
発売日: 1977年9月1日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、ハードロック
アルバム全体の印象
『A Farewell to Kings』は、Rushにとって本格的なプログレッシブ・ロックへの移行を決定づけたアルバムである。前作**『2112』**(1976年)で、彼らはコンセプチュアルな楽曲構成とサイエンス・フィクション的なテーマを確立し、商業的にも大きな成功を収めた。しかし、この『A Farewell to Kings』では、それをさらに発展させ、より複雑な楽曲構成、シンセサイザーの導入、そして哲学的な歌詞によって、Rush独自のプログレッシブ・ロックの世界観を確立している。
本作の最大の特徴は、バンドの演奏力の向上と、よりシネマティックなサウンドへの挑戦だ。ギタリストのアレックス・ライフソンは、エレクトリック・ギターのリフとアコースティックの繊細なアルペジオを巧みに組み合わせ、ダイナミックな楽曲展開を生み出している。ゲディー・リーのベースはよりアグレッシブにうねり、キーボードを多用することで、楽曲に壮大な広がりを与えている。そして何よりも、ニール・パートのドラミングと歌詞が、Rushのサウンドをより知的で芸術的なものへと昇華させた。
アルバム全体として、ファンタジーと現実世界の社会批判を巧みに織り交ぜたテーマが展開されている。タイトル曲の**「A Farewell to Kings」では、腐敗した支配者と理想的な統治の対比が描かれ、壮大な叙事詩のようなサウンドで表現される。一方、「Closer to the Heart」は、Rushにとって珍しくシンプルでメロディアスな楽曲であり、彼らのキャリアの中でも象徴的な楽曲となった。さらに、「Xanadu」**のような壮大なプログレッシブ・ロックの大作では、Rushの技術的・構成的な才能が最大限に発揮されている。
『A Farewell to Kings』は、Rushの黄金期の幕開けを告げる作品であり、後の名作**『Hemispheres』(1978年)や『Permanent Waves』**(1980年)への橋渡しとなるアルバムである。
トラックごとのレビュー
1. A Farewell to Kings (5:51)
アルバムのオープニングを飾るタイトル曲は、Rushの新たな方向性を明確に示す楽曲である。アコースティック・ギターの優雅なアルペジオで幕を開けるが、その静寂を突き破るように、力強いエレクトリック・ギターとダイナミックなリズムが炸裂する。
歌詞は、**「腐敗した王政への別れ」**を象徴的に描いており、理想の支配者と現実の暴君との対比がなされている。このテーマは、Rushが持つ哲学的・政治的な側面を反映しており、以後の作品でも繰り返し探求されることになる。
アレックス・ライフソンのギター・ワークは、プログレッシブ・ロックの複雑な構成を取り入れつつも、ハードロックの勢いを失わない絶妙なバランスを持っている。
2. Xanadu (11:05)
『A Farewell to Kings』の中でも最も壮大なプログレッシブ・ロックの大作である「Xanadu」は、Rushの楽曲の中でも特に評価の高い一曲だ。サミュエル・テイラー・コールリッジの詩「クーブラ・カーン」にインスパイアされた歌詞は、不老不死を求める旅を描き、神話的な要素と哲学的なテーマが交差する。
楽曲の構成は、壮大なイントロから徐々に盛り上がりを見せる展開となっており、ギター、シンセサイザー、ベース、ドラムが有機的に絡み合う完璧なアンサンブルが際立つ。特に、ニール・パートのドラム・プレイは圧巻で、複雑なリズムチェンジとシンコペーションが楽曲のドラマ性を際立たせている。
3. Closer to the Heart (2:53)
Rushの楽曲の中でも最も親しみやすく、シンプルな構成を持つ「Closer to the Heart」は、バンドのメロディアスな一面を象徴する名曲である。哲学的なメッセージを持つ歌詞は、「真に価値ある社会を築くためには、個人の意識の変革が必要である」というテーマを持っており、シンプルながらも深みのある内容となっている。
この曲は、Rushの中でも比較的ポップな楽曲でありながら、美しいメロディと力強い演奏が融合した名曲であり、ライブでも定番となった。
4. Cinderella Man (4:22)
「Cinderella Man」は、ゲディー・リーが歌詞を書いた珍しい楽曲であり、映画『シンデレラ・マン』にインスパイアされたストーリーを持っている。楽曲は、よりストレートなハードロックに近い構成であり、リズムのキレの良さと、ゲディー・リーのアグレッシブなベースが特徴的だ。
5. Madrigal (2:35)
アルバムの中で最も静かで叙情的な楽曲である「Madrigal」は、シンプルなメロディと優しい雰囲気が際立つバラードである。Rushの持つ詩的な側面が際立ち、他の楽曲の壮大さとは対照的な静かな美しさを持つ。
6. Cygnus X-1 Book I: The Voyage (10:25)
アルバムの最後を飾るのは、**壮大な宇宙旅行をテーマにした「Cygnus X-1」**である。この楽曲は、次作『Hemispheres』の「Cygnus X-1 Book II: Hemispheres」へと続く物語の第一部となっている。
サイエンス・フィクション的なテーマと、アグレッシブなリズムチェンジ、ダークな雰囲気が融合し、Rushのプログレッシブ・ロックとしての実験的な側面を存分に発揮した楽曲となっている。
総評
『A Farewell to Kings』は、Rushがプログレッシブ・ロックの頂点へと登るための礎を築いたアルバムであり、複雑な構成とテクニカルな演奏、知的な歌詞が見事に融合した名盤である。特に「Xanadu」や「Cygnus X-1」のような楽曲は、バンドの進化を象徴し、後の名作『Hemispheres』や『Permanent Waves』へとつながる重要な作品である。
このアルバムを通じて、Rushは単なるハードロック・バンドではなく、哲学と物語性を兼ね備えた唯一無二のバンドであることを証明した。
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