発売日: 1978年10月(日本)、1979年2月(アメリカ)
ジャンル: ライブアルバム、パワーポップ、ハードロック
武道館から世界へ——アメリカではなく“日本”が生んだロックンロール・レジェンドの夜
『At Budokan』は、Cheap Trickが1978年に日本武道館で行ったライヴを収録した作品であり、当初は日本限定盤として企画されたにもかかわらず、アメリカで大ヒットを記録し、バンドの国際的ブレイクを決定づけた伝説的ライヴ・アルバムである。
リリース当初、アメリカではスタジオ盤よりも先にライヴ盤が話題となるという珍しい現象が起こり、それほどまでにこの一枚にはバンドの“本当の姿”がパッケージされていたのだ。
Cheap Trickは、日本ではすでにスタジオアルバムが大きな人気を得ており、武道館公演は10代の熱狂的ファンで超満員。
その盛り上がりは、まるでビートルズ来日時の再来とも言われるほどで、キャーキャーという悲鳴混じりの歓声が収録音源からも伝わってくる。
パワーポップというジャンルの枠を飛び越えた、“ロックンロールの真髄”を生で味わえる記録、それが『At Budokan』なのだ。
全曲レビュー
1. Hello There
オープニングにふさわしい、観客への挨拶代わりのショート・ロックンロール。
「やあ、元気かい? 今夜ロックする準備はできてるか?」——その問いかけが、会場を一気に沸騰させる。
2. Come On, Come On
スタジオ版よりも格段に勢いを増した演奏。
バンドと観客が一体となるグルーヴが強烈に伝わる。
3. Lookout
ライヴならではのアドリブ感に満ちた演奏で、ニールセンのギターが火を吹く。
“注意しろ、俺を見逃すなよ”という挑発的なタイトルがそのまま音に表れている。
4. Big Eyes
ミッドテンポながら重量感のあるリフで押す、スタジオ版以上にスモーキーな仕上がり。
ザンダーのボーカルはソウルフルで濃密。
5. Need Your Love
長尺のブルース・ロック風トラック。
じわじわと熱を帯びていく構成は、まさにライヴという空間の魔力を体現している。
6. Ain’t That a Shame
ファッツ・ドミノのカバーながら、完全に自分たちのロックナンバーとして再構築。
観客とのコール&レスポンスも白熱。
7. I Want You to Want Me
このアルバム最大のハイライト。
スタジオ版では鳴かず飛ばずだった曲が、ライヴ版によって世界的なヒットに。
日本の観客の歓声と共に、あの「オール・ライト!」が永遠の名セリフとなった。
ポップとロックの理想的融合、Cheap Trickというバンドの本質がここにある。
8. Surrender
同じく代表曲の一つで、ここではスタジオ版以上に躍動感と熱気にあふれる。
親と子、過去と未来、希望と不安を抱えた青春賛歌が、日本武道館の夜に鳴り響く。
9. Goodnight
1曲目の“Hello There”と対をなす、締めのごあいさつ。
「おやすみ、またね」と言いながらも、まだ鳴り止まぬ熱狂を余韻に残して終わる。
総評
『At Budokan』は、ライヴ・アルバムというフォーマットの常識を変えた一枚である。
ここにあるのは“スタジオの再現”ではなく、むしろスタジオでは到達できなかった“真のCheap Trick像”なのだ。
アメリカで苦戦していた彼らを、日本のファンが熱狂的に受け入れ、それが世界へと波及していく——この奇跡的な物語そのものが、ロックンロールの持つ希望と普遍性を体現している。
ロックがライヴによって命を得る瞬間、そして観客の熱狂がアーティストを変えるという現象を、これほどまでにリアルに記録した作品は他にない。
まさに“武道館で歴史が変わった夜”であり、Cheap Trickにとっての永遠の原点がここにある。
おすすめアルバム
- Kiss / Alive!
ライヴ盤から火がついた逆転劇の象徴。Cheap Trickと同じ道を歩んだ。 - Aerosmith / Live! Bootleg
70年代アメリカン・ロックのライヴ名盤。汗と熱気の塊。 - The Who / Live at Leeds
ロック史上最高峰のライヴ盤。演奏の生々しさと爆発力が共通する。 - Humble Pie / Performance: Rockin’ the Fillmore
ソウルフルでダイナミックなライヴ・ロック。Cheap Trickの熱量と共鳴する。 - Thin Lizzy / Live and Dangerous
ギターの絡みとヴォーカルの説得力が光る、ライヴ・ロックの傑作。
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