発売日: 2006年5月24日（日本限定）
ジャンル: ボサノヴァ、ジャズ・ポップ、ラウンジ・ミュージック、アコースティック・カバー
概要
『A Girl Meets Bossa Nova 2』は、オリビア・オンによるボサノヴァ・カバーシリーズの第2弾としてリリースされたアルバムであり、前作の成功を受けて制作された続編である。
前作『A Girl Meets Bossa Nova』が静謐で繊細なサウンドによって日本のリスナーを魅了したのに対し、本作はよりポップス寄りの選曲を大胆にボサノヴァへ翻訳し、カバーアルバムとしての個性と挑戦が際立った作品となっている。
エルトン・ジョンやシンディ・ローパー、スティングといった西洋ポップの巨人たちの名曲を、オリビアの透明感あるウィスパーボイスと、品のあるラウンジ風アレンジで再解釈。
“歌いすぎない”“飾りすぎない”スタイルが本作でも貫かれ、**「感情をそっと預ける声」**という彼女の特性が、あらためて際立っている。
また、日本のカフェ・ラウンジ文化との親和性が非常に高く、“日常に寄り添う音楽”として今も愛される一枚となっている。
全曲レビュー
1. Have I Told You Lately（Rod Stewart カバー）
愛の感謝をささやくバラードを、そっと包むようなアレンジで。
まるで一通の手紙のような静けさと温かさに満ちている。
2. Every Breath You Take（The Police カバー）
オリジナルの緊張感と執着を和らげ、ゆったりとしたボッサリズムで“祈り”のように再構成。
オリビアの歌声によって、不穏さよりも“愛の観察”という視点が浮かび上がる。
3. Just the Way You Are（Billy Joel カバー）
“そのままでいい”という優しい肯定の歌。
声量を抑えた表現が、逆に感情の誠実さを引き立てる。
4. Lovin’ You（Minnie Riperton カバー）
原曲の超絶ファルセットは避け、ミニマルで瞑想的な解釈に。
小さな光が揺れるような、サウンドの透明感が心地よい。
5. We’re All Alone（Boz Scaggs / Rita Coolidge）
エレクトリック・ピアノの温かい響きと、彼女のウィスパー・トーンが見事に融合。
孤独を歌いながら、どこか包容力すら感じるバラードに仕上がっている。
6. I’ll Never Fall in Love Again（Burt Bacharach）
軽やかな皮肉を含んだポップソングを、可憐に、しかししっとりと歌い上げる。
背景のアレンジも洒脱で、まるでお洒落な朝のBGMのよう。
7. Fields of Gold（Sting カバー）
黄昏の野原を想起させるこの名曲を、まさに“耳の映画”のように描く。
語尾の処理や間合いが絶妙で、情景がまざまざと浮かぶ。
8. You’re the Inspiration（Chicago カバー）
80sバラードの名作を、落ち着いたテンポで清楚にリメイク。
原曲のパワーバラード感とは対照的に、“寄り添う愛”が強調される。
9. True Colors（Cyndi Lauper カバー）
「あなたの本当の色が見たい」というテーマが、オリビアの素朴な声でより静かに響く。
エレクトロニカ風味のアレンジも新鮮で、現代的な再構成が光る。
10. I Only Have Eyes for You（The Flamingos 他）
50年代風のドゥーワップ名曲を、夢見心地のボサ・ジャズに。
シンプルなコード進行が、オリビアの声の魅力を際立たせている。
11. Never Let Me Go
静かに心に滲むラスト・バラード。
終曲にふさわしい余韻と寂寥感に包まれる、美しく優しい締めくくり。
総評
『A Girl Meets Bossa Nova 2』は、オリビア・オンの“声の質感”と“解釈力”が、楽曲のジャンルや時代を超えて機能することを実証したアルバムである。
元々の歌に込められた感情を壊すことなく、しかしその輪郭をやわらかく描き直すように歌う彼女のスタイルは、まさに“感情の翻訳者”。
しかもその翻訳は、決して直訳的ではなく、日常のなかでそっと手渡すような丁寧さに満ちている。
ボサノヴァというジャンルの柔軟性と、オリビア・オンというアーティストの声の個性が見事に合流したこの作品は、前作に続き、“カフェ・ミュージック”の枠を超えて、人と人の感情をつなぐツールのようなアルバムになっている。
都会の喧騒を抜けた帰り道、静かな夜、あるいは誰かを想う瞬間に、ふと聴きたくなる――
『A Girl Meets Bossa Nova 2』は、そんな“感情の静けさ”に寄り添う音楽なのである。
おすすめアルバム（5枚）
- Olivia Ong『Precious Stones』
本作と同様のウィスパー・ポップ路線。オリジナル曲の比重が高まり、より深みのある表現に。 - Emi Meyer『Passport』
多言語・多国籍感覚のあるジャズ・ボッサ作品。オリビアとの感性が共鳴。 - Bebel Gilberto『Momento』
現代ボサノヴァのアイコンによる洗練されたリズムとメロディ。都会的で大人の感性。 - Lisa Ono『Serenata Carioca』
ブラジル音楽の王道をカフェ風にアレンジ。穏やかな時間にぴったり。 - Clémentine『Café de Paris』
フランス語シャンソンをボサ風にアレンジしたアルバム。異文化ボッサの先駆者的存在。
歌詞の深読みと文化的背景
『A Girl Meets Bossa Nova 2』の魅力は、単に「英語の名曲をボサノヴァにカバーした」以上のものがある。
それは、西洋のポップスに内在する強さや激しさを、アジア的な“穏やかな感情表現”に変換する試みと捉えることができる。
例えば「Every Breath You Take」では、オリジナルの“執着”が、オリビアの手にかかると“静かな想い”へと変わる。
「True Colors」では、励ましのメッセージがより内面的で私的な祈りへと昇華される。
これはまさに、**文化的な“声の翻訳”**であり、ボサノヴァという形式がその柔らかい器となっている。
『A Girl Meets Bossa Nova 2』は、グローバル時代における音楽の多様性と、「語りすぎない感情」の美学を伝える貴重な一枚なのである。
コメント