発売日: 2022年2月18日
ジャンル: シンセポップ、オルタナティヴ・ロック、ポストパンク・リバイバル
概要
『As I Try Not to Fall Apart』は、ロンドンの3人組バンド White Lies（ホワイト・ライズ） による6作目のスタジオ・アルバムであり、
そのタイトルが示す通り、“崩壊しそうな心をどうにか保つ”という現代的な苦悩と希望を音で描いた作品である。
パンデミックや社会不安が世界を覆う中、彼らはこの作品を通して、
個人の内面と外的混乱との間に生まれるギャップ、感情の断片、そして微かな回復の兆しを丁寧に紡ぎ出している。
音楽的には前作『Five』からの進化系とも言える構成で、
シンセを主体としながらも、ギターの主張が増し、バンドとしての有機性が復活した印象もある。
また、本作ではWhite Liesの持ち味である“暗さの中にある高揚感”や“ロマンティックなメロディと重いテーマのギャップ”がさらに研ぎ澄まされ、
過去作のファンも新たなリスナーも惹きつける仕上がりとなっている。
全曲レビュー
1. Am I Really Going to Die
壮大なイントロとともに幕を開ける、劇的なオープニングナンバー。
“本当に死ぬのだろうか？”という極めて直接的かつ哲学的な問いかけが、
シアトリカルなメロディに乗せて語られる。
生と死の境目で揺れる心理が、サウンドの抑揚で表現されている。
2. As I Try Not to Fall Apart
タイトル曲にして、本作のテーマを象徴するエモーショナルなアンセム。
「崩れそうになりながら、どうにか自分を保とうとする」切実な思いが、
ドラマティックなアレンジとともに胸に迫る。サビの開放感はライブ映え必至。
3. Breathe
ミドルテンポのビートにのせて、「呼吸すること」そのものがいかに大切で難しいかを描く曲。
精神的な焦燥と希望を行き来するような構成で、
静けさと爆発のバランスが見事にコントロールされている。
4. I Don’t Want to Go to Mars
本作でもっともポップでキャッチーなトラック。
“火星には行きたくない”というタイトルは、未来的な逃避への否定と、現実との向き合いを暗示している。
80s風のシンセとダンサブルなビートが心地よい。
5. Step Outside
穏やかで内省的な一曲。
閉ざされた世界から一歩踏み出す勇気を、繊細なコード進行とハリーの低音ボーカルで丁寧に描く。
静かながら、深く沁みる楽曲。
6. Roll December
失われた時間、止まっていた季節を取り戻すような、郷愁と再生の歌。
タイトルの“December”には、終わりと始まりの二重性があり、
アルバム中盤のムード転換点として機能する名曲。
7. Ragworm
不穏なシンセと鋭いリズムが交差する、異質な存在感を放つナンバー。
“ラグワーム（ゴカイ）”という不快な生物名が象徴するように、
内面のうごめく感情や不快さに対する対話が主題となっている。
8. Blue Drift
美しいシンセの波に漂うようなミディアムバラード。
喪失や記憶、癒えない傷を包み込むような優しい旋律が特徴で、
アルバム中もっともロマンティックな雰囲気を持つ。
9. The End
終末をテーマにした暗く静かな曲。
その一方で、“終わりこそが始まりである”という再生のメッセージも込められており、
希望と絶望が拮抗する印象的な構成。シンセとピアノが美しく交錯する。
10. There Is No Cure for It
“これに効く薬はない”という、諦念と受容を主題にした締めくくりの楽曲。
それでもなお、曲の中には前向きな響きと心地よい余韻があり、
アルバム全体の旅路を、優しく静かに終わらせてくれる。
総評
『As I Try Not to Fall Apart』は、White Liesが20年代に向けて提示した、“内面と世界の間で生きる術”を描いた音のセラピーである。
ダークでドラマティックなサウンドはそのままに、
シンセとギターのバランスが深化し、感情の微細なゆらぎまでも表現できる精度と表現力を手にしている。
歌詞はこれまで以上に率直で個人的であり、“感情の生々しさ”が前景化している点でも特異な作品と言える。
同時に、“大仰さ”や“ゴシック的美学”を抑制し、より開かれた普遍性と静かな希望の光を内包する。
その結果、『As I Try Not to Fall Apart』は、“崩れながらも進む人すべて”に向けて響く、静かで力強いポップ・ドキュメントとなった。
おすすめアルバム
- The National『Sleep Well Beast』
個人と社会の乖離、内省の深さ、音の静けさが共鳴。 - Editors『Black Gold』
ポストパンクとシンセポップの融合と、ドラマ性の重なり。 - Empathy Test『Safe from Harm』
傷ついた感情と80s風サウンドの美しき邂逅。 - Balthazar『Sand』
都会的ポップと内面のスローな漂流感が似ている。 - Future Islands『The Far Field』
シンセを通じて感情を高らかに歌い上げる姿勢に共鳴。
ファンや評論家の反応
『As I Try Not to Fall Apart』は、
“ここ数作で最も心に寄り添うアルバム”として高く評価され、
新たなファン層にも届く普遍的なメッセージ性を持つ作品として支持された。
特に「As I Try Not to Fall Apart」「I Don’t Want to Go to Mars」「Am I Really Going to Die」は、
パンデミック以降の不安定な時代における“心の記録”として多くのリスナーに響き、
ライブでも核となる楽曲として定着しつつある。
この作品は、弱さを歌うことで人を強くする、White Liesの静かなる到達点である。
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