
1. 楽曲の概要
「Ancient Names (Part I)」と「Ancient Names (Part II)」は、Lord Huronが2018年に発表したアルバム『Vide Noir』に収録された連作的な楽曲である。アルバムでは「Lost in Time and Space」「Never Ever」に続き、3曲目に「Ancient Names (Part I)」、4曲目に「Ancient Names (Part II)」が配置されている。
『Vide Noir』は、Lord Huronにとって3作目のスタジオ・アルバムであり、2018年4月20日にRepublic Recordsからリリースされた。前作『Strange Trails』で確立された怪異、死者、失われた恋、架空の伝承という要素を引き継ぎながら、本作では宇宙、占星術、夜の街、運命、虚無といった主題が前面に出ている。タイトルの「Vide Noir」はフランス語で「黒い空虚」「黒い虚無」を思わせる言葉であり、アルバム全体の暗い広がりを象徴している。
「Ancient Names」は、Part IとPart IIで性格が大きく異なる。Part Iは6分を超える構成を持ち、神秘的な導入からロック的な高揚へ進む。Part IIは2分台の短い曲で、より荒々しく、パンクやガレージ・ロックに近い速度と攻撃性を持つ。2曲は分けて収録されているが、アルバム上では連続した場面として聴くことができる。
この連作は、『Vide Noir』の物語的な中核に近い位置を占めている。アルバム前半で、語り手は失われた相手を追い、時間と空間の中で迷い、夜の深みへ入っていく。「Ancient Names」は、その探索がより神秘的で危険な領域に踏み込む場面といえる。古代の名前、運命の記号、闇の力への接近が、Lord Huronらしい物語性とロックの勢いによって表現されている。
2. 歌詞の概要
「Ancient Names (Part I)」の歌詞は、語り手が何か古く、強い力に触れようとしているように進む。彼は、自分の運命や相手の行方を知りたい人物として描かれる。占い、呪文、古代の名前、宇宙的な力といったイメージが重なり、現実的な恋愛の歌というより、秘術や啓示を求める場面に近い。
「ancient names」という言葉は、単なる固有名詞ではない。古代から続く力の名、あるいは口にすることで何かを呼び起こす名前として響く。Lord Huronの作品では、名前は重要な意味を持つ。『Strange Trails』の「The World Ender」でも、語り手は名前を奪われたことを語っていた。「Ancient Names」では、逆に古い名前を呼び出すことが、未知の力に接近する行為として描かれている。
Part Iの語り手は、未来を知りたい一方で、その知識が危険であることも感じている。運命を知ることは安心を与えるかもしれないが、同時に自分を縛る。『Vide Noir』全体にある「失われた恋人を追う」という主題を踏まえると、この曲の語り手は、相手を見つけるために普通の手段を超えた領域へ踏み込んでいるとも読める。
Part IIでは、歌詞の視点はより破壊的になる。笑いと愛の日々は終わった、叫ぶことで自分の存在を証明する、といった感覚が前に出る。Part Iが神秘や運命をめぐる長い導入だとすれば、Part IIはその結果としての虚無、やけくそ、存在証明の叫びを描く。ここで曲は、占いや神秘の世界から、より荒れた現実の感情へ落ちていく。
3. 制作背景・時代背景
『Vide Noir』は、Lord Huronがメジャー・レーベルであるRepublic Recordsから発表した最初のアルバムである。バンドは『Lonesome Dreams』で冒険小説風の世界、『Strange Trails』でアメリカン・ゴシック的な伝承世界を作ったが、『Vide Noir』ではその物語性を、より夜の都市と宇宙的な闇へ移している。
アルバム全体には、失踪した恋人を追っていく語り手の姿が感じられる。曲順を見ると、「Lost in Time and Space」で時空の迷子のような状態が提示され、「Never Ever」で失われた関係が語られたあと、「Ancient Names」に入る。つまり、この連作は、語り手が現実的な喪失を超え、運命や見えない力の領域へ進む場面に置かれている。
音楽的には、『Vide Noir』は過去2作よりもロック色が強い部分がある。『Lonesome Dreams』の明るいフォーク・ロックや、『Strange Trails』の西部劇的な怪奇性に比べ、本作はサイケデリックな音像、暗いシンセ的な質感、歪んだギター、夜のネオンを思わせる響きが増えている。「Ancient Names (Part I)」は、その中でも神秘的な広がりとロックの推進力を両立した曲であり、「Part II」はそのエネルギーを短く過激に圧縮した曲である。
