
発売日: 2021年12月10日
ジャンル: ガレージ・ロック、アメリカーナ、フォーク・ロック
古納屋で鳴る未来の祈り——Neil Young、自然と時間に耳を澄ませた“静かな轟音”
『Barn』は、Neil YoungがCrazy Horseとともに2021年に発表した37作目のスタジオ・アルバムであり、コロラド州の山中に建てられた古い納屋を舞台に、地球と人間の時間を見つめた、静けさと荒々しさが共存する音の手記である。
録音はすべてライヴで行われ、風の音、鳥のさえずり、そして老いたギターたちの歪みが、そのまま空気に溶け込むような自然体の音像が特徴。
タイトルの「Barn(納屋)」は、ただの物理的な場所ではなく、記憶や感情、土地と共生する精神の象徴として機能している。
環境破壊、歴史の忘却、愛と共生といったテーマが静かに語られ、ヤングとCrazy Horseが“今もなお変化を続ける存在”であることを証明する、穏やかだが力強い作品である。
全曲レビュー
1. Song of the Seasons
ハーモニカとアコースティック・ギターが柔らかく重なる、季節のうつろいと愛する人への感謝を綴った詩的なオープナー。
2. Heading West
少年時代の旅の記憶を描いたガレージ・ロック。母との関係が語られるパーソナルな楽曲で、ラフなギターが郷愁と結びつく。
3. Change Ain’t Never Gonna
社会変革への皮肉と諦念を織り交ぜたスロー・ブルース。くすんだユーモアの中に、反骨の炎がくすぶる。
4. Canerican
カナダ人とアメリカ人——“Canerican”という造語で、自身のルーツとアイデンティティをユーモラスに再構築。エネルギッシュな演奏が光る。
5. Shape of You
ラヴソング的なニュアンスを持つ静かな曲。言葉少なに、“誰かの存在が与える影響”を形として表現しようとする抽象的な試み。
6. They Might Be Lost
誰かが来るかもしれない、でも来ないかもしれない——不確実な時代の不安と希望を、繰り返しのリフに託して描く。
7. Human Race
本作随一のハードロック・ナンバー。気候危機や資源問題をテーマに、疾走感のあるリズムで“人類という種の暴走”を警告する。
8. Tumblin’ Through the Years
ゆったりとしたリズムで、人生の流れに身を任せるような構えを見せる。シンプルだが誠実なメロディが印象に残る。
9. Welcome Back
ギターがうねる11分超の長尺スロー・ジャム。精神的な帰還と癒やしをテーマにした、即興のような深い音の瞑想。
10. Don’t Forget Love
「愛を忘れるな」というシンプルかつ強烈なメッセージで幕を閉じる。サウンドは穏やかだが、言葉の重さがずしりと響くエンディング。
総評
『Barn』は、Neil Young & Crazy Horseが、過剰な装飾や構成を排し、今この瞬間の空気と感情をそのまま録音することで生まれた“音の風景画”である。
ロックの奔流というよりは、山間の風や土の匂いと一体化したような、地に足のついたサウンドが全体を貫いている。
“納屋”という空間に響いた音は、どこか儀式的で、忘れられた自然との共鳴を取り戻そうとするようでもある。
その声は叫びではなく、ささやきだ。だが、そのささやきは、世界のどこかにいる誰かに確実に届くだろう。
おすすめアルバム
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Colorado / Neil Young & Crazy Horse
同じく自然と社会の交差点を描いた前作。『Barn』の下地となる。 -
Harvest Moon / Neil Young
老いと共生を穏やかに描いた名作。自然とのつながりというテーマでも共鳴する。 -
Goodbye Bread / Ty Segall
ローファイでオーガニックなロック。『Barn』のラフな質感と響き合う。 -
American Stars ‘n Bars / Neil Young
納屋や田舎町の情景を描いた“土の匂い”を感じさせるアルバム。 -
The Earth Is Not a Cold Dead Place / Explosions in the Sky
言葉なきギターが“地球の鼓動”を奏でる。『Barn』の無言の精神性と共鳴する一作。
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