
1. 歌詞の概要
「A Person Isn’t Safe Anywhere These Days」は、The Chameleonsが1983年に発表したデビュー・アルバム『Script of the Bridge』に収録された楽曲である。この長く印象的なタイトル——「今やどこにいても安全ではない」——が示すように、本曲は恐怖と不安が日常にまで浸透しているという現代社会の病理を描き出している。
内容的には個人の脆さ、社会の不穏さ、そして他者との信頼の断絶をテーマとしており、都市の孤独や暴力性を、内面の視点から切り取っている。歌詞における「安全でない」という感覚は、物理的なものだけでなく、精神的な侵食にも及び、聴く者の心を静かにざわつかせる。
音楽的には、叙情性と緊張感のあるギター、沈んだようでいて情熱的なマーク・バージェスのボーカルが特徴的で、淡々とした進行の中にひりつくようなエネルギーが宿っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Chameleonsの出自は、社会的不安が渦巻いていた1980年代初頭のイギリス、マンチェスターである。若者たちは失業や政治の混乱、文化的閉塞感に苛まれ、音楽はその心情のはけ口となっていた。
この楽曲が収録された『Script of the Bridge』は、そんな時代の空気を深く吸い込み、詩的かつ鋭利に反映させた作品である。特に「A Person Isn’t Safe Anywhere These Days」は、日常に潜む暴力性、そして無意識のうちに抱え込まざるを得ない不安を描いた点で、アルバムの中でも際立ってダークで静謐な存在感を放っている。
マーク・バージェスはこの曲について、社会がいかに人々を無力に感じさせるか、その無力さがやがて他者への疑念に転化していく過程に関心があったと語っており、そうした視点が本作の歌詞にも強く表れている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、歌詞の印象的な一節を抜粋し、その日本語訳を添える。全文の歌詞はこちら(Genius Lyrics)を参照。
He looked like a hero in action
彼は行動する英雄のように見えた
Though he looked like a hero to some
誰かにとってはそう映っていたかもしれない
But deep in the heart of the city
しかし都市の奥底では
He learned to live by the gun
彼は銃で生き延びる術を学んだ
この描写は、暴力にまみれた都市社会における「英雄像」の崩壊を語っている。見た目には立派な者も、実際には暴力の論理でしか生き残れない現実に直面している。ここには痛烈な皮肉と哀しみが漂う。
‘Cause a person isn’t safe anywhere these days
いまの時代、もはやどこにいても人は安全ではない
No, a person isn’t safe anywhere these days
そう、どこにも安心できる場所はないのだ
このサビ部分のリフレインは、直接的でありながら重く響く。あらゆる場所が潜在的な危機に満ちていると感じられる時代において、このラインは耳に刺さるように届く。
4. 歌詞の考察
「A Person Isn’t Safe Anywhere These Days」というタイトルの異様な長さと断定的な響きには、詩的な強度と冷徹な現実認識が込められている。それはただの主張ではなく、「感情の状態」をそのまま表しているフレーズなのだ。現代人が無意識のうちに抱いている「不安定さ」や「居場所のなさ」を、この一文は見事に言語化している。
歌詞は暴力や権力、そして正義に見せかけた欺瞞といったテーマを含みつつも、道徳的に裁くのではなく、ただその現実を淡々と提示してみせる。それがかえって、聴く者に強い内省を促す。
また、The Chameleonsらしいのは、その絶望的な内容を、音楽としてはむしろ美しく昇華している点だ。ディレイがかったギターの旋律は、都市の霧のような空気を思わせ、マーク・バージェスの声は、感情の奥底に押し込めた恐れや怒りを、静かに震わせながら吐き出している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Shadowplay by Joy Division
闇に染まりながらも冷静なまなざしで都市と個を見つめる、ダークで詩的な一曲。 - In Shreds by The Chameleons
より荒々しく怒りを顕在化させた初期の代表曲。社会への不信が爆発している。 - A Strange Day by The Cure
不穏な美しさと時間感覚のゆがみを感じさせる、内省的なナンバー。 - Temptation Inside Your Heart by The Velvet Underground
淡々とした語り口のなかに、不穏な皮肉と狂気が潜む、都市の深層を描いた作品。 - New Dawn Fades by Joy Division
自己崩壊と再構築をテーマにした、ポストパンクにおける感情の極致。
6. 安全神話の崩壊と、それでも鳴り響く美しさ
「A Person Isn’t Safe Anywhere These Days」は、その長いタイトルのとおり、現代における“安全”という幻想をはがし取る楽曲である。
この楽曲の魅力は、表面的には非常に地味であるにも関わらず、聴けば聴くほど深く沈み込むような力を持っているところにある。暴力や不安という主題を、怒りではなく「静けさ」で表現するというスタイルが、かえってリアルで説得力がある。
都市の雑踏のなかで、人は何に怯え、何を信じ、何を諦めて生きていくのか。その答えをこの曲は提示しない。しかし、提示しないからこそ、我々に考えさせ、感じさせる余地を残してくれている。
The Chameleonsの音楽が時代を超えて支持される理由の一つは、こうした「余白」の美しさにあるのかもしれない。そしてその余白には、いまこの瞬間を生きる我々自身の姿が、静かに映し出されているのだ。
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