批評面でも、「Ancient Names」はアルバム内で目立つ曲として言及されている。The Guardianは「Ancient Names (Part I)」を勢いのあるロック曲として取り上げており、Under the RadarはPart IIの急激な展開を、アルバムの中でバンドが別の側面を見せる瞬間として評している。つまり、この連作は『Vide Noir』の静かな神秘性だけでなく、ロック・バンドとしてのLord Huronの強さを示す場面でもある。
4. 歌詞の抜粋と和訳
I gotta get away from here
和訳:
ここから逃げ出さなければならない
この一節は、語り手が現在の場所や状態に耐えられなくなっていることを示している。Lord Huronの歌詞では、逃亡や移動は繰り返し現れる主題である。「Time to Run」では西へ逃げる物語が描かれたが、「Ancient Names」では逃げる先がより現実離れしている。単なる場所の移動ではなく、運命や闇から逃れようとする感覚がある。
Ancient names
和訳:
古代の名
この短い言葉は、曲全体の中心にある。名前は、記憶、力、支配、呼び出しと結びつく。古代の名を知ることは、隠された力に触れることでもある。『Vide Noir』の宇宙的で神秘的な世界観の中で、この言葉は呪文のように機能している。
I scream and shout like this just to prove to the world that I still exist
和訳:
俺がまだ存在していると世界に証明するために、こうして叫び声を上げる
このPart IIの一節は、曲の感情を最も直接的に表している。ここでは神秘や運命への興味よりも、存在の不安が前に出る。叫ぶことは、怒りの表現であると同時に、自分が消えていないことを確認する行為である。Part Iの神秘的な探索が、Part IIではより荒々しい自己確認へ変わっている。
歌詞引用は批評に必要な最小限にとどめている。原詞の著作権は権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Ancient Names (Part I)」は、Lord Huronの中でも構成の大きい曲である。序盤にはどこか儀式的な響きがあり、曲はすぐに全力で走り出すのではなく、神秘的な空気を作りながら進む。そこからドラムとギターが力を増し、ロック的な展開へ移る。6分を超える演奏時間の中で、曲は徐々に広がりを持っていく。
ギターは、この曲の推進力を担っている。『Lonesome Dreams』期の爽やかなフォーク・ロックとは違い、ここではより暗く、歪んだ質感が強い。音は乾いているが、同時にサイケデリックな余韻もある。これは『Vide Noir』全体の音像とよく合っている。宇宙的な闇や夜の街の感覚を、ギター・ロックの形で表現している。
リズムは、Part IとPart IIで大きく変わる。Part Iでは、曲がじわじわと大きくなる構成を取る。一方、Part IIは冒頭から速度と音圧を上げ、短い時間で一気に駆け抜ける。WPGMのレビューでも、Part IIはPart Iのあとに続く激しい伴走曲として説明されている。この連続性によって、2曲は静と動というより、儀式と暴走の関係に近くなる。
Ben Schneiderのボーカルも、曲の変化に合わせて役割を変える。Part Iでは、語り手は何かを探り、見えない力に接近する人物として響く。声には不安と執着がある。Part IIでは、声はより切迫し、叫びに近づく。歌詞の「存在を証明するために叫ぶ」という内容と、演奏の荒さが直接結びついている。
歌詞とサウンドの関係で見ると、Part Iは「知りたい」という欲望の曲であり、Part IIは「まだ存在していると証明したい」という叫びの曲である。Part Iでは、古代の名前や運命の力が、語り手を引き寄せる。Part IIでは、その探索の先にあるものが救いではなく、虚無や焦燥であることが示される。2曲を続けて聴くことで、神秘への接近が必ずしも安らぎをもたらさないことがわかる。
『Vide Noir』の中での配置も効果的である。アルバム冒頭の「Lost in Time and Space」は、語り手が時間と空間の中で迷っていることを示す。「Never Ever」では失われた関係がより具体的に語られる。その後に「Ancient Names」が来ることで、語り手は個人的な喪失から、より大きな運命や宇宙的な闇へ踏み込む。続く「Wait by the River」では、再び恋愛と後悔の物語へ戻るため、「Ancient Names」はアルバム前半における暗いピークとして機能している。
