
1. 歌詞の概要
「Another Space Song(アナザー・スペース・ソング)」は、アメリカのオルタナティブ/スペース・ロック・バンド、Failure(フェイリアー)が1996年にリリースした3作目のスタジオ・アルバム『Fantastic Planet』に収録された楽曲である。アルバムの中でもとりわけ宇宙的なテーマ性を強く感じさせるトラックであり、そのタイトルからしてすでに**「またしても宇宙の歌」=逃避としてのスペースを自嘲気味に描いた、皮肉と孤独の賛歌**である。
この楽曲の核にあるのは、現実からの離脱、閉塞感、そして感情的な遮断だ。タイトルの「Another Space Song」は、そのまま“宇宙についてのもうひとつの歌”であると同時に、“現実から逃げるためのもう一つの虚構”をも示唆している。Failure特有の浮遊感とノイジーな質感が、精神の静寂と崩壊を同時に音で描いている点が印象的であり、リスナーは気づかぬうちにこの閉ざされた宇宙船に乗せられてしまう。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Fantastic Planet』は、薬物、疎外感、宇宙、終末観、幻覚といった主題が散りばめられたコンセプト的かつ没入的なアルバムであり、「Another Space Song」はその中でも特に象徴的なナンバーである。Failureは1990年代において、グランジとポストロックの狭間で独自の“宇宙的”音響世界を築いた稀有な存在であり、その音楽は広大な空間の中に押し込められた孤独な精神を描いている。
この曲が描く“宇宙”は、SF的なロマンではない。むしろ、それは空虚で音のない世界、外界との接触が断たれた空間=精神的隔離状態の象徴なのだ。歌詞の中では、語り手が自ら隔離されることを選び、孤独を“自由”に変換しようとする様子が描かれている。

3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Another Space Song」の印象的なラインを抜粋し、英語と日本語訳を併記する(出典:Genius Lyrics):
The time has come to quarantine
My mind
「そろそろ僕の心を
隔離するときが来たんだ」
It’s clear that something is not right
So I’ll just pack my bags and leave tonight
「明らかに、何かがおかしい
だから僕は荷物をまとめて、今夜出ていくよ」
Another space song in my head
Yeah, yeah, yeah
「また一つ、宇宙の歌が頭の中に鳴っている
そう、まただよ」
ここに描かれるのは、逃避としての“宇宙”のイメージである。語り手は明確な問題から逃れようとしているのではなく、すでに壊れかけた精神状態を理解しつつ、それでもなおその孤独をどこか肯定しようとしている。
4. 歌詞の考察
「Another Space Song」は、Failureの楽曲群の中でも特に**“自己隔離”と“内的宇宙”の象徴**として位置づけられる作品である。語り手は自身の壊れた心と向き合うことを拒否しているのではない。むしろ、それを「隔離」し、「閉じ込める」ことで生き延びようとしている。これは破壊的というよりも、機能的に選ばれた孤独だと言える。
歌詞の中で繰り返される「another space song」というフレーズには、無数にある逃避の歌の中の一つに過ぎない、という諦観と皮肉が感じられる。つまり、語り手にとって宇宙はもはや特別な場所ではなく、**毎度訪れる“現実逃避のテンプレート”**なのだ。
音楽的にも、浮遊感のあるギター、分厚いベースライン、そして粘着質なリズムが、狭い宇宙船の中で反響するモノローグのような質感を作り出している。Failureのサウンドは、このように閉鎖空間と無限空間を同時に感じさせる独自のスタイルを確立しており、「Another Space Song」はその究極形とも言えるだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Wearing This Together by Hum
スペース・ロック的アプローチと内省的リリックが融合した孤独のモニュメント。 - Dead Flag Blues by Godspeed You! Black Emperor
崩壊後の世界を描く音響による叙事詩。精神の果てと静寂の暴力を体感できる。 - Don’t Forget the Struggle, Don’t Forget the Streets by Unsane
現実逃避を許さず、都市の閉塞感を暴力的に描き出す、逆の極にあるロック。 - Stars by Hum
浮遊感のあるギターと儚さが共存する、空間の中に沈む愛の歌。 - 3 Libras by A Perfect Circle
感情の回避と孤立を、美しく構築された旋律で描いたメランコリック・バラード。
6. “宇宙とは、他者不在のメタファーである”
「Another Space Song」は、SFのように装いながら、実のところきわめて個人的かつ精神的な空間の記録である。それは病室でも部屋でもなく、内面のどこかにある無重力地帯。現実を拒絶することでしか自分を保てなかった誰かの、静かなSOSなのだ。
Failureは、この曲で聴く者を内面の宇宙に誘うと同時に、そこからの帰還方法を教えてはくれない。ただ音だけが淡々と流れ、語り手が隔離されていくさまを、遠くから見守るしかない。だが、それでもこの曲は、閉ざされた心の中に「音の空間」があることを証明してくれる。
「また一つ、宇宙の歌」。その繰り返しが虚しく響いても、そこには誰にも言えない疲労と逃避の美学がある。失われた惑星で独り眠るように、「Another Space Song」は今日も音もなく、私たちの中で回り続けている。
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