
発売日: 2010年3月23日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、アコースティック・ポップ、アダルト・コンテンポラリー
『All in Good Time』は、カナダのポップ・ロック・バンド Barenaked Ladies が2010年に発表した通算9作目のスタジオ・アルバムである。
本作はバンドにとって大きな転換点を迎えた作品であり、長年フロントマンとして活躍してきたスティーヴン・ペイジ脱退後、4人編成となって初めて制作されたアルバムでもある。
“全ては良い時に訪れる(All in Good Time)”というタイトルには、混乱の中でも時間が癒やしと再生をもたらすというメッセージが込められている。
1990年代から続く彼らのウィットと温かさはそのままに、ここではより素朴で人間味のある表現へと変化している。
失われたものへの哀惜と、新しい始まりへの静かな決意がアルバム全体に流れているのだ。
プロデューサーにはかつてPearl Jamなどを手がけたマーク・オプティッツを迎え、サウンドはナチュラルかつ骨太なバンド・アンサンブルを軸としている。
メロディックでありながらも、時にざらついた質感を残したプロダクションは、Barenaked Ladiesの“再出発”を象徴するリアルな響きを持っている。
3. 全曲レビュー
1曲目:You Run Away
アルバムの幕開けを飾る、静かで哀切なミディアム・バラード。
“君は逃げた、でも僕はまだここにいる”というフレーズに、ペイジ脱退後のバンドの心境が重なる。
ロバートソンのボーカルが柔らかくも切実で、彼が新たな中心人物として立つ覚悟を感じさせる。
2曲目:Summertime
アコースティック・ギターを基調とした軽快なポップソング。
季節の移ろいとともに、再生への希望を描く。
Bnlらしい自然体の明るさが戻っており、“新しい太陽が昇る瞬間”のような軽やかさを持つ。
3曲目:Another Heartbreak
タイトルの通り、“もう一つの失恋”をテーマにしたメランコリックなロック・チューン。
ギターの歪みとストレートなリズムが、内面の葛藤を象徴する。
痛みの中に確かな前進を感じさせる、アルバムの核となる楽曲のひとつだ。
4曲目:Four Seconds
わずか2分半の短いポップナンバー。
“たった4秒で世界が変わる”というフレーズが示すように、軽妙な言葉遊びとリズミカルな構成が光る。
Bnlのユーモア精神が健在であることを証明する1曲。
5曲目:On the Lookout
穏やかなテンポの中で、人生の観察者としての視点を描く。
ヘーンの繊細なキーボードワークが印象的で、夜明け前の静けさを思わせる美しさが漂う。
前半の緊張感をやわらげる、アルバムの呼吸のような存在。
6曲目:Ordinary
タイトルどおり“普通であること”を讃える楽曲。
平凡な日々の中にも幸福があるというBnlらしいテーマを、明るいメロディに乗せて歌う。
大きな変化を経た彼らが見つけた“日常の価値”を象徴するナンバーだ。
7曲目:I Have Learned
ロバートソンとクリーガンのツイン・ヴォーカルが印象的な中盤の名曲。
“僕は学んだ、痛みの中で”というメッセージが、成熟した視点から語られる。
Bnlの音楽が“癒し”として機能していることを再確認させる。
8曲目:Every Subway Car
ケヴィン・ヘーンが中心となって書かれた幻想的なポップソング。
“地下鉄の車両に描かれた愛の落書き”という詩的なイメージが広がる。
メロディの透明感と繊細な音作りが際立ち、アルバムの芸術的な側面を担う一曲だ。
9曲目:Jerome
ややファンク調のベースラインと軽妙なビートが特徴のアップテンポ曲。
バンドの演奏の楽しさがそのまま音に表れており、前半の内省的な流れに明るい風を吹き込む。
10曲目:How Long
ロバートソンがリードする、誠実な愛のバラード。
“どれくらい君を待てばいい?”という問いに、時間と忍耐、そして信頼のテーマが重なる。
サビのメロディが美しく、後期Bnlの名曲のひとつに数えられる。
11曲目:Golden Boy
アコースティックとエレクトリックが交錯する、軽快なポップ・ナンバー。
少年時代の自分への回想を通して、成長と変化を静かに見つめる。
成熟したノスタルジーが漂う。
12曲目:The Love We’re In
タイトルが示す通り、愛そのものを包み込むように描いた楽曲。
穏やかで包容力のあるメロディが、アルバム終盤の穏やかなムードを作り出している。
13曲目:Watching the Northern Lights
ラストを飾るのは、ケヴィン・ヘーンのリリカルなバラード。
“北の光を見つめながら、もう一度立ち上がる”という詩的なイメージが、再生の物語を完結させる。
淡い光のように静かにフェードアウトするエンディングが感動的だ。
4. 総評(約1300文字)
『All in Good Time』は、Barenaked Ladiesにとって“再出発の証”であり、“喪失と再生”という二重のテーマを抱いた作品である。
バンドの中心人物であったスティーヴン・ペイジの脱退は、グループにとって大きな痛手だった。
しかし、その空白を埋めるように、残された4人は“静かな団結”を選んだ。
