Abba Zaba by Captain Beefheart & His Magic Band(1967)楽曲解説

1. 歌詞の概要

Abba Zaba』は、Captain Beefheart & His Magic Bandのデビューアルバム『Safe as Milk』(1967年)に収録された代表曲のひとつであり、意味不明でナンセンスな言葉と、プリミティブなビート、妖しいサイケデリック・ブルースが融合した異形のポップソングである。

「Abba Zaba」という奇妙なフレーズは、実際にアメリカで販売されていたお菓子(Abba-Zaba Bar)から着想を得たとされるが、その内容は明確な物語を語るものではなく、ほとんどが意味よりも音の響きと語感によって構築された詩的遊戯のような構成になっている。歌詞には民族的なリズムと動物的な語彙が散りばめられ、まるで異文化の儀式のような不思議な魅力が漂っている。

それはまるで、子どもが夢の中で言葉を作って遊んでいるかのようでもあり、あるいは音楽という原始的な表現がまだ“言語”と分かたれていなかった頃の記憶を呼び起こすかのような、不思議な生命感に満ちている。

2. 歌詞のバックグラウンド

『Safe as Milk』はCaptain Beefheartにとって最初のスタジオ・アルバムであり、当時はまだ“ビーフハート・ワールド”の門を開け放つ前段階にあたる作品である。しかし、その中で『Abba Zaba』は飛び抜けて異彩を放っており、後の前衛性やナンセンス美学、アフロ・ブルース的ビート、詩的解体主義の萌芽がここにすでに表れている。

タイトルの「Abba Zaba」は、実際にビーフハートが愛したというキャンディーの名前で、黒と黄色の市松模様パッケージが象徴的だった。このアートワークはアルバムの裏ジャケットにも採用されており、楽曲の視覚的・記号的な魅力とも結びついている。

サウンド面では、変則的なギターリフ、跳ねるようなドラム、そして低音から喉を絞り出すようなビーフハートのヴォーカルが組み合わさり、まるで呪術的ともいえるリズムを生み出している。ここではブルースの枠を超え、音が言葉になり、言葉が音に溶けるような感覚が支配している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元: Genius

Abba Zaba, zoom Babbette
Abba Zaba, zoom Babbette

アバ・ザバ、ズーム・バベット
アバ・ザバ、ズーム・バベット

Cartoon knock knock, zoom Babbette
Abba Zaba go zoom Babbette

カートゥーンのノックノック、ズーム・バベット
アバ・ザバが行く、ズーム・バベット

Abba Zaba, weep for the babe
Abba Zaba, zoom Babbette

アバ・ザバ、赤子のために泣け
アバ・ザバ、ズーム・バベット

繰り返されるフレーズと響きは、言葉というよりも「音の模様」として機能している。それはどこか幼児言語のようでもあり、儀式の呪文のようでもある。意味を持たないがゆえに、聴き手の想像を無限に広げる。

4. 歌詞の考察

『Abba Zaba』の歌詞は、一般的な意味理解の構造からは完全に逸脱している。だがその逸脱は、単なる奇をてらったナンセンスではなく、「言葉が意味を持たないことで、音としての純粋な快楽に還元される」というビーフハート独自の詩的哲学に貫かれている。

「zoom Babbette」や「weep for the babe」といったフレーズは、韻律と語感の中に何か神秘的な物語の断片を感じさせるが、それは決して説明されず、むしろ“感じるための断片”として機能している。これはダダイスムの詩、あるいはシュルレアリスムの自動筆記を思わせる手法であり、直感と音響感覚を重視するビーフハートの“詩的耳”がよく表れている。

さらに、この曲には“幼年性”と“原始性”が共存している。それはビーフハートの詩全体に共通するテーマでもあり、「文明化された言語」の外側にあるリズムと言葉の自由を追い求めた結果とも言えるだろう。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Dropout Boogie by Captain Beefheart
    『Safe as Milk』収録のブルージーな楽曲で、初期ビーフハートの社会的皮肉と猥雑さが凝縮されている。
  • Orange Claw Hammer by Captain Beefheart
    より詩的で叙情的な側面を持ったアカペラ楽曲。『Abba Zaba』の対照的な深みを味わえる。
  • Help, I’m a Rock by Frank Zappa & The Mothers of Invention
    言葉と音の遊戯が炸裂するナンセンス・アンセム。同時代の音楽的親和性が高い。
  • The Blob by The Five Blobs
    1950年代のノヴェルティ・ソングだが、意味の薄い反復と奇妙なサウンドが『Abba Zaba』と共鳴する。

6. “ナンセンス”の美学——意味を超える詩の力

『Abba Zaba』は、音楽の中で“意味”が持つ役割を問い直すための挑戦である。Don Van Vlietは、言葉が意味を持つことで固定化されてしまうことを嫌い、それよりも語感の自由、リズムの滑走、そして想像力の跳躍にこそ価値を置いた。

この曲に登場する意味不明なキャラクターたち——Abba Zaba、Babbette、babe——は、まるで子どもが語る即興の神話のようでもあり、リスナーの中で意味を生む余白を残している。つまり、『Abba Zaba』は聴く者によって常に新しい物語を生む、詩的装置でもあるのだ。

音と言葉が混ざり合い、“歌”というよりも“音の儀式”として機能するこの曲は、ビーフハートの核心的世界観——「自由な詩」「動物的音楽」「意味の解体」——を象徴する作品である。

そしてその響きは、半世紀以上経った今でも、あらゆる意味と形式に縛られた現代社会に、小さくも鮮烈な“解放”の声として鳴り響き続けている。アバ・ザバ、ズーム・バベット——その響きがあなたの耳に残るとき、詩は再び、自由になる。

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