
楽曲の概要
「Ancient Names (Part I)」と「Ancient Names (Part II)」は、Lord Huronが2018年に発表した3作目のアルバム『Vide Noir』に連続して収録された二部構成の楽曲である。アルバムでは「Never Ever」に続く3、4曲目に置かれ、Part Iが約6分、Part IIが約2分。Ben Schneiderが作詞・作曲とプロデュースを手がけ、Mark BarryやSonny DiPerriらも制作に参加した。アルバムのミックスはThe Flaming LipsやTame Impalaなどで知られるDave Fridmannが担当している。
二曲は2018年1月、『Vide Noir』の発表と同時に先行公開された。Part Iは占い師のもとを訪れた人物が恐ろしい未来を告げられるサイケデリック・ロックで、Part IIではそこから突然、荒々しい1960年代型ガレージロックへ変貌する。Lord Huronがそれまで得意としてきたフォーク、ウェスタン、アメリカーナの幻想世界を残しながら、宇宙、オカルト、夜の都市という『Vide Noir』特有の世界へ踏み込んだことを端的に示す組曲である。
歌詞の概要
Part Iでは、語り手がネオンの光に照らされた場所で占い師に未来を見てもらう。ところが、そこで告げられるのは希望ではない。占い師は水晶球を通して語り手に迫る死や災厄を見ており、星や宇宙、古い呪術を思わせる言葉を使いながら警告を発する。語り手はその予言を聞くうちに、自分がここから逃げなければならないという切迫感を強めていく。
『Vide Noir』全体の物語と結びつけると、この人物は失踪した恋人を追って夜のロサンゼルをさまよう男として理解できる。ただし「Ancient Names」だけで状況がすべて説明されるわけではない。Lord Huronは一枚のアルバムを映画や小説のように構成しながら、個々の曲には断片的な場面だけを置く。そのため占い師が何を見たのか、「古代の名」が具体的に何を意味するのかは意図的に曖昧である。
Part IIでは視点の感触が変わる。Part Iの占い師による儀式めいた場面から、逃走や追跡を思わせる激しい状態へ移り、歌詞も短く直接的になる。二曲を続けて聴くと、Part Iが「何か恐ろしいものを知ってしまう場面」、Part IIが「その知識を得た後に走り出す場面」のように機能する。予言を受け取った人物が、その意味をゆっくり考える余裕もなく危険の中へ放り出されるのである。
制作背景・時代背景
『Vide Noir』制作時、Ben Schneiderはロサンゼルスの夜を車で走ることから大きな着想を得ていた。本人は、街の明かりが広がる谷間から丘の暗がり、ダウンタウンのネオン、さらに暗い海まで夜間に走り回り、そこからアルバムを「都市を通り、次元を越え、宇宙へ向かう壮大な旅」として想像したと説明している。前作『Strange Trails』にも幽霊や死、時間を超えた恋愛といった幻想的要素はあったが、『Vide Noir』では舞台が荒野や森から巨大都市と宇宙へ広がった。
「Ancient Names」は、その変化が特にはっきりした楽曲である。SchneiderはPart Iの冒頭について、占い師の店の入口を思い描いていたと説明している。薄い布が垂れ、光が瞬き、ネオンサインが輝く場所という具体的な映像が先にあり、そこから曲が別の空間へ移動していく。中盤以降については、占い師の店の隣か別の場所で、夜の終わりにバンドが新しい音を試しながら、何か暗く異次元的なものへ接触しているような場面を想像していたという。
この発想は『Vide Noir』全体の音楽的な変化とも一致する。Schneiderは同作をベースとドラムが以前より強い作品として説明しており、アコースティックギターも残っているが、しばしば激しく歪ませている。「Ancient Names」ではフォークロックとしてのLord Huronを完全に捨てるのではなく、その語彙をサイケデリアやガレージロックの中で変形させる。物語の主人公が未知の領域へ進むのと同時に、バンド自身も過去二作とは異なる音の領域へ進んでいる。
歌詞の抜粋と和訳
この曲ではタイトルの「Ancient Names=古代の名」というモチーフが重要である。名前を知ることが、その存在を理解したり呼び出したりする力につながるという、古い呪術や神話を思わせる発想が使われている。Part Iの占い師は単に未来を予測する人物ではなく、普通の人間には見えない領域と接触できる存在として描かれる。
同時に、星や宇宙空間、灰、精神の変容を思わせるイメージが次々に現れる。『Vide Noir』では恋人を追う個人的な旅が、宇宙規模の未知との遭遇へ徐々に変化していく。「古代の名」は、その境界を越えるための呪文のような言葉として機能していると解釈できる。
サウンドと歌詞の考察
Part Iの冒頭は、Mellotronの揺らいだ音によって始まる。Mellotronは録音された楽器音をテープで再生する古い鍵盤楽器で、現代的なシンセサイザーより少し不安定で、夢の中のような響きを持つ。Schneiderが想像した占い師の店という場面に、この音色はよく合っている。きらめいているのに清潔ではなく、古びたネオンが点滅しているような質感があり、聴き手は曲が始まった瞬間から日常とは違う場所へ入れられる。
そこからPart Iは、一つのグルーヴを最後まで維持するのではなく、場面を移動するように姿を変えていく。Schneider自身が「いくつかの次元を通っていく曲」という発想を語っており、その言葉通り、静かな占いの場面からバンドの演奏が強くなる部分へ移ると、音楽の重心まで変化する。ドラムとベースが前へ出て、ギターの歪みも増し、最初の神秘的な静けさが身体的な緊張へ置き換わる。曲構成そのものが、主人公が未知の領域へ引き込まれていく過程になっている。
