“暖流サウンド”に溶け込んでいる。
影響を与えたアーティストと音楽
UK ネオハウス勢（例えば Laurence Guy、Duskus）や、南欧のディープハウス新人たちが彼のホーン・アレンジとラテンパーカスを模倣し始めている。
また、BBC Radio 6music の DJ Gilles Peterson が 2024 年の年間チャート上位に『When Will We Land?』を選出したことで、ジャズリスナー層にも波及。
“クラブとライブバンドのハイブリッド編成”というフォーマットが、EU フェスシーンで一気に広がりつつある。
オリジナル要素
- 暖流ハウス (Warm‑Current House)
ハウスの 4 つ打ちとアフロ系リズムを混ぜ、ブラスやストリングスを積層する独自の温帯サウンドスケープ。 - リアルタイム・ブラス・リサンプリング
ライブではホーンセクションのフレーズを MPC に即時録音し、その場でフィルターをかけながらループ化。 - 潮騒フィールドレコーディング
楽曲のイントロに北海沿岸で録音した波音を挿入し、“離岸／着岸”という物語構造を補強。
まとめ
Barry Can’t Swim の音楽は、退屈な日常を一瞬で“塩気を帯びた夏の夜”へ塗り替える。
そこにはジャズの自由、ハウスの高揚、民族音楽の体温が等価で共存し、耳を傾ける者は知らぬ間に旅へ誘われるのだ。
新作『Loner』が掲げる“孤独の解放”というテーマは、ダンスフロアで見知らぬ隣人と肩を揺らす瞬間にこそ花開く。
次の波が打ち寄せる前に、彼のサウンドに身を委ね、自分だけの航海図を描き始めてほしい。
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