アルバムレビュー:Amnesiac by Radiohead

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発売日: 2001年6月5日
ジャンル: エクスペリメンタル・ロック、エレクトロニカ、アートロック


記憶の迷宮から聞こえる、失われた言葉たち——“忘却”が紡ぐもうひとつのKid A

2001年に発表されたRadioheadの5作目Amnesiacは、前作Kid Aと同時期に録音されたセッションから生まれた“もう一つの世界”である。
だがそれは単なるアウトテイク集ではなく、むしろKid Aよりもさらに“夢と記憶の中をさまようような音の文学”と化している。

“Amnesiac=記憶喪失者”というタイトルが象徴するように、本作ははっきりとした主張よりも、断片的なイメージや音響の残響、語られなかった感情を音にしている。
音楽はどこまでも曖昧で、形を留めないまま浮かび上がっては消えていく。

そこにはもはや「歌」ではなく、「存在の痕跡」だけが残されているようにも思える。
クラシック、ジャズ、ミニマリズム、エレクトロニカ、そしてレディオヘッド特有のメランコリー。
そのすべてが絡まり合い、Amnesiacという記憶の迷宮を構成しているのだ。


全曲レビュー:

1. Packt Like Sardines in a Crushd Tin Box

アルミ缶に押し込められたイワシのように、人間が密集しながら孤立していく現代社会の風景。
メタリックなビートとトム・ヨークの囁き声が、感情の摩耗を鋭く描き出す。

2. Pyramid Song

ピアノとストリングスが深海のようにうねる、傑作バラード。
「川に飛び込めば天国に行ける」という輪廻的な歌詞が、死と再生、夢と現実を美しく交錯させる。
Radiohead史上もっとも幽玄で神秘的な一曲といえる。

3. Pulk/Pull Revolving Doors

工業的なビートと電子処理された声が支配する、ミュージックというより“音響アート”。
回転扉は都市生活のループ性、社会の機械性を象徴している。

4. You and Whose Army?

ささやくように始まり、徐々に崩れながら盛り上がっていく構成が印象的。
「誰の軍隊と来るつもりだ?」という挑発的なラインは、無力な個人が権力に向ける皮肉と抵抗の詩でもある。

5. I Might Be Wrong

アルバム中で最も“ロック的”な楽曲。
ミニマルなリフとファンク的なグルーヴの上で、「間違っているかもしれない」と繰り返す自己否定が鳴り続ける。
それでも曲は前に進み続ける、悔恨と運動の同居。

6. Knives Out

不気味なギターリフと、死と捕食を思わせるダークなリリック。
90年代Radioheadの延長線上にあるようでいて、どこか夢遊的な揺らぎを帯びている。

7. Morning Bell / Amnesiac

Kid Aに収録された“Morning Bell”の異なるヴァージョン。
こちらはよりスロウで内向的。
記憶の中で同じ出来事が別の形で繰り返される“記憶喪失者の世界”を象徴する構成といえる。

8. Dollars & Cents

複雑なリズムとジャズ風のベースラインが特徴的。
貨幣経済と社会の暴力的構造を、“音”として体感させる異色トラック。

9. Hunting Bears

インストゥルメンタル。
ギターの残響だけが静かに響く、まるで“存在の空白”を描くかのような短編詩。

10. Like Spinning Plates

逆回転のピアノと歪んだヴォーカル。
言葉と音の関係が崩壊した後に残る、感情の残滓を追いかけるような一曲。
抽象性の極みともいえる実験作。

11. Life in a Glasshouse

ニューオーリンズ・ジャズ風の編成による、異色の終曲。
「ガラスの家で生きる」という比喩が、監視社会と自己露出の疲弊を浮かび上がらせる。
老成した風刺と音楽的ユーモアが同居する、Radioheadにしては珍しい皮肉の名曲。


総評:

Amnesiacは、Radioheadが“記憶”というテーマに真正面から向き合った最初のアルバムである。

それは単にノスタルジーではなく、「語られなかった感情」「失われた記憶の断片」「繰り返されるトラウマ」など、記憶の不確かさそのものを音楽に翻訳する試みでもある。

構造としては散漫で、ストーリー性も薄いが、それこそがAmnesiacの本質なのだ。
夢のように、現実のように、何かを忘れかけた時にふと聴き返したくなるような、そんな作品である。


おすすめアルバム:

  • Talk Talk / Spirit of Eden
     静けさと崩壊のあわいを描いたアートロックの祖。
  • Aphex Twin / Selected Ambient Works Volume II
     音響の記憶と残響を感じさせるアンビエントの名作。
  • Bjork / Vespertine
     内省と繊細さが交錯する、記憶の音楽。
  • Thom Yorke / The Eraser
     トム・ヨークがソロで紡いだAmnesiacの延長線。
  • Portishead / Third
     退廃と再構築が交差する、不穏な感情のサウンドスケープ。

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