
1. 歌詞の概要
「Afternoons & Coffeespoons」は、カナダのフォーク・ロック・バンド**Crash Test Dummies(クラッシュ・テスト・ダミーズ)**が1993年にリリースしたアルバム『God Shuffled His Feet』からの3枚目のシングルであり、日常に潜む不安と老いへの予感を、ユーモアと知的な引用で包み込んだ哲学的ポップソングである。
曲のタイトルに含まれる“coffeespoons(コーヒースプーン)”という表現は、20世紀初頭の詩人T.S.エリオットの名作『The Love Song of J. Alfred Prufrock』からの引用であり、人生の長さを何か非常に些細なもので測るという虚無感と、老いゆく存在への戸惑いを象徴している。
この楽曲に登場する語り手は、平凡な午後、コーヒー、テレビ、医者、老化、そして孤独といったモチーフを通して、「自分がどうやってこの人生を生きればいいのか、まったくわからない」という不安を、皮肉とユーモアを交えて描いている。
そのトーンは悲劇的というよりも達観的で、むしろ“自分の不安を笑い飛ばす”ような知的な自虐の響きを帯びているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲のタイトルとテーマは、T.S.エリオットの詩から直接的に影響を受けている。
『J. Alfred Prufrockの恋歌』では、老いを迎えつつある男が、人生の決断や意味について考えすぎて何も行動できずにいる様子が描かれる。Crash Test Dummiesはその感覚を90年代的な文脈に落とし込み、ポップソングのフォーマットの中で文学的知性と現代的なユーモアを融合させることに成功している。
1993年という時代背景も無視できない。冷戦終結後の不安定な平和、加速するメディア社会、急速に変わる価値観の中で、**「大きな戦争も大義もない時代に、人はどうやって“自分の生”を捉えればいいのか」**というテーマは、世代的共感を呼ぶものだった。
「Afternoons & Coffeespoons」は、そうした空白の時代を生きる人間のモノローグであり、どこか“何もしないこと”の中にある滑稽さと哀しさを、美しい旋律で包み込んでいる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“What is it that makes me just a little bit queasy? / There’s a breeze that makes my breathing feel uneasy”
なぜだろう 少しだけ胸がむかむかするのは?
この微風のせいかもしれない 呼吸さえ不安定になる“I know that I should be afraid / But I don’t even care”
怖がるべきなんだろうけど
でも もうどうでもよくなっている“Afternoons will be measured out / Measured out, measured with / Coffeespoons and T.S. Eliot”
午後という午後が 測られていく
コーヒースプーンと T.S.エリオットとともに“I’m so incredibly… bored”
もう本当に ひどく退屈なんだ
引用元:Genius
4. 歌詞の考察
この楽曲の核にあるのは、日常生活の反復性に対する倦怠感と、将来への不確実性に対する淡い恐怖である。
主人公は何かに怒っているわけでも、絶望しているわけでもない。ただ、**「人生ってこんなふうに、コーヒースプーンの数で測れるようなものでよかったのか?」**という静かな違和感を抱えている。
「I know that I should be afraid / But I don’t even care」というラインは、現代的な“無気力の境地”を的確に表現している。
人は危機に直面したときに必ずしも闘志を燃やすわけではない。むしろ現代人の多くは、「怖がる気力すらないほどに疲れている」のかもしれないのだ。
そして「Afternoons will be measured out with coffeespoons」という象徴的なフレーズは、人生のあらゆる時間が小さく分割され、均一に消費されていくという現代生活への警句でもある。
それは単なる退屈の描写ではなく、「このままの人生で本当にいいのか?」という疑問を、やわらかく差し出してくる。
Crash Test Dummiesはこの曲で、文学的知性と風刺的ポップのバランスを見事に成立させ、聴き手に「笑ってしまうほど哀しい感情」を優しく共有することに成功している。
だからこそこの歌は、表面的には風変わりなポップソングでありながら、聴くたびに深く沈み込んでいくような思索性を持っているのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Subterranean Homesick Alien” by Radiohead
日常の倦怠と孤独を宇宙的想像力で描いた知的で内省的な名曲。 - “Puttin’ on the Ritz” by Taco
皮肉と退屈が絶妙に交錯する、シュールな都会的風刺ソング。 - “This Is a Low” by Blur
風景の中に沈んでいく感覚を、繊細なメロディで描いた90年代ブリットポップの名作。 - “Lazy Line Painter Jane” by Belle and Sebastian
何かを成し遂げられずにいる人間の甘く切ない物語。 - “Birdhouse in Your Soul” by They Might Be Giants
奇妙な設定の中に孤独や希望を忍ばせる、ユニークで哲学的なインディーポップ。
6. 人生はコーヒースプーンで測れるのか?——軽やかに語られる“重い問い”
「Afternoons & Coffeespoons」は、「人生の意味とは?」「退屈とどう向き合うか?」「老いとは?」という問いを、風変わりな音楽で語りかけてくる稀有なポップソングである。
それは声高に語られることのない、静かで私的なモノローグ——でもそれゆえに、多くの人の心にひっそりと共鳴する。
Crash Test Dummiesは、知的で屈折した感性を持ちながら、それを肩肘張らずに、「まあ人生ってそういうもんだよね」と茶化すように歌ってみせる。
そのスタンスこそが、90年代という時代におけるひとつの知恵だったのかもしれない。
「Afternoons & Coffeespoons」は、笑いながら考えるための歌、退屈の中でほんの少し救われるための音楽である。
それは、人生を測る定規が見つからない私たちに、コーヒースプーンでもいいんじゃない?と囁いてくれる、優しく哲学的なポップの傑作なのだ。
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