Amelia by Joni Mitchell(1976)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Amelia(アメリア)」は、Joni Mitchellジョニ・ミッチェル)が1976年にリリースしたアルバム『Hejira』に収録された楽曲であり、アメリカの女性飛行士アメリア・イアハートと自らの人生を重ねながら、孤独と自由、夢と現実の交差点を静かに見つめた、きわめて内省的な作品である。

歌詞は、ジョニがアメリカ南西部を一人で旅する様子を描いたもの。モーテルに泊まり、砂漠を横切り、空に浮かぶ飛行機を見上げながら、彼女は常に「Amelia」という名前に語りかける。アメリア・イアハート――それは、かつて世界一周飛行の途中で消息を絶った伝説的なパイロットであり、男社会の中で独立と探究を追い求めた“自由の象徴”でもある。

この曲でジョニは、恋愛からの逃避、芸術家としての孤独、そして女性であることの重荷と希望を、旅という比喩を通して繊細に編み上げていく。
旅は物理的な移動であると同時に、精神の旅路でもある。
彼女が語る「アメリア」は、他ならぬ自分自身の影でもあるのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

1970年代半ば、ジョニ・ミッチェルは人気絶頂のシンガーソングライターとして華々しいキャリアを築きながらも、名声や恋愛に対して距離を置きはじめていた。
Hejira』の制作にあたって彼女は実際にアメリカを一人でドライブし、各地を回ることで自分自身と向き合う時間を過ごしていた。「Amelia」は、その旅の途中で書かれたものであり、彼女の内面風景をそのまま音楽にしたような曲である。

曲名のアメリア・イアハートは、1930年代に数々の飛行記録を打ち立てた先駆的な女性パイロットで、1937年の飛行中に太平洋上で行方不明となった。ジョニはその“失踪”という事実に、自身の“方向感覚の喪失”や“孤独への傾倒”を重ねている。

音楽的には、ラリー・カールトンによる流麗なギター・ワークと、ジョニ独特のオープン・チューニングによって、広大で透明感のある音世界が描き出されている。メロディは浮遊感に満ち、歌詞とともに「空を飛ぶような視点」を生み出している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Amelia」の象徴的な歌詞を抜粋し、和訳を添える。

I was driving across the burning desert
When I spotted six jet planes
Leaving six white vapor trails across the bleak terrain

私は燃えるような砂漠をドライブしていた
そのとき空に6機のジェット機を見つけたの
荒涼とした大地に、6本の白い軌跡が描かれていった

I pulled into the Cactus Tree Motel
To shower off the dust
And I slept on the strange pillows of my wanderlust

私は「カクタス・ツリー・モーテル」に立ち寄って
砂埃を洗い流した
そして“旅への憧れ”という名の不思議な枕で眠った

A ghost of aviation
She was swallowed by the sky
Or by the sea, like me, she had a dream to fly

航空の幽霊
彼女は空に、あるいは海に飲み込まれてしまった
私と同じように、飛びたいという夢を持っていたのね

Amelia, it was just a false alarm
アメリア、それはただの誤報だったの

(歌詞引用元:Genius – Joni Mitchell “Amelia”)

4. 歌詞の考察

「Amelia」の歌詞は、日記のような私的な記録と、歴史上の人物への語りかけが交差する独特な構造を持っている。ジョニは自分の旅路の情景を描きながら、何度も「Amelia」と呼びかける。それは彼女自身が自分のことを客観視するための手段でもあり、“飛ぶ”というメタファーを通じて、自由や崩壊、喪失と向き合っている。

「航空の幽霊」という言葉は、アメリア・イアハートの失踪という歴史的事実を超えて、自由の代償として“消えていく者”の儚さを象徴している。
“飛ぶ”という行為は、自由の象徴であると同時に、地上の現実からの乖離を意味する。それはジョニ自身が芸術家として、またひとりの女性として選んだ道でもある。

そして、「Amelia, it was just a false alarm(それはただの誤報だったの)」というリフレインは、さまざまな意味に読み取れる。
恋に落ちたつもりがそうではなかった、何かを掴んだと思ったのに幻だった――
つまり、それは人生において幾度となく訪れる“失望の瞬間”の言い換えであり、しかしその言葉を口にするとき、彼女はすでにその感情を「赦して」いる。

旅を続けること。それは誰かと離れることであり、同時に自分自身と向き合う行為でもある。
「Amelia」は、その旅の中で得られる真実と幻のあいだに揺れるジョニ・ミッチェルの心象風景なのである。

(歌詞引用元:Genius – Joni Mitchell “Amelia”)

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Hejira by Joni Mitchell(from Hejira
     同じく旅をテーマに、時間と記憶の層を重ねる名曲。静けさと深さが「Amelia」と響き合う。

  • River by Joni Mitchell(from Blue
     旅立ちではなく“逃避”をテーマにしたバラード。ジョニの孤独と自己省察が繊細に描かれている。

  • The Last Time I Saw Richard by Joni Mitchell(from Blue
     夢と現実の距離に疲れた者たちの物語。会話調のリリックが「Amelia」と同じ地平を感じさせる。

  • Song to the Siren by Tim Buckley
     海を舞台にした別れと求愛の歌。叙情性と幻惑のバランスが、「Amelia」の世界観と重なる。

6. “飛ぶ”ということ――孤独の果てに見えるもの

「Amelia」は、ジョニ・ミッチェルが音楽家として、女性として、そして一人の人間として“飛び続けること”の意味を問い直した作品である。
それは、ただの旅の歌ではない。自由になろうとすることで、ますます孤独になる者の歌なのだ。

アメリア・イアハートの名を呼ぶたびに、ジョニは自分自身の影を追っている。
“飛ぶ”ことは憧れであり、脱出であり、願いであり、呪いでもある。
そして、それでも人はまた旅に出る――
それが“人生という旅”の、抗いようのない構造なのかもしれない。

「Amelia」は、そうした人生の真実を、叙情性と知性で包み込みながら、静かに私たちの胸に置いていく。
それは失踪者の歌ではない。
見失いながらも、自分を探し続ける人のための歌なのだ。

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