アルバムレビュー:Anthem of the Sun by Grateful Dead

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発売日: 1968年7月18日
ジャンル: サイケデリック・ロック、エクスペリメンタル・ロック、アヴァン・フォーク


太陽の賛歌、混沌と宇宙のあいだで——スタジオとライヴの境界を越えた音の儀式

『Anthem of the Sun』は、Grateful Deadが1968年に発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、
同時に彼らが音楽という形式の限界に挑戦した最初の“実験”作品である。

本作最大の特徴は、「スタジオ録音」と「ライヴ録音」を同一トラック内でコラージュ的に編集した構成である。
これは当時としては前代未聞のアプローチで、
バンドの真骨頂である“ライヴの即興性”と“サイケデリックな構築美”を、スタジオ作品という枠の中で融合させようとした大胆な試みだった。

レコーディングには何度も失敗と再編集が重ねられ、実に30以上の異なる録音素材が用いられたとも言われる。
それゆえ楽曲は境界の曖昧なサウンドスケープと化し、
“音楽を聴く”というよりも、“音に導かれる”体験が待っている。


全曲レビュー

1. That’s It for the Other One

組曲形式の実験的オープニング・ナンバー。
序盤の「Cryptical Envelopment」から「The Other One」への流れは、
静謐な語りからトリップ的混沌への劇的な転換を見せる。
ドラムが次第に加速し、空間がねじれていくような感覚は、ライヴとスタジオが交錯する象徴的な構成である。

2. New Potato Caboose

フィル・レッシュによる複雑な構成と和声が特徴的。
サイケデリック・フォークの色合いを持ちつつ、
予測不能なコード進行が浮遊感をもたらす。
バンドがいかに“ロックの外側”に立とうとしていたかが感じられる作品。

3. Born Cross-Eyed

ガルシアとウィアのギターが短い中で複雑に絡み合うプログレッシヴな一曲。
時間の感覚が歪むようなアレンジは、わずか2分程度の中に音楽的密度が凝縮されている。

4. Alligator

ピッグペンとガルシアが共作した、ブルースのモチーフを基盤にしたカオティックな大作。
途中から“ライヴの熱”が前面に押し出され、
パーカッションとジャムが幾重にも重なることで、祭礼的な熱狂が生まれていく。
タイトルの“ワニ”は、制御不能な衝動の象徴のようにも響く。

5. Caution (Do Not Stop on Tracks)

本作最大の即興パートを含む、20分弱のトリップ・ジャム。
ピッグペンの咆哮、エコー処理されたパーカッション、ギターのノイズなど、
全てが“理性の外”に向かって拡張していく。
もはやロックというより儀式的なサウンド体験であり、
本作の核心である“境界を越える”というテーマが極限まで推し進められている。


総評

『Anthem of the Sun』は、Grateful Deadという存在が“バンド”ではなく現象であることを世界に示した作品である。
「ライヴの臨場感をレコードに閉じ込めることはできるのか?」という問いに対し、
彼らは“できるかどうかはわからないが、やってみた”という答えを出した。

聴くたびに異なる表情を見せるこのアルバムは、明確なフックやヒット曲こそ存在しない。
しかし、それゆえに聴き手に“参与”を求める。
音の波に身を委ね、構造と破壊のはざまに立ち会うことで初めて、
この作品の真価は開示されるのだ。

“サイケデリック・ロック”という言葉が意味していたのは、単なる装飾ではなく、
意識の変容をもたらす音楽的実験であったことを、このアルバムは今なお雄弁に語っている。


おすすめアルバム

  • 『Live/Dead』 by Grateful Dead
     本作の延長線上にあるライヴ録音。即興の醍醐味が全開。
  • 『A Saucerful of Secrets』 by Pink Floyd
     同時期のイギリスにおけるサイケデリック実験。構成の大胆さが共通。
  • 『The United States of America』 by The United States of America
     エレクトロニクスとロックの融合という点での実験精神が重なる。
  • After Bathing at Baxter’s』 by Jefferson Airplane
     サンフランシスコ・サイケの代表作。アナログな混沌が魅力。
  • Bitches Brew』 by Miles Davis
     ジャズからのアプローチによる境界破壊。ジャンルを超える精神性で共鳴。

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