アルバムレビュー:Kiss Each Other Clean by Iron & Wine

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2011年1月25日

ジャンル:インディーフォーク、フォークロック、ソフトロック、アートポップ、サイケデリック・ポップ、ブルーアイド・ソウル

概要

Iron & Wineの『Kiss Each Other Clean』は、2011年に発表された通算4作目のスタジオ・アルバムであり、サム・ビームの音楽的変化を明確に示した重要作である。Iron & Wineはもともと、2002年のデビュー作『The Creek Drank the Cradle』で知られるように、囁くようなヴォーカル、アコースティック・ギター、ローファイな録音感覚を中心としたインディーフォークのプロジェクトとして出発した。初期作品には、Nick DrakeElliott Smith、Will Oldham、アメリカ南部のフォークやカントリーの影響が色濃く、静謐で内省的な音楽性が特徴だった。

しかし、2000年代後半に入ると、Iron & Wineのサウンドは徐々に拡張されていく。2007年の『The Shepherd’s Dog』では、フォークを基盤にしながらも、アフリカ音楽、カリブ音楽、サイケデリック・ロック、ジャズ、ソウルなどの要素を取り込み、バンド・アンサンブルを前面に出した作品へと変化した。そして『Kiss Each Other Clean』では、その拡張路線がさらにポップでカラフルな方向へ進み、1970年代のソフトロック、AOR、ソウル、プログレッシブ・ポップ、サイケデリック・ポップを思わせる豊かな音像が展開されている。

本作は、Iron & WineがSub Popを離れ、Warner Bros.系のレーベルからリリースした初の作品でもある。そのため、インディーフォークの小さな部屋の親密さから、より大きなスタジオ・プロダクションへ移行したアルバムとしても捉えられる。とはいえ、本作は単にメジャー化によって音が豪華になった作品ではない。むしろサム・ビームが以前から持っていた物語性、宗教的イメージ、南部的な風景、家族や罪、記憶、赦しといった主題を、より多層的なアレンジによって表現した作品である。

タイトルの『Kiss Each Other Clean』は、親密さと浄化を結びつける象徴的な言葉である。「互いに口づけし、清め合う」という表現には、愛情、赦し、肉体性、罪の意識、儀式性が同時に含まれている。Iron & Wineの歌詞は、しばしば明確な物語を語るよりも、断片的な情景や宗教的・家庭的なイメージを積み重ねることで、聴き手に解釈の余地を残す。本作でも、子ども、親、恋人、神、身体、川、動物、死、過去といったモチーフが繰り返し登場し、個人的な記憶と神話的なイメージが混ざり合う。

音楽的には、本作はIron & Wineの中でも特に色彩感の強いアルバムである。サックス、シンセサイザー、エレクトリック・ピアノ、コーラス、パーカッション、ファンク的なベースライン、時にノイズ的な電子音までが取り入れられ、フォーク・ミュージックの枠を大きく超えている。特に1970年代のSteely Dan、Paul SimonFleetwood Mac、Van Morrison、Joni Mitchell、あるいはソウルやゴスペルの影響を感じさせる場面が多く、アメリカ音楽のさまざまな記憶を現代的なインディー感覚で再構成している。

一方で、サム・ビームの柔らかい声はアルバム全体の中心にあり続ける。初期作品では、その声は録音の静けさと一体化していたが、本作では豊かなアレンジの中に置かれることで、むしろ語り部としての性格が強まっている。声は大きく張り上げられることなく、さまざまな楽器の層の中で穏やかに響く。そのため、アルバム全体は華やかな音作りを持ちながらも、過剰に劇的になることはない。

『Kiss Each Other Clean』は、初期Iron & Wineのミニマルで内省的なフォークを期待するリスナーにとっては大きな変化として受け止められた作品である。しかし、キャリア全体の流れで見ると、本作はサム・ビームのソングライティングがより広い音楽的文脈に開かれていく過程を示している。フォークを固定された様式としてではなく、物語と声を中心にした可変的な表現として捉えれば、本作は極めて自然な発展形である。

後世への影響という意味では、本作は2010年代のインディー・フォークが単なるアコースティック回帰にとどまらず、ソウル、R&B、ジャズ、電子音楽、ヴィンテージ・ポップと結びつく可能性を示した作品の一つである。Bon IverSufjan StevensFleet FoxesGrizzly Bear、Andrew Birdなどと並び、フォーク由来のアーティストがスタジオ・プロダクションを拡張していく時代の流れと共鳴している。

全曲レビュー

1. Walking Far from Home

アルバム冒頭の「Walking Far from Home」は、『Kiss Each Other Clean』の主題を象徴する楽曲である。ゆったりとしたテンポ、穏やかなヴォーカル、反復されるコード進行の上に、徐々に楽器が重なっていく構成は、旅の始まりを思わせる。タイトル通り、主人公は「家」から遠く離れて歩いている。しかしこの「家」は単なる住居ではなく、過去、信仰、家族、自己認識の出発点として機能している。

