1. 歌詞の概要
「Adored(アドード)」は、オーストラリア・シドニーのインディーポップ・デュオ Royel Otis(ロイヤル・オーティス) による2024年のアルバム『Pratts & Pain』に収録された楽曲であり、“崇拝されること”と“誰かを崇拝してしまうこと”——そのあわいに生まれる歪みや自己投影をテーマにした、儚くも切実なギターポップ・バラードである。
「adore」という動詞は、“深く愛する”あるいは“敬愛する”という意味を持つが、ここではそれが過剰になりすぎた時の違和感や孤独、自己喪失に近い感情として描かれている。
つまり「Adored」は、「愛されたい」でも「愛したい」でもなく、“崇拝されることの不自然さ”と“そこに依存してしまう自分”への戸惑いを静かに浮かび上がらせるような作品なのだ。
音楽的には、ドリーミーなギターのアルペジオとスローなテンポ、霞がかったようなサウンド処理が施されており、まるで感情が遠くから聞こえてくるかのような距離感を生み出している。
2. 歌詞のバックグラウンド
Royel Otisは、しばしば「軽やかなサウンドに繊細な心情を忍ばせる」スタイルを取るが、「Adored」では特にそのバランスが美しく保たれている。
この曲が生まれた背景には、おそらくSNS時代における“注目されること”への両義的な感情が影を落としている。
崇拝される側になったとき、そこには虚無感も生まれる。
一方で、誰かを盲目的に追いかける側に立ったときにも、自分という存在がどんどん希薄になっていく。
この曲はそういった**“注がれるまなざし”と“それを求めてしまう自分”のあいだで揺れる心理**を、
派手な言葉を一切使わず、ひたすら静かに綴っていく。
3. 歌詞の抜粋と和訳(意訳)
“You say I’m adored, but I don’t feel adored”
「君は“崇拝してる”って言うけど、僕にはそうは感じられない」“You watch me like a mirror, not like a man”
「君は僕を人としてじゃなく、鏡みたいに見ている」“If I shine too bright, will I disappear?”
「もし僕がまぶしくなりすぎたら、僕は消えてしまうのかな」“I miss being ignored”
「無視されていた頃が懐かしいよ」
このように、リリックは**“愛されること”の中にある違和感や、不安定な承認の空虚さ**を、詩的かつ極めて静かなトーンで描いている。
“adored”という美しい言葉の裏に、感情の曖昧さと距離感が潜んでいることを示す鋭い描写である。
4. 歌詞の考察
「Adored」は、“美しく見られること”への違和感、あるいは“理想の投影対象として扱われること”の孤独を扱った歌である。
このテーマは、アーティスト自身の体験である可能性も高く、パフォーマーとして人から注目され、愛されることへの矛盾した感情がリアルににじみ出ている。
この曲のポイントは、語り手が“愛されていない”と断言するわけではないところにある。
むしろ、“崇拝されているけれど、そこに自分の存在感がない”という感覚——それは**「存在そのものではなく、投影されたイメージにしか愛されていない」**という、現代的で深い孤独なのだ。
また、リフレインされるラインの反復が、まるで自分自身に語りかけるような内面のモノローグとして機能しており、聴き手はそこに深く共鳴させられる。
それは、恋愛、名声、友情、SNSのフォロワー数——あらゆる“注目”が、じつは自分を空洞にしていく感覚ともリンクする。
5. この曲が好きな人におすすめの楽曲
- “Fake Plastic Trees” by Radiohead
美しいものの中にある不自然さと、アイデンティティの揺れを描いたバラッド。 - “Motion Sickness” by Phoebe Bridgers
愛されたはずなのに残る虚無感と、鋭い観察眼が共鳴する。 - “Somebody Else” by The 1975
注がれる視線と自分自身のあいだで揺れる心理の名描写。 - “Washing Machine Heart” by Mitski
愛されるために“期待される存在”を演じることの疲弊と、それでも愛を求める切実さ。 -
“Your Best American Girl” by Mitski
「理想像」になることを強いられることへの葛藤と反逆を描いた現代的な恋愛歌。
6. “Adored”は孤独の形を変えて——静かに心の輪郭をなぞる
「Adored」は、華やかでもドラマチックでもない。
それは、見えない場所でひっそりと降り続ける内面の雨のような楽曲である。
誰かに見つめられること、崇拝されること。
それは、光に包まれることと引き換えに、自分の輪郭がぼやけていく行為かもしれない。
それでも、その視線を求めてしまう自分がいる。
Royel Otisは、この矛盾と不器用な自己愛を、
ただ眩しいギターの音と、霞んだ声で、そっと描いてみせた。
「Adored」は、愛されることの中に潜む孤独を知る人にしか響かないかもしれない。
だがその響きは、確かに深く、そして優しい。
それは“誰にも言えないこと”を、音で言い表した一曲なのだ。
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