
1. 歌詞の概要
「All Must Be Love」は、Crime & the City Solution(クライム・アンド・ザ・シティ・ソリューション)が1988年に発表したアルバム『Shine』に収録された楽曲であり、彼らのディスコグラフィの中でも比較的感情が開かれた、しかし決して単純ではない“愛”という概念に対する風刺的かつ祈るようなアプローチを見せる作品である。
タイトルにある「All Must Be Love(すべては愛でなければならない)」というフレーズは、一見ロマンチックな響きを持っているが、実際の歌詞はそれとは対照的な複雑さをはらんでいる。
この曲における「愛」は、情熱的な感情というよりも、**混乱、矛盾、苦悩をすべて飲み込んだ“人間の本質的衝動”**として描かれている。
愛が人を導きもすれば狂わせもする。それでも語り手は、「それが愛であるはずだ」と、ある種のあきらめと祈りの混じったトーンで繰り返す。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が収録された『Shine』は、Crime & the City Solutionがベルリンからロンドンへと拠点を移したのちにリリースされたアルバムであり、サウンド的にも前作『Room of Lights』の終末的・退廃的トーンから一歩進み、よりオープンでドラマティックなロック的アプローチを含む転機的作品である。
「All Must Be Love」はその中でも特に、明快なコード進行とリフレイン構造を備えた異色の楽曲で、メロディやリズムはどこかゴスペルのような律動を持ちながら、サイモン・ボナーの低く呟くような語りがむしろ逆説的に“愛”の重みと苦味”を際立たせている。
バンドはこの楽曲において、「愛」という普遍的なテーマを皮肉にも純粋にも解釈できる余白を残しており、それがリスナーによっては賛美歌として、または痛烈な風刺として響く構造を生んでいる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“I see the fire in the morning sky / I feel the cold steel at my side”
朝焼けの空に炎を見た
その脇腹には 冷たい鋼鉄の感触がある“I hear a choir sing the words / I cannot understand”
聖歌隊の歌声が響く
だがその言葉は 僕には理解できない“They say it’s love, it must be love / All must be love”
彼らは言う これが愛だと
きっとそうだ すべては愛なのだ“I saw a man fall down today / He did not cry, he did not pray”
今日はひとりの男が倒れるのを見た
彼は泣きもせず 祈りもしなかった“He said: ‘This must be love'”
彼はつぶやいた――
「これも愛に違いない」と
引用元:Genius(非公式)
4. 歌詞の考察
この曲で語られる「愛」は、いわゆる優しさや温もりとは遠い場所にある。むしろここでは、戦場のような日常、暴力、孤独、無力感のすべてが“愛”という言葉に回収される皮肉な構造が築かれている。
「冷たい鋼鉄」とは銃か刃か、それとも何かの機械的な象徴か。そのメタリックな質感と、理解できない聖歌のコントラストは、宗教や社会制度が唱える“愛”の空虚さを暗示しているようにも感じられる。
特に印象的なのは、倒れた男が「これも愛に違いない」と言い残す場面だ。
ここにあるのは皮肉だろうか? あるいは絶望の中に灯る微かな信仰心だろうか?
“All must be love(すべては愛でなければならない)”というリフレインは、そう願うしかない人間の限界と、同時にその祈りとしての希望を表している。
語り手は“愛”という言葉を盲目的に信じてはいない。だが同時に、それ以外の言葉が見つからない――この不器用な認識のなかにこそ、この曲の最も人間らしい部分が宿っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “The Mercy Seat” by Nick Cave & the Bad Seeds
死刑囚の視点で描かれる「正義」と「神の愛」のねじれた問い。 - “Jesus’ Blood Never Failed Me Yet” by Gavin Bryars
救いと愛の儚さを浮浪者の声とオーケストラで繰り返す瞑想的作品。 - “Love Will Tear Us Apart” by Joy Division
愛が人を壊していく様を冷静に観察するポストパンクの金字塔。 - “Mercy Street” by Peter Gabriel
傷ついた人間が“慈悲”を探し続ける、詩的で心の深層を描く楽曲。 - “Hallelujah” by Leonard Cohen
崇高と世俗、信仰と官能が交差する、愛と赦しの叙事詩。
6. 愛は祈りか、呪いか——「All Must Be Love」が浮かび上がらせる問い
「All Must Be Love」は、そのタイトルとは裏腹に、“愛”という言葉の無力さと、同時にそれしか頼るものがない人間の本質”を突きつけてくる。
それは讃美歌のようでもあり、弔辞のようでもあり、あるいは人間存在の中に刻まれた“癒えない痛み”の輪郭をなぞる呟きでもある。
Crime & the City Solutionはこの曲で、単なる皮肉でも感傷でもなく、人間の矛盾とそれでも残る希望の光を、祈るような声と響きで描き出した。
その結果、「All Must Be Love」は、“愛とは何か”を考えることがすでに祈りである”というメッセージを、誰にも押しつけることなく静かに残していく。
これは信じたい者のための福音であり、信じられない者のための鎮魂歌でもある。
“すべては愛である”——たとえそれが、もう信じられないとしても。
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