
発売日:2024年
ジャンル:インディー・ロック、インディー・ポップ、ジャングル・ポップ、ドリーム・ポップ、オルタナティヴ・ロック
概要
Royel Otisの『Bar & Grill』は、2020年代前半のインディー・ポップ/インディー・ロック文脈において、きわめて現代的な軽さと、驚くほど古典的なギター・ポップ感覚が自然に結びついた作品である。Royel MaddellとOtis Pavlovicを中心とするこのオーストラリアのデュオは、初期のEP群の段階から、脱力したメロディ、乾いたユーモア、少し気だるいヴォーカル、そしてThe Strokes以後のインディー・ロック感覚と、より60年代的・90年代的なギター・ポップの心地よさを混ぜ合わせたサウンドで注目を集めてきた。『Bar & Grill』は、その魅力が単なる“雰囲気の良いバズ・バンド”の域を越え、アルバム単位で十分な説得力を持つことを証明した一枚である。
タイトルの『Bar & Grill』からして、この作品は非常にRoyel Otisらしい。バー&グリルという言葉には、気取らない飲食店、夜の途中、誰かとだらだら過ごす時間、ネオン、会話の断片、どこでもない場所の親しみやすさがある。高級でもなければ完全に荒んでもいない、中途半端に日常的で、中途半端にロマンティックな空間。Royel Otisの音楽はまさにそうした場所に似合う。彼らの曲は、人生を大げさに総括したり、感情を極端に拡張したりしない。その代わり、曖昧な時間帯、少し酔った頭、うまく言葉にならない関係、何気ないフレーズの引っかかりを、非常に魅力的なポップ・ソングへ変えていく。『Bar & Grill』というタイトルは、その感覚をよく表している。
この作品の面白さは、まずその“軽さ”にある。だが、その軽さは中身の薄さではない。むしろRoyel Otisは、肩の力の抜けたメロディや、少し投げやりに聞こえる歌い方、ルーズに転がるギターを使いながら、かなり丁寧に楽曲を組み立てている。コード進行は耳なじみがよく、サビはしっかり印象に残り、アレンジも必要以上に盛らない。そのため『Bar & Grill』は、一聴するととても気楽に流れていくアルバムなのに、繰り返し聴くと、曲ごとのフックや質感の違いがしっかり見えてくる。これはインディー・ポップの重要な美徳であり、Royel Otisはそれをかなり高い水準で実現している。
音楽的な背景としては、The Strokes、Phoenix、The Velvet Underground以後のクールなギター・ポップ、The CureやThe Smiths以降のジャングルなきらめき、さらには90年代インディーやスラッカー的な脱力感など、さまざまな要素が感じられる。しかし、Royel Otisの良さは、それらが露骨な引用や懐古趣味にとどまっていないところにある。彼らは過去のインディー・ロックを参照しながら、それを2020年代のテンポ感や質感に合わせて再配置している。その結果、サウンドにはどこか懐かしさがある一方で、決して古びて聞こえない。『Bar & Grill』は、“いまのインディー・ポップがどう鳴れば心地よいか”をかなり本能的に理解している作品だ。
また、本作はRoyel Otisが“バイラルな瞬間”だけで評価される存在ではないことを示す意味でも重要だった。近年のインディー・ポップは、SNSやストリーミング上で切り取られやすいキャッチーなフレーズや、一発で印象づける質感が重視される傾向もあるが、『Bar & Grill』はアルバムとしてきちんと流れを持ち、ムードを作り、デュオのキャラクターを定着させている。ここには単なるプレイリスト向けの断片ではなく、Royel Otisというプロジェクトがどういう温度と距離感で音楽を作るのかがよく表れている。
歌詞面では、彼らは大げさな詩情や文学的な重さへ向かうタイプではない。むしろ、日常会話の延長のようなフレーズ、関係の中のちょっとした違和感、恋愛の曖昧な揺れ、何でもない言葉の中に感情を滲ませるタイプの書き手である。そのため、Royel Otisの楽曲は一見するととてもラフに聞こえるが、そのラフさの中に現代的なリアリティがある。『Bar & Grill』でも、その姿勢は一貫しており、曲は決して“すべてを語る”ことを目指さない。むしろ、言い切らないこと、少し余白を残すことが、楽曲の魅力になっている。
キャリア上で見れば、『Bar & Grill』はRoyel Otisの決定的な本格デビュー作として機能したアルバムであり、EP時代から育ててきたサウンドをアルバム単位で見事に結晶させた作品だと言える。ここには、若いインディー・バンドらしいフレッシュさがある。しかし同時に、楽曲の組み立てには意外なほど落ち着きがあり、浮ついた一過性の流行には寄りかかっていない。その意味で『Bar & Grill』は、軽やかなアルバムでありながら、長く聴かれるだけの基礎体力を持った作品なのである。
全曲レビュー
1. DIAMOND EYES