「The World Ender」と比較すると、Lord Huronのロック曲としての違いが見える。「The World Ender」は西部劇的な復讐譚であり、死者の帰還を描く。対して「Ancient Names」は、より宇宙的で占術的な不安を扱う。どちらも暗いロック曲だが、前者が荒野と墓のイメージを持つのに対し、後者は夜空、運命、古い名前のイメージを持つ。
また、「Meet Me in the Woods」とも関連がある。「Meet Me in the Woods」では、未知の世界へ行って変わって戻った人物が語る。「Ancient Names」では、その未知の力に向かっていく過程が描かれているように聴こえる。Lord Huronの作品では、未知に触れることは魅力であると同時に危険である。この連作は、その危険をよりロック的な音で表現している。
「Ancient Names (Part I & II)」の魅力は、物語性とサウンドの切り替えにある。Part Iだけなら、神秘的で長尺のロック曲として成立する。Part IIだけなら、短く荒々しい叫びの曲として成立する。しかし、2曲を連続で聴くことで、探索、接近、崩壊、叫びという流れが生まれる。この構造が、アルバム内での存在感を強めている。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- The World Ender by Lord Huron
『Strange Trails』収録のロック色が強い復讐譚である。「Ancient Names」の暗いロック感が好きな人には、より西部劇的でゴシックな方向の曲として聴きやすい。
- Secret of Life by Lord Huron
『Vide Noir』収録曲で、神秘、運命、人生の秘密といった主題を扱う。「Ancient Names」と同じく、アルバムの占術的・宇宙的な世界観に深く関わる曲である。
- Vide Noir by Lord Huron
アルバムの表題曲であり、黒い虚無という主題を直接担う楽曲である。「Ancient Names」の神秘性をさらに内側へ沈めたような曲として聴ける。
- Meet Me in the Woods by Lord Huron
未知の世界に触れて変わってしまった人物を描く曲である。「Ancient Names」が見えない力へ接近する歌だとすれば、この曲はその後に戻ってきた人物の告白として響く。
- The Killing Moon by Echo & the Bunnymen
運命、夜、抗えない力を扱うポストパンクの名曲である。「Ancient Names」の神秘的で暗いロック感に惹かれる場合、別の時代の近い感触を持つ作品として聴ける。
7. まとめ
「Ancient Names (Part I)」と「Ancient Names (Part II)」は、Lord Huronの2018年作『Vide Noir』の前半に置かれた連作的な楽曲である。Part Iは、古代の名前や運命の力に接近するような神秘的なロック曲であり、Part IIはその後に続く、荒々しく短い存在証明の叫びである。
歌詞では、名前、運命、逃避、存在の不安が扱われている。Lord Huronの過去作にあった荒野や森の怪異は、ここでは夜空、占術、黒い虚無のイメージへ移っている。『Vide Noir』というアルバムの宇宙的で暗い世界観を理解するうえで、この連作は重要な位置にある。
サウンド面では、Part Iの長く神秘的な展開と、Part IIの短く激しいロックが対照的である。2曲を続けて聴くことで、未知の力へ向かう高揚と、その先にある虚無の叫びがひとつの流れとして立ち上がる。Lord Huronの物語性、ロック・バンドとしての力、そして『Vide Noir』期の暗い宇宙観が凝縮された楽曲である。
参照元
- Lord Huron – Official Website
- Universal Music Canada – Lord Huron Release New Album Vide Noir
- The Guardian – Lord Huron: Vide Noir Review
- Under the Radar – Lord Huron: Vide Noir Review
- Northern Transmissions – Lord Huron, Vide Noir
- WPGM – Lord Huron, Vide Noir Album Review
- Way Out There Wiki – Ancient Names (Part II)
- Discogs – Lord Huron, Vide Noir

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