発売日: 1999年6月12日
ジャンル: ポストロック、アンビエント、エクスペリメンタルロック
アイスランドのポストロックバンドSigur Rósのセカンドアルバム『Ágætis byrjun』は、その壮大なサウンドスケープと感情の深さで国際的な注目を集め、バンドの名を広めた作品だ。タイトルの「Ágætis byrjun」はアイスランド語で「素晴らしい始まり」を意味し、その言葉通り、このアルバムはポストロックというジャンルにおいて新しい章の始まりを告げる象徴的な作品となった。
音楽的には、アンビエントやクラシック音楽の影響を受けた広がりのあるサウンドが特徴で、ギター、ピアノ、ストリングス、そしてリーダーであるヨンシーの天使のようなファルセットボイスが織りなす神秘的な雰囲気が印象的だ。歌詞はアイスランド語で歌われ、一部はバンド独自の言語「ホプランド語」を使用しており、リスナーに言語を超えた感情を体験させる仕上がりとなっている。また、このアルバムはアイスランド国内でのリリース直後に絶賛され、やがて世界的な成功へと繋がった。
アルバムの背景
1990年代後半、Sigur Rósはデビューアルバム『Von』でローカルシーンでは一定の評価を得たものの、次のステップに向けて新たな音楽的アプローチを模索していた。『Ágætis byrjun』では、バンドの音楽性がより洗練され、ヨンシーの独特の「ボウギター奏法」(ギターを弓で弾く技術)を中心に、夢幻的な音世界を構築している。また、プロデューサーのケジア・スヴェインソンやエンジニアのビルギル・ヨン・ビルギソンの貢献により、アルバム全体が非常に緻密に作り込まれている。録音は主に彼らのスタジオ「Sundlaugin」(元プールを改装したスタジオ)で行われ、楽曲はバンドの即興演奏と慎重なプロダクションの組み合わせで完成した。
各曲解説
1. Intro (Svefn-g-englar)
冒頭の短いイントロは、アルバム全体の静けさと壮大さを予感させる。すぐにアルバムの最初の本格的なトラック「Svefn-g-englar」へと移行する。
2. Svefn-g-englar
「睡眠の天使」というタイトルを持つこの楽曲は、アルバムの中でも最も象徴的なトラックの一つ。弓を使ったギターの独特の音色と、ヨンシーのエモーショナルなボーカルが織りなす音風景は、まるで夢の中を漂っているかのようだ。この曲はバンドを国際的に有名にした要因でもある。
3. Starálfur
「小さな妖精」というタイトルを持つこのトラックは、ピアノとストリングスが調和する美しい楽曲。感動的なメロディと静かなビートが特徴で、映画『The Life Aquatic with Steve Zissou』でも使用され、ポップカルチャーでも広く知られるようになった。
4. Flugufrelsarinn
「ハエを救う者」というユニークなタイトルを持つ楽曲で、リズミカルなドラムパターンと、シンプルながらも深遠なメロディが展開される。歌詞は自然や救済についての寓話的なテーマを扱っている。
5. Ný Batterí
「新しいバッテリー」というタイトルのこのトラックは、ゆっくりとしたビルドアップが特徴。始まりの静寂から、激しいエクスプロージョンのような終盤の盛り上がりが圧巻だ。
6. Hjartað hamast (bamm bamm bamm)
「心臓がバクバクする」という意味のタイトルが示す通り、よりリズミカルで動的な一曲。アルバムの中でもユニークな楽曲で、バンドの多様性を感じさせる。
7. Viðrar vel til loftárása
「航空攻撃には良い日」という物騒なタイトルだが、音楽は非常に美しく、メロディアスでエモーショナル。ピアノとストリングスが楽曲を支え、映画のサウンドトラックのような壮麗さを持つ。
8. Olsen Olsen
ホプランド語が使用された楽曲で、言語を超えた感情的な体験を提供する。合唱と管楽器が加わる終盤の展開は特に壮大だ。
9. Ágætis byrjun
アルバムタイトルを冠するこの楽曲は、シンプルなメロディと穏やかなリズムが特徴。リスナーに温かみを与える、希望に満ちた楽曲だ。
10. Avalon
静寂と残響音に包まれたアンビエントトラック。アルバムを締めくくるにふさわしい、瞑想的な一曲で、聴き手に余韻を残す。
アルバム総評
『Ágætis byrjun』は、Sigur Rósがポストロックの世界で確固たる地位を築いた傑作であり、その影響は音楽界にとどまらず、映画や広告など幅広いメディアにも広がった。アルバム全体を通して感じられるのは、時間を忘れさせるようなサウンドスケープと、言語や国境を超えた普遍的な感情の表現だ。この作品は「ポストロック」というジャンルを単なる音楽スタイル以上のものに昇華し、リスナーを深い瞑想状態に誘う。現代音楽の中でも特に神秘的で感情的なアルバムの一つとして、多くの人にとって特別な意味を持つ作品だ。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Takk… by Sigur Rós
『Ágætis byrjun』の後にリリースされたアルバムで、さらに洗練されたサウンドとメロディアスな楽曲が特徴。
Lift Your Skinny Fists Like Antennas to Heaven by Godspeed You! Black Emperor
ポストロックの大傑作。長尺の楽曲構成と壮大なスケールが、Sigur Rósファンに響くはず。
In the Aeroplane Over the Sea by Neutral Milk Hotel
内省的で詩的な歌詞とアンビエントなサウンドが共通点を持つインディーロックの名盤。
For Emma, Forever Ago by Bon Iver
孤独感や静けさを持つアルバムで、静謐な雰囲気を好むリスナーにおすすめ。
Kid A by Radiohead
アンビエントと実験的な要素が融合した作品で、Sigur Rósの神秘的なサウンドを好む人にとって最適なアルバム。
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