アルバムの入り口として非常に機能的な一曲。Royel Otisの持つ、少し気だるいヴォーカルと、乾いたギター・ポップの感触が最初からよく出ている。タイトルの“ダイヤモンドの瞳”という言葉には、きらめきと無機質さが同時にあり、それがそのままサウンドの印象にも重なる。メロディはかなり耳に残りやすいが、過剰に押しつけがましくなく、あくまで自然に流れ込んでくる。その“気づくと頭に残っている”感じが、Royel Otisらしい。アルバム全体の軽やかなムードと、やや夢見心地のトーンを端的に提示するオープナーである。
2. FRIED RICE
タイトルのゆるさからして、このデュオの魅力がよく表れている曲。食べ物の名前をそのまま持ってくる脱力感は、Royel Otisの“深刻になりすぎない”スタンスを象徴している。ただし、曲そのものは単なる冗談では終わらない。ギターの刻みやリズムの転がり方にはしっかり中毒性があり、ヴォーカルのラフな運びも含めて、独特のフックを持っている。タイトルの軽さと、曲のしっかりした作りのギャップが面白く、彼らのポップ・センスの良さがよく分かるトラックだ。
3. VELVET
この曲になると、アルバムの中に少し夜っぽい滑らかさが差し込んでくる。“ベルベット”という言葉どおり、手触りの良さや少し湿度を帯びた感触があり、サウンドも比較的なめらかだ。Royel Otisの音楽は基本的にドライで風通しが良いが、この曲ではその風通しの中に少しだけ官能的な曇りが加わる。その微妙な変化がアルバムの流れの中で効いている。メロディの輪郭も美しく、バンドが単なる軽快なギター・ポップだけではないことを示す一曲である。
4. ADORED
『Bar & Grill』の中でも比較的ストレートにポップの強さを感じさせる曲。タイトルの“愛される”“崇拝される”という語感に対して、曲の空気はそこまで大仰ではなく、むしろ少し斜に構えたまま進んでいく。その距離感がRoyel Otisらしい。感情を真正面から熱唱するのではなく、どこか余裕を残したままメロディに乗せることで、かえって今っぽいリアリティが出る。サビの印象も強く、アルバムの中でかなりフックの分かりやすい曲のひとつだろう。
5. NACKY
この曲では、よりインディー・ロック寄りの角度と、Royel Otisの脱力したユーモアがよく噛み合っている。言葉の響きそのものに少し変な感触があり、それがそのまま曲のキャラクターになっている。演奏は比較的タイトだが、タイトすぎず、少しルーズさを残しているのがよい。その“ちゃんとしすぎない良さ”こそが、このデュオの持ち味だ。アルバムの中盤に入ってもテンションを落とさず、それでいて単調にもならないのは、こうした曲の細かな表情づけがあるからだろう。
6. MOTEL
タイトルが示す通り、どこか通過地点的な感覚を持つ曲。モーテルという場所には、一時的な滞在、旅の途中、匿名性、少しの寂しさとロマンティックさがあるが、Royel Otisの音楽はこうした場所のイメージとかなり相性が良い。この曲も、完全なホームでも完全な孤独でもない、中途半端な時間と場所の感覚をうまくすくい取っている。サウンドにも少し霞んだような質感があり、アルバムの中で風景性が前に出るタイプの曲として印象に残る。
7. SAY SOMETHING
ここでは関係性の中の曖昧さや、言葉にならない距離感が主題になっているように聞こえる。“何か言ってよ”というフレーズは非常にシンプルだが、そのシンプルさゆえに切実でもあり、少し投げやりでもある。Royel Otisは大きなドラマを作るより、こうした小さな感情の引っかかりをフックにするのがうまい。この曲もその良さがよく出ていて、メロディの心地よさと、歌詞の少し不安定な感情がちょうどよく釣り合っている。
8. KISS ME RIGHT
アルバムの中でも特に親しみやすく、タイトルから受ける印象どおりのロマンティックな軽さを持つ曲。ただし、そのロマンティックさは真っ直ぐすぎず、どこか“ちゃんと酔いきらない”インディー・ポップ的な距離感を保っている。そこがRoyel Otisらしい。ギターの響きやコーラスの置き方にもセンスがあり、さりげなく耳に残るタイプのポップ・ソングとして非常によくできている。アルバムの中盤から後半へ向かう流れの中で、ムードを少し開く役割を果たしている。
9. SOUVENIR
“おみやげ”“記念品”というタイトルが示すように、この曲には記憶や何かの残り香の感覚がある。Royel Otisの曲には、時間を大きく語らなくても、すでに何かが終わった後の空気を感じさせるものがあるが、この曲もそのタイプだろう。メロディには少しノスタルジックな色合いがあり、サウンドも他の曲より少し柔らかい。そのため、アルバムの中でやや感傷的なポイントとして機能している。もっとも、その感傷もべたつかず、あくまで軽く触れていく程度なのが彼ららしい。
10. CLAW FOOT
タイトルの奇妙さがまず印象に残る曲。Royel Otisはこうした、意味を説明しすぎない言葉を曲名に持ってくるのがうまく、それがそのままバンドの空気を作っている。この曲も、少し変な響きと、しっかりしたギター・ポップの骨格が結びついて、独特の存在感を持っている。アルバム後半にあってもダレず、むしろキャラクターの濃さで引っ張るタイプの一曲であり、彼らのソングライティングの幅が意外に広いことを感じさせる。