結果的に本作は、華やかさよりも誠実さ、派手さよりも人間味を重んじるアルバムとして結実している。
ロバートソンが中心となって舵を取る新体制ではあるが、決して“ワンマン的”な方向には進まず、メンバー全員が穏やかに寄り添うようなアンサンブルを築いている。
その音には、喪失を受け入れた後に訪れる“平穏”のような感情が滲んでいる。
「You Run Away」や「I Have Learned」はまさにその象徴であり、悲しみの中に希望を見出すBnlの精神が息づいている。
サウンド面では、前作『Are Me』『Are Men』の温かなアコースティック志向を継承しつつ、よりオーガニックで実直なロックサウンドへと回帰している。
ギターの響きはナチュラルで、リズムセクションは骨太。
一方で、「Every Subway Car」や「Watching the Northern Lights」ではアートロック的な実験も垣間見える。
つまり本作は、“大人のBnl”が確立されたアルバムなのだ。
歌詞のトーンにも変化がある。
かつてのような風刺やナンセンスではなく、より直接的で誠実な言葉が使われている。
それは単に“落ち着いた”というより、“真実を語ることを恐れなくなった”という変化である。
痛みや後悔、そして赦し――これらが誇張なく描かれている点で、本作はBnlのキャリアの中でも特に感情的に誠実な作品といえる。
また、「Ordinary」「Summertime」のような楽曲には、バンドが再びシンプルな幸福を見出した瞬間が記録されている。
その明るさは、90年代の代表作『Stunt』や『Maroon』とは異なり、成熟した穏やかさを帯びている。
彼らはもはや“ポップの奇才”ではなく、“人生を描く語り部”として音楽を奏でているのだ。
結果として、『All in Good Time』はBarenaked Ladiesの第2章を告げる作品となった。
喪失を経てなお、彼らは希望を歌う――それはBnlがこれまで築いてきた“人間味あふれるポップの哲学”の延長線上にある。
その誠実な温かさは、派手さを超えて、静かな感動としてリスナーの胸に残る。
5. おすすめアルバム(5枚)
- Barenaked Ladies Are Me / Barenaked Ladies (2006)
穏やかな内省と温かいアンサンブルが共通する姉妹的作品。 - Barenaked Ladies Are Men / Barenaked Ladies (2007)
“再生前夜”とも言える明るさと希望に満ちた前作。 - Maroon / Barenaked Ladies (2000)
バンドが持つ叙情性とユーモアのバランスが完成した傑作。 - Counting Crows / Saturday Nights & Sunday Mornings (2008)
喪失と癒しをテーマにした同時代の名作。トーンが近い。 - Wilco / Sky Blue Sky (2007)
落ち着いたロックサウンドと成熟した視点という点で響き合う作品。
6. 制作の裏側
『All in Good Time』の制作は、バンドにとって精神的な再構築のプロセスでもあった。
レコーディングはオンタリオ州トロントのNoble Street Studiosで行われ、初期の頃のようにメンバーが一室で演奏する“ライブ感”を重視した。
プロデューサーのマーク・オプティッツは「演奏に隙を残すことで人間的な温度が出る」と語っており、その理念がアルバム全体の質感に反映されている。
メンバーは“音を整えるより、心を合わせること”を優先したという。
7. 歌詞の深読みと文化的背景
2000年代後半から2010年代初頭にかけて、北米のポップ・ロック界は“過剰な装飾からの脱却”を志向していた。
Barenaked Ladiesの本作もその流れに呼応している。
歌詞の多くは、喪失、赦し、そして静かな希望をテーマにしており、個人的な物語が普遍的な共感へと昇華されている。
“Ordinary”は平凡な日常の美しさを讃え、“You Run Away”は人間関係の痛みを受け入れる誠実さを示す。
それらは当時の社会の“回復”というムードとも響き合っていた。
8. ファンや評論家の反応
本作はリリース当時、“Barenaked Ladiesの新章開幕”として高い評価を受けた。
特に「You Run Away」はカナダ国内で大きなヒットとなり、多くのファンが新体制の誠実な音に共感を寄せた。
批評家からも「バンド史上もっとも成熟した作品」「痛みを通して再生する誠実なポップ」と評され、同年のJuno Awardsにもノミネートされた。
長年のファンにとっては喪失を受け入れる“癒しのアルバム”として位置づけられ、新たなリスナーにも“等身大の優しさ”で届いた作品となった。
結論:
『All in Good Time』は、Barenaked Ladiesが痛みを経て再び立ち上がった瞬間を刻んだ、静かな傑作である。
かつての華やかなポップの影には、ここで描かれる“誠実で柔らかな人間ドラマ”があった。
笑いではなく微笑みで、涙ではなく希望で語る彼らの姿に、真の成熟が宿っている。
まさに“すべては良い時に訪れる”――その言葉を音楽で体現した作品なのだ。



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