歌詞は、道中で見た断片的な光景を列挙するように進む。そこには子ども、動物、死、奇跡、暴力、宗教的なイメージが混在しており、現実の散歩で見た風景というより、記憶や幻視の連続に近い。サム・ビームの歌詞の特徴である、具体的でありながら象徴的なイメージの積み重ねがよく表れている。聴き手は物語の結論を与えられるのではなく、歩く主体とともに世界の断片を目撃することになる。

音楽的には、初期Iron & Wineの静かなフォーク性を残しながらも、アレンジは明らかに拡張されている。柔らかなリズム、コーラス、シンセサイザー的な音色が加わることで、曲は単なる弾き語りではなく、広がりのあるサウンドスケープとして展開する。ヴォーカルは中心にありながら、楽器と同じように音響の一部として配置されている。

この曲の重要な点は、アルバム全体の「移動」と「目撃」のテーマを提示していることである。『Kiss Each Other Clean』では、家庭的な親密さと、外界の不穏さが繰り返し交錯する。「Walking Far from Home」は、その境界を越えて歩き出す曲であり、以降の楽曲で展開される宗教的・身体的・社会的なイメージへの入口となっている。

2. Me and Lazarus

「Me and Lazarus」は、アルバムの中でもリズムの軽快さと歌詞の不穏さが対照的な楽曲である。タイトルに登場する「Lazarus」は、新約聖書においてイエスによって死から蘇らされた人物を指す。したがって曲名は、復活、死、奇跡、信仰のテーマを直接的に示唆している。しかし、Iron & Wineの歌詞は聖書物語をそのまま再話するのではなく、現代的で曖昧な情景の中に宗教的モチーフを溶かし込んでいる。

音楽的には、跳ねるようなリズムとベースラインが印象的で、フォークというよりソウルやファンクに近い感覚がある。サックスやキーボードの装飾も加わり、曲全体には明るさと軽妙さがある。しかし、その表面の軽快さの下には、死者の復活や身体の変容といった重いテーマが潜んでいる。このギャップが、本作の魅力の一つである。

歌詞における「Lazarus」は、単なる聖書上の人物ではなく、何度も失敗し、傷つき、それでも戻ってくる存在の象徴として読める。サム・ビームは、宗教的な救済を直接的な信仰告白として描くのではなく、日常の汚れや滑稽さ、身体性の中に置く。復活は神聖な奇跡であると同時に、少し奇妙で、人間臭い出来事として響く。

この曲は、Iron & Wineがフォークの静謐さから離れ、よりグルーヴのあるアンサンブルへ踏み出していることを示す代表的な楽曲である。初期作品の親密さとは異なるが、歌詞の象徴性や声の柔らかさは一貫している。つまり、サウンドが変わっても、サム・ビームの物語世界は失われていない。

3. Tree by the River

「Tree by the River」は、本作の中でも最も親しみやすいメロディを持つ楽曲の一つである。穏やかなギター、柔らかいコーラス、滑らかなリズムが組み合わさり、1970年代のソフトロックやフォークポップを思わせる温かい質感を作り出している。Iron & Wineのポップ・ソングライターとしての側面が明確に表れた曲である。

歌詞は、過去の恋愛や記憶をめぐる内容として読める。川のそばの木というイメージは、時間の流れと記憶の定着を象徴している。川は常に流れ続けるもの、木はその場に残り続けるものとして対照的であり、変化していく人生の中で、ある記憶だけが根を下ろして残るという感覚が生まれる。サム・ビームは、具体的な情景を使いながら、失われた時間や感情の残響を描く。

この曲では、歌詞の親密さとアレンジの洗練がよく調和している。初期Iron & Wineであれば、こうした曲はより簡素なアコースティック・ギター中心の録音になっていたかもしれない。しかし本作では、コーラスやリズム、鍵盤の響きが加わることで、記憶の中の風景がより鮮やかに広がる。過去を振り返る曲でありながら、サウンドは決して沈み込みすぎない。

「Tree by the River」は、本作におけるポップ性の中心的な楽曲である。複雑な象徴を多く含むアルバムの中で、比較的明快なメロディと感情の流れを持ち、聴き手に開かれた入口となっている。しかし、その柔らかさの中にも、時間の不可逆性や記憶の痛みが含まれており、単なるノスタルジックなラブソングにはとどまらない。

4. Monkeys Uptown

「Monkeys Uptown」は、『Kiss Each Other Clean』の中でも特にリズムと音色の遊びが目立つ楽曲である。タイトルからして寓話的であり、都市、動物、人間社会の滑稽さが重ね合わされている。Iron & Wineの歌詞において動物はしばしば象徴的に登場するが、この曲では「猿」という存在が、人間の欲望や模倣、集団性を風刺的に映し出しているように響く。