11. APOSTROPHE
本作の中でも比較的アートっぽいタイトルを持つ曲だが、音楽そのものはあくまで親しみやすい。記号的なものをタイトルにしながら、内容は感情の端っこや会話の断片をすくい取っているように聞こえるのが面白い。Royel Otisの魅力は、こうした少し知的に見える要素を、決して難しくせず、あくまで気軽なギター・ポップの中へ落とし込めるところにある。この曲もまた、軽さと引っかかりのバランスがうまい。
12. HEHE
アルバムの終盤に置かれるこの曲は、タイトルからしてかなり脱力している。笑い声そのもののような名前をつけてしまう感覚は、真面目になりすぎないRoyel Otisのキャラクターをよく示している。ただし、曲そのものは決して雑ではなく、きちんとフックもあり、空気感もある。そのギャップが魅力だ。アルバム全体を通して言えることだが、彼らは“適当そうに見えて、実はかなり丁寧”なのである。この曲でもその良さが出ている。
13. IF OUR LOVE IS DEAD
ラスト近くに置かれたこの曲は、タイトルの時点でかなり感情の芯に触れてくる。“もし僕らの愛が終わっているなら”という仮定形は、完全な断絶ではなく、まだ確認しきれていない終わりの感覚を含んでいる。その曖昧さが非常にRoyel Otisらしい。メロディには少し余韻があり、アルバム終盤の空気をやや沈ませながら、きれいにまとめていく役割を果たしている。派手なラスト・アンセムには向かわず、少しぼやけた感情のまま着地していく感じがよい。
総評
『Bar & Grill』は、Royel Otisの魅力がアルバム単位でしっかり定着した作品であり、2020年代インディー・ポップ/インディー・ロックの中でも、かなり完成度の高いデビュー作のひとつだと言える。ここには派手な革新はない。だが、そのかわりに、非常にセンスの良いメロディ、気だるくも愛嬌のあるヴォーカル、乾いたギターの手触り、そして何気ない感情をポップ・ソングへ変える巧さがある。そのため『Bar & Grill』は、一見すると軽くて気楽なアルバムでありながら、繰り返し聴くほどにデュオの感覚の良さが見えてくる。
本作の大きな魅力は、“親しみやすさの質”にある。現代のインディー・ポップには、ローファイ、ベッドルーム的親密さ、シンセの柔らかい質感など、さまざまな親しみやすさの作り方があるが、Royel Otisはもっとギター・ポップ的で、もっとバンドっぽい方法でそれを実現している。その結果、音楽には風通しがあり、部屋の中だけで完結しない軽い移動感もある。『Bar & Grill』というタイトルが象徴するように、このアルバムはどこか“外の空気”を持っている。閉じた内省というより、夜の街や移動の途中や、誰かと少しだらっと過ごす時間に似合う音楽なのだ。
また、Royel Otisは過去のインディー・ロックの美味しい部分をかなりうまく吸収しているが、それをただの再演にはしていない。The Strokes以後のクールさ、ジャングル・ポップのきらめき、90年代以降のスラッカー感覚を踏まえながら、それを2020年代の軽やかなポップへ自然に接続している。そのため『Bar & Grill』は、懐かしさを持ちながらも決して後ろ向きではない。むしろ、“いまのインディー・バンドがこういうふうに鳴るのはすごく正しい”と感じさせるアルバムである。
Royel Otisの今後の作品次第では、このアルバムは“出発点”として見られるようになるかもしれない。だが、その出発点としての質はかなり高い。ここにはすでに、バンドの温度、視線、言葉の置き方、サウンドの肌触りがしっかりある。『Bar & Grill』は、肩の力の抜けた若いインディー・ポップ作品であると同時に、その軽さの中にきちんと作家性が宿った、非常に優れたデビュー・アルバムである。
おすすめアルバム
- Royel Otis『Pratts & Pain』
彼らの本格的な飛躍を示す重要作。『Bar & Grill』で見えたギター・ポップの魅力が、より明快に、より広く展開されている。
– The Strokes『Is This It』
乾いたギターの感触、脱力したヴォーカル、都市的な軽さという点で、Royel Otisの背景を考えるうえで非常に重要な一枚。
– Phoenix『Wolfgang Amadeus Phoenix』
スマートなインディー・ポップ/ロックの作り方という意味で深く響き合う。軽やかさと中毒性のバランスが近い。
– The Drums『Portamento』
ジャングル・ポップ的なきらめきと感情の軽い陰りを好むなら相性が良い。Royel Otisの夢見心地な側面と共鳴する。
– Wallows『Nothing Happens』
2020年代インディー・ロックの親しみやすさとギター・ポップの更新という点で近い立ち位置にある。現代的な比較対象として有効。



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