アルバムレビュー：Animal by Far East Movement

発売日: 2019年10月25日
ジャンル: ヒップホップ、エレクトロポップ、アジアン・フューチャー・ベース

概要

『Animal』は、Far East Movementが2019年に発表したスタジオアルバムであり、東西の音楽文化を再融合させた実験的かつダンサブルな意欲作である。

この作品は、彼らが音楽の中心からやや距離を置いたあと、アジアの新世代アーティストとともに独自のネットワークを構築し、「新しいアジア系アメリカンの音」を提示する試みとして制作された。

Far East Movementは、メジャー時代の派手なEDMサウンドから一歩引き、より内省的で文化横断的な音へとシフトしつつある。『Animal』はその過渡期にあたる作品であり、エネルギッシュなパーティー感とともに、複雑な感情や移民としての経験も反映された構造を持つ。

本作では、韓国、中国、日本、東南アジア、北米の多様なシーンからゲストを迎え、エレクトロ、ヒップホップ、R&B、ベース・ミュージックを融合。

結果として、グローバルなクラブカルチャーとアイデンティティの語りが共存する、多層的なアルバムとなっている。

1. Bamboo (feat. ZHU)
ダークでスモーキーなエレクトロ・トラック。ZHUのミステリアスなプロダクションが、竹林のように幻想的な空間を創り出す。
アジア的イメージを抽象化しつつ、”Bamboo”という象徴をクールに再定義している。

2. Nice Things (feat. SIK-K)
韓国のラッパーSIK-Kを迎えたバンギンな一曲。トラップビートに乗せて、自己肯定と物質主義のバランスを探るようなリリックが展開される。
ビートのキレとメロディの中毒性が高い。

3. Diamond (feat. Tiffany Day)
ソウルフルなR&Bトラック。Tiffany Dayの清らかな歌声が、”自分はダイヤモンドのように磨かれる存在”であることを静かに語りかける。
Far East Movementの新たな美意識が感じられるミドルテンポの佳作。

4. Open Road (feat. Dumbfoundead & Jessi)
ストリート感あふれるラップトラック。アジア系ディアスポラとしての「開かれた道＝可能性と不確実性」をテーマに、JessiのパワフルなバースとDumbfoundeadの冷静な視点が交差する。

5. Wild Wild West (feat. BIBI)
韓国のBIBIをフィーチャーした、荒涼としたサウンドの中に妖艶さが漂う一曲。
「西部開拓」と「東洋の女性像」が交錯し、フェミニズム的視点も感じさせるリリック構造が特異だ。

6. Lit Up (feat. Josh Pan)
モダンなベース・ミュージックとクラウドラップの融合。Josh Panの歪んだボーカルが、都会的で不穏な夜を描き出す。
アルバムの中でもっとも実験的なトラックのひとつ。

7. Sakura Rise (feat. Kohh & Jooyoung)
日本のラッパーKohhと韓国のJooyoungを招いた、日韓コラボレーションの象徴的楽曲。
「桜の開花と散華」をテーマに、人生のはかなさと力強さを描く。アジア的美学の核を感じさせる重要曲。

8. Savage (feat. Karen C)
疾走感あるエレクトロ・ポップ。Karen Cのシャウト系ボーカルが印象的で、”自分の中の獣性を解放せよ”というメッセージが力強い。
パーティーチューンとしての側面も強いが、自己解放という文脈でも聴ける。

9. Yakuza Love (feat. Lexie Liu)
中国のR&BシンガーLexie Liuを迎えた、クールでスリリングな一曲。
「ヤクザ」という言葉が象徴的に使われ、危うくも美しい愛の形を描写している。日本的コード進行も導入されており、異国情緒が際立つ。

10. Animal (feat. Anderson .Paak)
タイトルチューン。グルーヴィなビートにAnderson .Paakのソウルフルな歌声が重なる。
“人間の本能＝Animal”をテーマに、理性と衝動の間で揺れる姿が描かれる。アルバム全体を象徴する核心トラックである。

『Animal』は、Far East Movementが過去のEDMスターとしての姿を脱ぎ捨て、新たな音楽的領域へと足を踏み入れた重要なマイルストーンである。

この作品において彼らは、エンタメ性を保ちつつも、アジア系としての文化的ポジションや、グローバルにおける「他者」としての視点を音楽に緻密に組み込んでいる。

コラボレーションにより生まれた多様なサウンドは、単なる寄せ集めではなく、一貫した「越境する感性」を核にしている。

“Animal”というタイトルは、未加工な衝動や本能を意味すると同時に、人工的な環境（グローバルな都市）で生きる人間たちの生態を写し取るレンズのようにも機能している。

特に印象的なのは、「アジアをどう再解釈するか」という点における音楽的アプローチの自由さと誠実さであり、単なるオリエンタリズムの焼き直しではなく、当事者としての語りの再構築に成功しているように思える。

全体として、夜の都市、旅、衝動、傷、再生といったテーマが有機的に繋がっており、リスナーに強いビジュアルイメージと感情の波を与えるアルバムとなっている。

『Animal』は、リリックの面でも移民的視点やディアスポラ的自己認識、そして「異質であることの肯定」を主題としている楽曲が多い。

たとえば「Open Road」では、アジア系アメリカ人としての二重の文化に生きる矛盾や、自分自身の声を持とうとする葛藤が描かれている。

「Sakura Rise」は、桜という儚さの象徴を借りながら、「咲いてもすぐに散る存在＝アジア人の可視性と消費のスピード」をほのめかしているとも解釈できる。

また「Yakuza Love」では、日本文化の象徴的存在をフェティッシュとしてではなく、逆説的な愛の形として提示しており、その文脈化はきわめて現代的である。

全体として、リリックにはポスト・アイデンティティの視点が流れており、「誰でもない私」「どこにも属せない自分」というテーマが、サウンドと同じようにコラージュされている印象がある。

Far East Movementはこの作品を通じて、「Animal＝人間の本質」が、ラベルの外にあることを静かに訴えかけているのかもしれない。