
発売日: 1982年4月5日
ジャンル: ニュー・ウェイヴ、シンセ・ポップ、ポストパンク
概要
『All Four One』は、The Motelsが1982年に発表した3枚目のスタジオ・アルバムであり、彼らにとって初めて商業的な成功を掴んだブレイクスルー作品である。
前作『Careful』までに見られた内省的で影のある世界観を保ちながら、より洗練され洗練されたプロダクションと明快なメロディを導入している。
特に全米9位を記録した「Only the Lonely」は、マーサ・デイヴィスの哀しみを帯びた歌声と、情感豊かなアレンジが融合した傑作として今なお語り継がれている。
このアルバム制作に際し、当初は『Apocalypso』というタイトルで異なるバージョンの楽曲群が完成していたが、レーベルから「売れない」と却下され、大幅な再録音と再構成を強いられた。
その過程で、The Motelsはサウンドをよりポップに、より洗練された形へとシフトさせ、結果としてより広いリスナー層に届く作品となった。
時代はMTVの台頭期であり、The Motelsの美的センスとヴィジュアル性は、まさにその波に乗るにふさわしいものであった。
全曲レビュー
1. Mission of Mercy
攻撃的なギターと力強いビートで幕を開ける、アルバムの導入部にして緊張感のある一曲。
救済の名のもとに暴走する感情や社会の矛盾を描いており、マーサのボーカルは怒りと諦念の間を揺れ動く。
2. Take the L
言葉遊びを用いたタイトル(“Take the ‘L’ out of lover and it’s over”)が印象的なミドルテンポの楽曲。
恋愛の終焉と自己喪失の感覚を、ユーモアと哀愁をまじえて表現している。
ファンキーなベースラインと軽妙なシンセが心地よく、ポップ性が高いナンバーである。
3. Only the Lonely
本作最大のヒット曲にして、The Motelsの代表曲。
孤独と未練を描いたバラードで、マーサ・デイヴィスの儚くも力強いヴォーカルが胸を打つ。
「誰にも届かない声」を象徴するような曲で、シンセとギターの重ね方も繊細かつドラマチック。
4. Art Fails
芸術と現実のギャップ、そしてクリエイターとしての葛藤をテーマにしたアート・ロック的楽曲。
リズムの不安定さや、意図的に空間をあけたアレンジが不穏さを生んでおり、アルバムの中でも異色の存在感を放っている。
5. Change My Mind
アーバンでクールな雰囲気の中に、感情の揺れがにじむナンバー。
「決意」と「揺らぎ」の間で彷徨う主人公の心理描写が秀逸で、抑えた演奏の中に静かなテンションが宿る。
6. So L.A.
“ロサンゼルス”という都市の虚飾と孤独を描いた、皮肉と愛憎に満ちたトラック。
煌びやかな生活の裏にある冷たさを、軽快なテンポで描いているところに80年代ポップの巧みさが見える。
シティ・ポップ的な要素も感じられる一曲。
7. Tragic Surf
タイトルに反して爽やかなイントロで始まるが、そこには皮肉と喪失の感情が潜んでいる。
サーフ・ロック的なリズムとニュー・ウェイヴの質感をミックスした、ジャンル横断的な楽曲。
8. Apocalypso
本来ボツになったバージョンのアルバムのタイトル曲だったナンバー。
トロピカルなビートの中に終末感を漂わせる、カラフルでありながらダークな空気を持った曲。
パーカッションの使い方やテンションの構築がユニークで、隠れた名曲とも言える。
9. He Hit Me (And It Felt Like a Kiss) ※カバー
The Crystalsによる1962年の衝撃的な楽曲のカバー。
オリジナルの問題提起を引き継ぎつつ、よりダークで重苦しいアレンジに変換されており、社会的暴力と個人の歪んだ愛情観を突きつけるような仕上がり。
聴き手の倫理観に揺さぶりをかける、異様な存在感。
10. Forever Mine
アルバムのクロージングは、どこか諦めと希望が交錯するような、温かくも哀しいバラード。
「永遠に自分のもの」と願いながらも、それが叶わないことを知っている主人公の矛盾が痛いほどに切実である。
柔らかなピアノとマーサの表情豊かな歌声が、静かにアルバムを閉じる。
総評
『All Four One』は、The Motelsが商業的成功と芸術性の両立に成功した、バンド史における重要な転換点である。
マーサ・デイヴィスの内面をさらけ出すようなボーカル表現と、より洗練されたプロダクションが融合し、時代性と普遍性を兼ね備えた一作となっている。
前作までの陰鬱さや内向性を残しつつも、より開かれた音作りとキャッチーなメロディが加わり、MTV世代にも受け入れられたのは必然とも言える。
それはバンドが単に“妥協”したからではなく、マーサ・デイヴィスがより明確に自らの声を「届けたい」と願ったからこそだろう。
本作は、ラジオフレンドリーな楽曲の裏に、自己破壊や欲望、愛と孤独といった深層的なテーマが通奏低音として流れており、単なるポップ・レコードに収まらない深みを持っている。
また、未発表に終わった『Apocalypso』の素材を練り直して完成させたという制作背景も、The Motelsの創作への執念と柔軟性を証明している。
1980年代初頭のアメリカ西海岸の空気を真空パックしたような音像。
そして、商業的成功とアーティストの信念が交錯した、この時代ならではのダイナミズムを体現したアルバムである。
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