発売日: 1984年6月**
ジャンル: ビッグ・ミュージック、ポストパンク、アート・ロック、ネオ・フォーク
『A Pagan Place』は、The Waterboysが1984年に発表したセカンド・アルバムであり、
マイク・スコットが掲げた**“ビッグ・ミュージック(The Big Music)”という概念が初めて全編にわたって明確な形を取った、精神と音響の拡張宣言**である。
本作では、デビュー作の粗削りなポストパンク的熱量はそのままに、
よりスケールの大きなサウンドスケープ、詩的なリリック、宗教や神話的モチーフを大きく取り込んだ構成となっており、
The Waterboysというバンドのヴィジョンが世界に向けて本格的に開かれた瞬間を刻んだ重要作である。
バグパイプのようなシンセ、ラディカルなホーンセクション、
何層にも重ねられたキーボードとコーラス、そして**“この地上のものではないような歌声”**──
それらが融合し、聴く者の感情を物理的に揺さぶる。
これは単なるロックではなく、精神の地図を描く音楽的儀式なのだ。
全曲レビュー
1. Church Not Made With Hands
旧約聖書の一節に由来するタイトルを持つ、アルバムの代表曲にして“ビッグ・ミュージック”の完成形。
マイク・スコットの歌声はまるで預言者のようであり、
宗教、芸術、愛をすべて一体化したようなサウンドに、胸が焼けるような感動が宿る。
2. All the Things She Gave Me
ロマンティックな導入から、一気に魂の叫びへと突入する壮大なロック・バラード。
彼女がくれたものは“記憶”であり“運命”であり、やがてそれは自己との対峙へと変化する。
3. The Thrill Is Gone
エレクトリック・ピアノがリードする静謐な曲調の中に、
失われた興奮と現実の静けさの対比が描かれる。
ジャズ的なコード進行とミニマルなリズムが、詩的な退廃感を演出する。
4. Rags
ダイナミックな構成の7分を超える大作。
“ぼろきれ(Rags)”というモチーフが、かつての自分、捨てられた信仰、
失われた理想の象徴として登場する。
音の起伏が極めて演劇的であり、アルバムの精神的核心のひとつ。
5. Somebody Might Wave Back
唯一の穏やかなポップソングとも言える一曲。
“誰かが手を振ってくれるかもしれない”というタイトルが象徴するように、
人間同士のつながりへのわずかな希望を灯す。
6. The Big Music
このアルバムの核であり、バンドの代名詞ともなった曲。
マイク・スコットの音楽的ヴィジョンがもっとも直接的に表現されたナンバーであり、
宗教的高揚感、愛の祝祭、存在の歓喜が、爆発するようなコーラスとビートに込められている。
7. Red Army Blues
第二次世界大戦を舞台に、赤軍兵士の視点で描かれる重厚な物語歌。
フォーク的手法と叙事詩的語りが融合し、
政治や歴史の悲劇と人間の内的闇を浮き彫りにする。
その長尺とリアリズムは異彩を放っている。
8. A Pagan Place
タイトル曲にしてラストトラック。
“異教徒の地”とは、神なき世界で人間が感じる空虚と神秘の混交地であり、
リズム、言葉、抑制された情熱が重なって、静かに燃え上がるような終曲となっている。
総評
『A Pagan Place』は、The Waterboysにとって**“詩とロックの聖域”を切り開く大転換点である。
このアルバムでマイク・スコットは、ただ歌うのではなく宣言し、詠唱し、祈る**。
その言葉はもはや歌詞ではなく現代の預言であり、音楽はただのサウンドではなく魂の地形図なのである。
聖と俗、愛と信仰、政治と個人、希望と絶望──
それらがすべて音楽という容器の中で混じり合い、“大きな音楽”として爆発的なエネルギーを持って解き放たれている。
この作品を聴くことは、世界のすべてを肯定したいと願う、あるひとりの詩人の切実な渇望に触れることに等しい。
おすすめアルバム
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Simple Minds / New Gold Dream (81–82–83–84)
スピリチュアルなロックと幻想的な音像の共鳴。 -
Van Morrison / Common One
ジャズと詩の境界を越えた霊的音楽の先駆。 -
Big Country / The Crossing
ケルト感とビッグ・サウンドを融合した同時代の盟友的バンド。 -
Talk Talk / The Colour of Spring
自然と心象の交差点を描いたポスト・ポップの傑作。 -
Peter Gabriel / So
情動と知性のバランスが絶妙な80年代ロックの頂点。
特筆すべき事項
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本作では初めてアンソニー・スレイヴィン(キーボード)やカール・ウォーリンジャー(後のWorld Party)ら主要メンバーが加わり、
バンド編成としてのThe Waterboysが確立された。 -
「The Big Music」という言葉は、このアルバム以降バンドの代名詞として定着し、
のちのU2やSimple Mindsにも影響を与えたとされる壮大なロック・スタイルの象徴的用語となった。 -
『A Pagan Place』は、1980年代における“宗教なき宗教音楽”の代表的作品として、
英国音楽誌でたびたび再評価の対象となっている。
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