1. 歌詞の概要
「Baby」は、Charli XCXが2022年にリリースした5作目のスタジオアルバム『CRASH』に収録された楽曲であり、官能性と支配性が混ざり合う挑発的なダンス・ポップである。この曲が描くのは、愛やロマンスというよりも、むしろ身体的な欲望と自我の掌握。そして「Baby」という言葉が繰り返されるたび、聴き手はそれが単なる愛称ではなく、「欲望を受け入れる者」としてのキャラクターを象徴していることに気づく。
歌詞は全編にわたって極めて直接的だが、そこには羞恥も照れもなく、むしろ自己肯定感に満ちた堂々たる“性的主導権”が描かれている。快楽を享受すること、望むことを恐れない姿勢、そして他者の視線すらコントロールするような大胆さ。Charli XCXはこの曲で、「自分の身体をどう使うかは私が決める」と声高に宣言している。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Baby」は、Charli XCXが“メジャー・ポップの身体性”を強調するために仕掛けた『CRASH』プロジェクトの中でも、最もフィジカルかつセクシュアルなトラックである。プロデュースを手がけたのはJustin RaisenとJeremiah Raisen兄弟（Terrible Recordsなどで活躍）で、80年代のプリンス的なファンクやR&Bのグルーヴを現代的なエレクトロ・ポップに落とし込んだようなサウンドが特徴となっている。
Charli自身もこの曲について「“性的な目覚め”を音にしたような曲」と語っており、ダンスやパフォーマンスを含めて、“視覚・身体・音”のすべてが密接に連動するように設計されている。アルバム『CRASH』全体が“死と快楽”“堕落とエンパワーメント”をテーマにしている中で、「Baby」はその中心に位置する楽曲だと言えるだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’ma make you my, my, my, my baby
If I say I’m gonna get you, baby
あなたを私のものにする
そう言ったら、私は必ずそうするのよ
Don’t make me wait too long
I’ma make it worth your while
あまり待たせないで
私となら、それだけの価値があるんだから
I’ma give you what you like
Shawty, you can have it all
あなたが望むもの、全部あげる
ベイビー、私がそのすべてを握ってるの
引用元：Genius Lyrics – Charli XCX “Baby”
4. 歌詞の考察
「Baby」の最大の魅力は、“受け身の誘惑”ではなく“能動的な支配”によって構成されたセクシュアリティの提示にある。ここでCharliは、誰かに選ばれる存在ではなく、“欲望する側”として、はっきりと自分の意思を表明している。その姿は、従来のポップにおける女性像――たとえば“守られる”“求められる”――とは決定的に異なる。
また、“Baby”という言葉は、本来なら親密さや可愛らしさを示す語だが、ここではむしろ“命令される者”“服従する者”としてのニュアンスすら帯びている。つまり、「あなたは私のBabyになるのよ」という宣言は、ロマンティックな愛情表現というより、“性的役割の割り当て”として響く。そこには、ポップ・フェミニズムとボディ・ポジティビティの実践がある。
さらに注目すべきは、この歌詞がどこまでも“遊び”の領域にとどまっている点だ。深刻にならず、痛みや傷よりも、むしろ楽しさや刺激を重視するその姿勢が、Charliらしい。彼女は「女性が自由に欲望を語る」ことの重要性を、軽やかさの中で成立させる。真剣すぎず、でも確信に満ちている。それが「Baby」という一見シンプルなタイトルの内側にある奥行きなのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Motivation by Normani
自らの魅力と身体性を前面に出したセクシーなポップ・トラック。ダンスと快楽の統合が共通する。 - Partition by Beyoncé
性的な主導権とラグジュアリーな自己演出を融合させたアイコニックな一曲。 - So Hot You’re Hurting My Feelings by Caroline Polachek
ポップの中にある性的魅力とアイロニカルな距離感のバランスが、Charliと通じる。 -
Slumber Party by Britney Spears feat. Tinashe
夢と快楽、欲望の曖昧な境界をダンス・ビートで描く、官能的なポップソング。
6. セクシュアリティは恥じゃない――身体で語るポップの美学
「Baby」は、単なるセクシーなクラブ・トラックではない。それはむしろ、「自分の身体をどう見せるか、どう楽しむか」を自ら選びとるための、現代的なポップ・マニフェストである。Charli XCXはこの曲で、「女性らしさ」「欲望」「快楽」を誰かのためではなく、“自分のために使う”という姿勢を鮮やかに提示している。
これは、ポップにおける“身体”の扱われ方を根本から再構築する試みでもある。かつては、性的な表現はどこか“消費されるもの”として描かれがちだった。だがCharliは、「望まれる」ことから「望む」ことへと視点を反転させ、その上で“望む自分”を最高に魅力的な存在として描き出す。
それはもはやサブバージンではない。堂々とした“センターステージのセクシュアリティ”。
「Baby」は、ただの愛の歌ではなく、ポップ・フェミニズムの最新形であり、“自分の欲望を自分で選び取る自由”を謳う、洗練された快楽の詩なのである。
踊るたび、聴くたびに、“私の身体は私のもの”というメッセージが、ビートと共に身体中に響いてくる。
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