発売日: 2005年10月24日
ジャンル: アコースティック・フォーク、プロテスト・ソング、英国トラッド、アンチ・ポップ
概要
『A Singsong and a Scrap』は、チャンバワンバが2005年にリリースした12作目のスタジオ・アルバムであり、
バンドがポリティカル・ポップから完全にアコースティック・フォークの語り部へと変貌を遂げた“静かな革命後”の音楽的声明である。
この作品は、アルバムタイトルが示すように、「シンソング（陽気な歌）」と「スクラップ（記憶の残骸／闘争の残り火）」という二面性を抱えた構成であり、
歴史、戦争、日常、階級、抑圧、連帯、そして詩としての抵抗を、シンプルで豊かな音楽に乗せて綴っている。
演奏はギター、アコーディオン、パーカッション、ピアノ、弦楽四重奏などを中心に構成され、
サウンドは極めてミニマルかつオーガニック。
耳を奪うのではなく、“聴くこと”を丁寧に誘う静かな語り口が、本作全体を支配している。
政治的には依然としてラディカルでありながら、その語り口はかつてのシャウトから**「昔話」「風刺詩」「港のバラッド」へと昇華されており**、
“歌の中に社会を封じ込める”というチャンバワンバ後期のスタイルが最も成熟した形で現れている。
全曲レビュー
1. Laughter in a Time of War
戦時下でも笑える瞬間はある──そんな逆説を抱えたオープニング。
軽やかな旋律と、抑制されたアイロニーが心に残る。
2. William Francis
無名の兵士ウィリアム・フランシスの物語。
第一次世界大戦での脱走兵のエピソードを、静かな哀歌として描く。
3. By and By
優しく前向きなフォーク・ナンバー。
時代は変わるが、過去はつねに“少し遅れて訪れる”という時間感覚を歌う。
4. You Can (Mass Trespass, 1932)
1932年の「カイン山地不法侵入運動」に基づいた歴史的プロテスト・ソング。
“土地はすべての人のもの”という社会的所有観を音楽で再確認する。
5. Walking into Battle with the Lord
戦争と宗教の共犯関係を皮肉った一曲。
行進曲調で、“神の名のもとに人は殺される”という不条理を語る。
6. When Alexander Met Emma
社会主義思想家アレクサンダー・バークマンとエマ・ゴールドマンの逸話を描いた歴史ラブソング。
理想と情熱、そして国家による追放が絡み合う悲喜劇。
7. Fade Away (I Don’t Want To)
“フェードアウトしていく人生”に抗うように紡がれる抒情歌。
静かなギターに乗せて、死と老いの不安をそっと語る。
8. Bankrobber
ザ・クラッシュの名曲のカバー。
アコースティックに再構築された本バージョンは、原曲のパンク性とは別の、哀切と連帯感を帯びる。
9. The Land of Do What You’re Told
『Un』にも登場した曲の再録。
従順であることが“普通”とされる社会への疑義を、童話のような音で展開。
10. Bella Ciao
イタリアの反ファシスト民謡の英語版。
“別れよ、美しい人”という意味のタイトルに、抵抗と別離の両方が重ねられる。
11. Smith and Taylor
架空の労働者2人の会話形式による風刺バラッド。
組合、裏切り、信頼、諦め──労働階級の葛藤が詩的に描かれる。
12. The Untraditional
“伝統とは抑圧を隠す衣”というメッセージを抱えた皮肉なフォークソング。
トラディショナルの形式で“アン・トラディショナル”を語る構造が秀逸。
総評
『A Singsong and a Scrap』は、チャンバワンバが**“叫ばないプロテスト”のスタイルを完全に獲得した作品**であり、
その言葉はむしろ“ささやき”の中にこそ、最も強く存在することを証明している。
このアルバムは、戦争も貧困も国家も資本も、すべてを直接的に歌う。
だがそれは怒鳴り声ではなく、港の石段に座って語るような語り口で、聴き手に手渡すように伝えられる。
そのため本作は、“チャンバワンバ＝あの「Tubthumping」のバンド”というイメージを持つリスナーにとって、
驚くほど繊細で、だが本質的には何も変わっていないことを教えてくれる再発見のアルバムでもある。
おすすめアルバム（5枚）
- June Tabor『An Echo of Hooves』
英国トラッドの物語性と硬質な語り。『Singsong〜』と響き合う。 - Ewan MacColl『The Essential Ewan MacColl Songbook』
労働歌とプロテスト・ソングの原点。思想と歌の融合の源流。 - Dick Gaughan『Handful of Earth』
階級、労働、国家を歌うスコットランドの吟遊詩人。トーンも哲学も近い。 - Billy Bragg『England, Half English』
ポリティカル・フォークとユーモアの融合。英国の社会像を音楽に焼き付ける姿勢が共通。 -
The Young’uns『Strangers』
現代的トピックをトラッドの語り口で歌うフォーク・トリオ。ポスト・チャンバワンバ的存在。
後続作品とのつながり
このアルバムの流れは、最終作となる**『The Boy Bands Have Won』**で集大成を迎える。
だが『A Singsong and a Scrap』こそが、
チャンバワンバが“物語るバンド”として最高の円熟を見せた瞬間であり、
怒りを音楽に託し続けた彼らがたどり着いた“最も静かな抗議のかたち”なのである。
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