発売日: 2008年3月31日
ジャンル: オルタナティヴロック、ガレージロック、ポリティカルロック、ポストパンク
概要
『Accelerate』は、R.E.M.が2008年に発表した14作目のスタジオ・アルバムであり、長らく低調だったバンドが“自分たちを再点火”するように生み出した、原点回帰的ロック・アルバムである。
前作『Around the Sun』では、政治的誠実さを保ちつつも内省的でスローな楽曲が多く、
メンバー自身も後年“感情が遠かった”と振り返るほど、バンドのエネルギーは減退していた。
その反動として制作されたのが『Accelerate』であり、スピード、衝動、即時性をテーマに掲げ、わずか数週間で録音された荒削りな一作である。
プロデューサーにはガレージ・ロックやポストパンクに精通したジャックナイフ・リーを起用し、
録音はアイルランドやカナダの小さなスタジオでライブ形式を重視して行われた。
その結果、緊張感とライブ感、そして怒りと情熱が生々しく焼き付けられたサウンドが形成されている。
『Accelerate』は、R.E.M.がキャリア終盤において示した最後の大きな“ロックバンドとしての決意表明”であり、
そのタイトル通り、老成でも後退でもなく、加速する意志の音楽なのだ。
全曲レビュー
1. Living Well Is the Best Revenge
アグレッシブなギターリフで一気に突き抜けるオープニング。
「よく生きることが最大の復讐」というタイトルに、批評家や体制への静かな怒りが込められている。
ボビー・ディラン的な語りとポストパンクのギターが融合。
2. Man-Sized Wreath
政治的メタファーを用いた快活なロックナンバー。
マスメディアへの不信や消費文化への諷刺を、皮肉たっぷりに描き出す。
3. Supernatural Superserious
シングル曲としても成功した、パーソナルかつ普遍的なアンセム。
“あなたの恥を手放せ”というテーマは、成熟した自己受容と、ユースへの応援歌のようにも響く。
4. Hollow Man
ピアノからギターへと展開するダイナミックな構成。
“空っぽの男”というタイトルは、T.S.エリオットの詩を想起させる。
静から動への変化がアルバム全体のテンションと共鳴する。
5. Houston
ブッシュ政権やハリケーン・カトリーナ後のアメリカ南部をモチーフにした、短くて鋭いプロテスト・ソング。
マイク・ミルズのベースラインが印象的で、アメリカーナの骨格も感じさせる。
6. Accelerate
アルバムタイトル曲にして、爆走するようなテンションを持つハードロック。
「早く!加速しろ!」という直截なタイトルに、もはや止まれない危機感と高揚が共存する。
7. Until the Day Is Done
『Around the Sun』的な憂いを残す、政治的バラード。
「すべてが終わるまでに」というリリックが、諦念と希望の綱引きを展開する。
8. Mr. Richards
タイトルの“ミスター・リチャーズ”は、架空の官僚・体制の象徴。
ポストパンク的な疾走感の中に、現代社会の無表情な権力構造を描いた風刺劇がある。
9. Sing for the Submarine
中盤で最も陰鬱でサイケデリックな曲調。
潜水艦という隠喩が、隔絶された世界・抑圧・退避を象徴する。
不協和的なコード進行が心地よい違和感を生む。
10. Horse to Water
パンク的な短距離スプリント。
“馬を水辺に連れて行けても、飲ませることはできない”ということわざを元に、不自由と意思決定の相克を描く。
11. I’m Gonna DJ
“もし世界が終わるなら、俺はDJになる”──という、皮肉とユーモアに満ちたクロージング。
終末感と開き直りの祝祭性が交錯する、R.E.M.らしい終わり方。
総評
『Accelerate』は、R.E.M.がキャリア終盤にして、最も直線的で速く、攻撃的なロックアルバムを作ったという点で特異かつ痛快な作品である。
それは決して“若返り”でも“回顧”でもなく、“今この瞬間にまだ叫ぶべきことがある”という直情的な衝動の記録であり、
『Document』や『Life’s Rich Pageant』の流れを継ぎながらも、
現代的な怒り、疲弊、スピードへの違和感をすべて音に変換している。
ミドルテンポと内省に満ちていた近作とは対照的に、本作は怒りの音楽、加速する問いかけ、そして再びロックする決意そのものであり、
ある意味で、“最後のR.E.M.らしいR.E.M.”の姿がここにある。
おすすめアルバム(5枚)
- The Clash / Give ’Em Enough Rope
政治性とロックの高揚が交差する、初期パンクの持つ疾走感と重なる。 - The Strokes / First Impressions of Earth
ロックバンドの原点を更新しようとする“加速と再構築”の試み。 - U2 / War
怒りと信仰、ポリティカルとメロディの融合という点で共振する名盤。 - The National / High Violet
内省と社会のあいだで揺れるモダンなオルタナティヴロック。 - Patti Smith / Trampin’
成熟したアーティストが“まだ語るべきこと”をロックに乗せる、その姿勢が重なる。
制作の裏側
『Accelerate』は、徹底して“バンドらしい録音方法”に立ち戻ったアルバムである。
ライブ感を保つため、録音は最小限のテイク数で行われ、複数の都市で即興的に制作された。
ドラムはビル・リーフリンが担当し、ビル・ベリー以降の“最もR.E.M.らしいドラムサウンド”が復活したとも評された。
制作中の様子はドキュメンタリー映像『This Is Not a Show』でも一部が公開されており、
メンバーが“今の時代にこそ、自分たちはロックバンドであるべきだ”という意志を再確認していたことがわかる。
『Accelerate』はその名の通り、一度止まりかけたバンドのエンジンを再び始動させた“再起動の音”なのである。
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