発売日: 2016年9月30日
ジャンル: ゴシック・ロック、ポストパンク、オルタナティブ・ロック、ダークウェイブ
概要
『Another Fall from Grace』は、The Missionが2016年にリリースした11作目のスタジオ・アルバムであり、
Wayne Husseyが「『God’s Own Medicine』と『Aura』の間に位置する作品」と語った、原点回帰と進化の交差点となる意欲作である。
タイトルに込められた“もうひとつの失墜”という言葉には、
信仰からの転落、愛からの逸脱、あるいは自分自身への失望と赦しの繰り返しといった、Husseyらしい宗教的比喩と人間的弱さの象徴が込められている。
本作では、バンド初期の12弦ギター・サウンドを再導入しながら、ポストパンク的なシャープなエッジ、
さらにはオルタナティブ世代以降のゴス的洗練も巧みに取り込んでいる。
ゲストとしてThe CureのGary Numan、HIMのVille Valo、そして**Julianne Regan(All About Eve)**らが参加し、
The Missionの歩んできた道と周囲の同時代性を象徴的に繋ぐ“ゴシック叙事詩”としての構造を持つ。
全曲レビュー
1. Another Fall from Grace
荘厳でダークなイントロに続き、12弦ギターのリフレインが神秘的な緊張感を醸すタイトル曲。
Husseyの声は静かに語りかけるようでいて、サビでは感情が沸点に達する。
“堕ちる”ことは罪ではなく、再生の予兆なのだと告げる、哲学的オープナー。
2. Met-Amor-Phosis (feat. Ville Valo)
本作のリードシングル。HIMのVille Valoとのデュエットによって、**愛の変質=変態(metamorphosis)**をドラマティックに描く。
硬質なギターと深く沈んだリズムに乗せて、愛が美から怪物へと変わる瞬間の美学が提示される。
ダークウェイブとゴスロックの優美な融合。
3. Within the Deepest Darkness (Fearful)
静謐なギターアルペジオから始まり、やがて不安と執着を孕んだ祈りのようなサウンドへ展開するスロー・バラード。
“闇の奥に潜む恐れ”というテーマは、Husseyがずっと歌ってきた“信仰と疑念”の二重構造に重なる。
教会的空間を感じさせるリヴァーブが印象的。
4. Blood on the Road
パンキッシュなリズムと荒れたギターで構成された、現代社会への怒りと虚無を描いたロック・ナンバー。
“道に血が流れても、それでも進む”という姿勢には、政治的かつ霊的なメッセージが込められている。
『God Is a Bullet』にも通じる社会批評的な側面を持つ。
5. Only You & You Alone
シンプルでメロディアスなバラードでありながら、深い孤独と執着の二面性を孕んだラブソング。
“君だけだ”という繰り返しは、甘さよりも救いのなさを滲ませる。
抑制されたアレンジがむしろ痛みを浮き彫りにする楽曲。
6. Phantom Pain
ゴシック・ポップの名曲。
“幻肢痛”という医学的な比喩を用い、すでにないものの痛みを感じ続ける心の構造を描いている。
12弦の煌めきと低音のグルーヴが交錯し、失われた愛や時間の幻影を抱えながら生きる姿を象徴する。
7. Bullets & Bayonets
攻撃的でミリタリスティックなリズムを持つロック・チューン。
“銃弾と銃剣”は、暴力と感情の象徴であり、個人の内面と世界の混乱が重なる構成。
シンプルな構成ながら、痛烈な現代的アイロニーを感じさせる。
8. Valaam
タイトルはロシア正教の聖地ヴァラーム島に由来。
ミスティックなサウンドと荘厳なムードが漂い、宗教的苦悩と神秘への希求を音で表現した異色作。
教会音楽的なコーラスとサイケデリックなギターが交錯する、神秘と内省の交差点。
9. Jade (feat. Julianne Regan)
All About EveのJulianne Reganを迎えた、美しくも切ないデュエット・バラード。
“翡翠”というタイトルに象徴されるように、壊れやすいが価値ある感情が丁寧に歌われる。
男女の声が織りなす和声が儚く、人と人の距離の美学を描いた繊細なトラック。
10. Only You & You Alone (Reprise)
再び登場するこの曲は、より空間的で断片的なリミックス風の再演。
声は遠く、ギターは滲み、まるで夢の中で誰かの言葉が残響しているような雰囲気。
アルバム全体の余韻として、沈黙と再帰を担う重要な構造。
11. Tyranny of Secrets
アルバムを締めくくる、痛烈で暗示的な終末ソング。
“秘密の圧政”とは、言葉にできない過去、語られない真実、そして嘘によって保たれる平穏を意味する。
サウンドはミニマルで重厚、終盤にかけてゆっくりと崩壊していく。
“堕ちた者たちの祈り”としてのクロージングにふさわしい一曲。
総評
『Another Fall from Grace』は、The Missionが再び“信仰と堕落の境界線”に立ち戻りながら、過去を捨てずに新しい形で語り直したアルバムである。
そこにあるのは、単なる回顧やノスタルジーではない。
初期の神秘性と12弦の煌めき、90年代の内省と暴力、そして2000年代の成熟と祈りがすべて詰め込まれ、
“もうひとつの堕落”=“もう一度立ち上がるための堕落”としての美学が貫かれている。
この作品でThe Missionは、老いでも諦めでもなく、“語り続ける力”によってロックの持つ神秘と救済を更新した。
おすすめアルバム(5枚)
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The Cure – 4:13 Dream (2008)
初期回帰と現代の融合という意味で共鳴。ダークでポップな二面性も近い。 -
Fields of the Nephilim – Mourning Sun (2005)
霊性と破壊を同時に描く後期ゴシック・ロックの傑作。精神性が通底。 -
All About Eve – Scarlet and Other Stories (1989)
Julianne Reganの参加とも重なる耽美的抒情性。ゴスとフォークの結晶。 -
Nick Cave & the Bad Seeds – Skeleton Tree (2016)
喪失と祈り、内面の沈黙を音にした現代的ゴシック詩篇。 -
Gary Numan – Splinter (Songs from a Broken Mind) (2013)
ゲストでもあるNumanの精神的インダストリアル作品。崩れゆく内面と祈りの共鳴。
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