特にベースの存在感は、それ以前のLord Huronと比較すると大きい。初期作品ではアコースティックギターや多層的なコーラスが広い風景を作ることが多かったが、『Vide Noir』では低音が曲の進行を支配する場面が増えた。「Ancient Names」でもベースは単なるコードの土台ではなく、反復によって逃げられない感覚を作る。同じ運動が続くことで、語り手が予言を聞いた後も何かに追われ続けているような緊張が生まれる。
Ben Schneiderのボーカルにも変化がある。冒頭では物語を語るような距離を保っているが、演奏が強くなるにつれて声にも焦りが入り、歌詞の世界が「奇妙な出来事の説明」から「現在進行形の危機」へ変わっていく。Lord Huronの楽曲では、Schneiderの声に残響を加えて遠い時代から聞こえてくるように処理することが多いが、ここではその残響が宇宙的な空間感にもつながる。声が現実の部屋ではなく、巨大な空洞の中を飛んでいるように聞こえる。
そしてPart IからPart IIへの移行が、この二部作最大の仕掛けである。Part Iが長い時間を使って不吉な世界を作った後、Part IIは約2分の短いガレージロックとして猛烈な勢いで走り出す。Farfisa系のオルガンを思わせる音、荒いギター、速いドラムによって、1960年代のガレージバンドを極端に加速させたような感触になる。NPRも公開時に、Part IIを高速の60年代ガレージバンドのようなサウンドとして紹介していた。
この急変は単なるジャンル遊びではない。Part Iでは語り手が占い師の言葉を聞き、目に見えない脅威を理解しようとしている。Part IIでは、その内面的な恐怖が身体的な運動へ変わる。じっと水晶球を覗いていた人物が突然店を飛び出し、夜の街を走り始めたように聞こえるのである。歌詞が短くなり、演奏が単純化することも重要で、考える時間がなくなった人物の心理を曲構造そのものが再現している。
Dave Fridmannのミックスも、この二部作のサイケデリックな性格を強めている。各楽器を整然と分離するより、歪みや残響を含んだ音が互いにぶつかり、曲全体が少し飽和した状態になる。特にPart I後半では、どこまでがギターでどこからが電子的な処理なのか曖昧になる瞬間があり、「現実のバンド演奏」と「異次元の音」の境界が崩れていく。The Flaming LipsなどでFridmannが得意としてきた、巨大で少し壊れたような音響がLord Huronの物語世界とよく噛み合っている。
二曲を一つの作品として見ると、静と動ではなく「予感と反応」という関係になっている。Part Iで未来を知らされ、宇宙的な恐怖へ接触し、Part IIでその場から逃げるように加速する。しかも最後に完全な安心が用意されるわけではない。だから「Ancient Names」は、『Vide Noir』における宇宙やオカルトを装飾として使った曲ではなく、物語を音響そのものによって移動させる曲なのである。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Secret of Life」 by Lord Huron
同じ『Vide Noir』のオカルト的な世界をさらに掘り下げる曲。死や未知の力を思わせる歌詞と、重いベースを中心にしたサイケデリックな演奏が「Ancient Names」の先にある世界を感じさせる。
「Never Ever」 by Lord Huron
アルバムで「Ancient Names」の直前に置かれた曲。荒々しいギターと強い低音によって、従来のLord Huronよりロック色を強めている。『Vide Noir』への音楽的な転換を理解しやすい一曲である。
「Meet Me in the Woods」 by Lord Huron
前作『Strange Trails』から、未知の場所へ行った人物が以前とは違う状態で戻ってくるという怪異的な曲。「Ancient Names」の異次元や呪術を思わせる世界観へつながる前段階として聞くことができる。
「You’re Gonna Miss Me」 by 13th Floor Elevators
1960年代サイケデリック/ガレージロックの代表曲。「Ancient Names (Part II)」の荒い推進力やオルガンを含むヴィンテージな感触が好きなら、その音楽的な背景をたどりやすい。
「The Black Angel’s Death Song」 by The Velvet Underground & Nico
不穏な言葉、ドローン的な響き、ノイズを使って日常から外れた世界を作る1967年の曲。「Ancient Names (Part I)」とはサウンドが異なるが、サイケデリアを快楽より不安へ向ける感覚が共通する。
まとめ
「Ancient Names (Part I & II)」は、『Vide Noir』がLord Huronにとって単なるフォークロックの延長ではないことを決定的に示した二部作である。Part IではMellotronの揺らいだ音から占い師の店へ入り、ベース、ドラム、歪んだギターが増えるにつれて、予言は宇宙的な恐怖へ変わる。そこからPart IIが高速の60年代型ガレージロックとして飛び出し、思考する時間さえ奪うように曲を加速させる。「古代の名」というオカルト的なモチーフを説明するだけでなく、異なる音響世界を次々に通過させることで、主人公が現実から未知の次元へ踏み込む感覚そのものを音楽にした作品である。
参照元
- Universal Music Canada
- NPR/GBH
- Stereogum
- Stereogum Ben Schneiderインタビュー
- Qobuz

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