発売日: 2018年3月2日
ジャンル: ローファイ、ドリームポップ、スロウコア、インディーロック
概要
『A Different Age』は、ニック・ラスプーリによるソロプロジェクトCurrent Joysが2018年にリリースした4枚目のフルアルバムである。
本作は、それまでの宅録的ローファイ・エモのスタイルを継承しながらも、
よりメロディアスかつ映像的なスケール感を持ち始めた転換点的作品として重要な位置を占めている。
アルバム全体を貫くのは、ノスタルジアと孤独の詩学。
しかしその表現は、単なる個人的な内省にとどまらず、
“時代の外側”に置き去りにされたような自己像と、それを見つめる映像作家的まなざしを感じさせる。
ニックはこの時期から映像制作(Surf CurseのMVや自主短編)にも深く関わり始め、
それが『A Different Age』の音作りにも明確に影響を与えている。
楽曲はどれも映画の一場面のように、スローで、静かで、心にじんわり染み込む構成となっており、
まさに“音の中で静かに老いる”ような作品世界が広がっている。
全曲レビュー
1. Become the Warm Jets
前作でも登場したナンバーの再録版。
今作ではより洗練され、ややテンポを落とした構成と、温かいディレイのかかったギターが印象的。
“温もりそのものになりたい”という祈りのような願望が、より丁寧に描かれている。
2. Fear
アルペジオと共鳴する低音ノイズが、不安と静寂の波をつくり出すミニマルなトラック。
“恐怖”という抽象概念が、まるで部屋の片隅に沈んでいるような感覚を伴って響く。
歌詞は極端に少ないが、それが心の声の小ささを表しているかのようだ。
3. Alabama
ニックの原風景を思わせる土地への言及。
アメリカーナ的なモチーフが、実家の風景と過去への郷愁を描き出す。
スライドギターと繰り返されるメロディが、心に淡く残る。
4. Way Out Here
まるで荒野にひとり立ち尽くすような、乾いた空気感と孤立の感覚。
“ここでは誰もいない”という語りが繰り返され、他者の不在を際立たせる。
自己と世界の距離感を描いた、ストリップダウンな楽曲。
5. No Words
タイトル通り、言葉にならない感情の爆発と静けさがテーマ。
ボーカルは抑制され、ギターのリフが感情の起伏を描く。
楽曲というよりも、内面の記録装置のような役割を果たしている。
6. In a Year of 13 Moons
再登場のトラック。よりシンセが強調され、夢の中で聴くようなスロウ・アンビエンスに仕上がっている。
“13か月ある年”という非現実的時間感覚が、喪失と記憶の非線形性を暗示する。
7. A Different Age
アルバムのタイトル曲であり、自己と時代の断絶を静かに歌う7分超の大曲。
「わたしは違う時代に生まれていたのかもしれない」というリフレインが胸を打つ。
モノローグのような語り口と淡いギターが交差する構成は、ほとんど短編映画のようでもある。
8. My Nights Are More Beautiful Than Your Days
アルバムを締めくくる、詩的で穏やかなナンバー。
タイトルはフランス映画へのオマージュであり、“夜にしか生きられない者”としての自己肯定がにじむ。
夜の静けさ、孤独、そして希望――すべてが折り重なったラストにふさわしい美しさがある。
総評
『A Different Age』は、Current Joysが**“内省する青年の宅録”から“時代を見つめる孤独な映像詩人”へと脱皮した記録**ともいえるアルバムである。
音はあくまでシンプルで、歌詞もミニマルだが、
そこに宿る感情の振れ幅は非常に大きく、静けさの中にある激しさが痛いほど伝わってくる。
特に注目すべきは、“自己と時代のミスマッチ感”を音楽として正面から描いたことであり、
それはZ世代以降の感覚、つまり**“自分が今ここにいる違和感”を受け入れながら生きていく術**として、多くの共感を呼んでいる。
『A Different Age』は、音楽というよりも“孤独のための短編映画集”のような作品であり、
夜の部屋でひとりで聴くことにこそ、その本質があるのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Mount Eerie – A Crow Looked at Me (2017)
喪失と静寂の極北。日常の中にある痛みの純度が共鳴。 - Grouper – Ruins (2014)
時間と記憶、音の間にある“余白”を大切にした作品。Current Joysの静けさと共鳴。 - Slowdive – Pygmalion (1995)
ミニマルで夢幻的。“夜のアンビエンス”という点で非常に近い。 - Red House Painters – Ocean Beach (1995)
自己省察と風景描写の融合。孤独と時間の流れを静かに刻む。 - Sun Kil Moon – Benji (2014)
ストーリーテリングと詩的私小説の音楽化。ニックの内省的語りと重なる。
歌詞の深読みと文化的背景
『A Different Age』における歌詞群は、“時代に居場所を持てない自己”を、
優しく、そして諦めずに記録しようとする詩的ドキュメントである。
たとえば「A Different Age」では、
“This is not my life / This is not my age”
というリフレインが繰り返され、時代との齟齬感、時間感覚のズレが示される。
それは、SNS的自己表現や常時接続の世界とは異なるリズムで生きることの孤独と、
その中で“美しさを信じる者”の矜持でもある。
本作は、“感情の速度”と“時代の速度”が合わない人々に向けた、静かな同調の詩であり、
それゆえに、何年経っても色褪せることのない、深い共感性を帯びている。
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