アルバムレビュー:A Thousand Leaves by Sonic Youth

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発売日: 1998年5月12日
ジャンル: エクスペリメンタル・ロック、アートロック、ポストロック、オルタナティヴ・ロック


騒音の森に揺れる“千の葉”——時間と夢が折り重なる、Sonic Youthの私的小宇宙

A Thousand Leavesは、Sonic Youthが1990年代を通して築いてきた“ノイズと静けさのあわい”を、
さらに詩的で、即興的で、時間から自由な音の記録として昇華させた作品である。

1995年のWashing Machineから引き継がれたドリーミーで長尺なジャムスタイルは健在ながら、
今作ではより“家庭的な夢”“都市に潜む静けさ”“女性的なまなざし”が強調されており、
まるで都会の片隅に開かれた音の庭園を覗き見るような感覚を抱かせる。

実際、バンドのメンバーたちはこの頃、ニューヨークのソーホーで親としての生活を送りながら、
自らのスタジオで自由にレコーディングを行っており、その空気感は音楽にも色濃く反映されている。
メジャーレーベルに所属しながらも、“部屋で録った詩”のような親密さがここにはあるのだ。


全曲レビュー:

1. Contre le Sexisme

アルバム冒頭を飾るインストゥルメンタル。
タイトルは「性差別に抗して」を意味し、ギターの重なりがゆっくりと流れるように立ち上がる。
抽象的ながら、静かな意志を感じさせる序章。

2. Sunday

本作中でもっとも“ポップ”な感触を持つ代表曲。
メロディアスなギターリフとThurstonの歌声が、
“日曜日”の持つ自由と虚無のあわいを軽やかにすくい取る。
MVには若き日のマカヴォイも出演。

3. Female Mechanic Now on Duty

Kim Gordonによる挑発的かつ流動的な語りが印象的なトラック。
女性性、労働、身体、記号——すべてが“今、現場にいる”という現在形で語られる。
ノイズと詩の交錯点。

4. Hoarfrost

Lee Ranaldoの語りとスライドギターが美しく絡む、アルバム中最も叙情的な楽曲。
“霜”というタイトルにふさわしい、ひんやりとした空気と郷愁に包まれる。

5. French Tickler

Thurstonが歌う奇妙に柔らかな一曲。
“フレンチ・ティックラー”という性的なジョークが、
感傷と不条理の中でゆらめくドリームポップに昇華されている。

6. Wildflower Soul

9分を超える長尺ジャム。
ギターの旋回とリズムのずれが生み出す浮遊感は、まさに“Sonic Youthの森”と呼ぶべき音響空間。
内省的でありながら、力強く有機的。

7. StreamXsonik Subway

Kimが早口で囁くように語るアヴァン・ポエトリー。
都市のノイズと地下鉄のリズムが、音とことばで具象化される。
音楽というよりも“サウンド・アート”に近い試み。

8. Snare, Girl

シンプルなギターの反復と、Thurstonの甘く不確かな声が織りなす愛のうた。
“Snare”は罠でもありスネアドラムでもある。
恋愛とリズムの曖昧な罠にとらわれていくような感覚。

9. Heather Angel

Kimの語りによる不気味な語感のトラック。
“天使”と“ヘザー(草原)”という柔らかな言葉の中に、
暴力や喪失の影がちらつく。


総評:

A Thousand Leavesは、Sonic Youth“家庭とノイズ”“都市と夢”“時間と即興”を共存させた詩的音響の記録である。

ここには、轟音の爆発も、鋭い批評性も、あるいは大衆への迎合もない。
その代わりにあるのは、風に舞う葉の一枚一枚のような、儚くも美しい音の断片たち

このアルバムを聴くとは、音に包まれながら“どこにも行かない旅”をするようなものだ。
時間が滲み、記憶がずれ、言葉が風景になる——
まさにSonic Youthという“家族バンド”が、最も親密に世界と対話した瞬間がここにある。


おすすめアルバム:

  • Gastr del Sol / Camoufleur
     即興と詩が交差する、ポストロック以後の音響フォーク。
  • Yo La Tengo / And Then Nothing Turned Itself Inside-Out
     都市生活と親密さを柔らかく描いた、深夜のドリームポップ。
  • Talk Talk / Spirit of Eden
     構造なき構造、即興性と静けさの結晶。
  • Low / Secret Name
     スローコアの先にある、家族と信仰と音の沈黙。
  • Sonic Youth / Murray Street
     本作の延長線上にある、都市と静寂を巡る2000年代的深化。

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