音楽的には、ファンクやソウルの影響が強く、ベースラインとパーカッションが曲の中心を担っている。サム・ビームの柔らかなヴォーカルは、リズムの上を軽く漂うように配置され、曲全体に不思議な浮遊感を与える。シンセサイザーや管楽器的な音色も加わり、初期Iron & Wineからは想像しにくいほどカラフルな仕上がりになっている。

歌詞は、都市的な風景と動物的なイメージを結びつけ、人間社会の奇妙さを描いていると解釈できる。猿は文明化された街にいるが、その存在は文明そのものを戯画化する。人間が理性的で洗練された存在であるという前提を揺さぶり、欲望や本能、集団の滑稽さを浮かび上がらせる。これはサム・ビームの歌詞にしばしば見られる、聖と俗、自然と文明、人間と動物を曖昧にする手法である。

「Monkeys Uptown」は、アルバムのサウンド面での冒険性をよく示している。フォーク・シンガーの作品というより、バンド・アレンジとスタジオ・プロダクションによって構築されたアートポップに近い。とはいえ、曲の中心にあるのはあくまで声と言葉であり、派手なアレンジは歌詞の寓話性を補強するために機能している。

5. Half Moon

「Half Moon」は、アルバム前半の中でも特に柔らかく、牧歌的な雰囲気を持つ楽曲である。タイトルの「半月」は、完全ではない光、満ちきらない状態、移ろいの途中にあるものを象徴している。Iron & Wineの音楽において月や夜のイメージは、記憶、親密さ、静けさ、隠された感情と深く結びつく。

音楽的には、アコースティックな質感が比較的強く、初期Iron & Wineの親密な雰囲気を思い起こさせる。ただし録音はローファイではなく、音の配置は丁寧で、コーラスや楽器の響きも洗練されている。サム・ビームの声は穏やかに重なり、聴き手に近い距離で語りかけるように響く。

歌詞には、自然、家族、身体、記憶といったモチーフが含まれ、直接的な説明よりも、断片的なイメージの連なりによって情感が作られる。半月という不完全な光の下で、物事ははっきりとは見えない。だからこそ、歌詞の中の情景も輪郭が曖昧で、夢の中の記憶のように響く。この曖昧さは、サム・ビームの作詞の重要な特徴である。

「Half Moon」は、アルバムのカラフルなアレンジの中に置かれた静かな中間点である。派手なリズムやサックス、シンセサイザーが前面に出る曲が多い本作において、この曲は呼吸を整える役割を持つ。同時に、Iron & Wineの核にあるフォーク的な感受性を確認させる楽曲でもある。

6. Rabbit Will Run

「Rabbit Will Run」は、本作の中でも特に不穏で緊張感のある楽曲である。タイトルに登場するウサギは、弱さ、逃走、本能、恐怖を象徴する存在として読むことができる。曲全体にも、追われる者の焦燥、身体的な不安、予感のようなものが漂っている。

音楽的には、リズムの反復と不規則な音響処理が特徴である。フォーク的なメロディを持ちながら、背景には電子音やパーカッション、サイケデリックな音色が配置され、曲はどこか落ち着かない印象を与える。アレンジは厚いが、暖かさよりも緊張を生み出す方向に働いている。

歌詞では、動物的なイメージと人間の感情が交錯する。ウサギが走るという行為は、単なる移動ではなく、危険からの逃走であり、生存本能の発露である。サム・ビームはこのイメージを通じて、罪悪感、恐れ、欲望、逃れられない過去といったテーマを暗示している。明確なストーリーよりも、感情の状態そのものが曲の中心にある。

この曲のサウンドは、Iron & Wineの従来のフォーク的イメージを大きく拡張している。音響的にはサイケデリック・ポップや実験的なインディーロックに近く、特に終盤に向けて高まる音の密度は、心理的な圧迫感を生む。静かな歌声と不穏なアレンジの対比が強く、アルバム中でも重要な陰影を担っている。

7. Godless Brother in Love

「Godless Brother in Love」は、タイトルからして宗教、家族、愛、信仰の欠如という複数のテーマを含んでいる。「Godless」という言葉は、単に無神論的という意味だけでなく、神の保護や秩序から外れた状態、あるいは道徳的な不安定さを示す。「Brother」は血縁や共同体を思わせ、「in Love」はその中に個人的で肉体的な感情を持ち込む。

音楽的には、非常に静かで内省的な曲である。ピアノや控えめな伴奏を中心に、サム・ビームの声が近くに置かれている。アルバムの中では装飾が少なく、言葉とメロディの質感が前面に出る。初期Iron & Wineの親密さに最も近い曲の一つだが、録音の透明度と配置には本作らしい洗練がある。

歌詞は、信仰の喪失と愛の存在を同時に描いているように読める。神を持たない、あるいは神から遠ざかった人物が、それでも誰かを愛する。その状態は救済なのか、罪なのか、あるいは単に人間的な事実なのか、曲は明確な答えを出さない。Iron & Wineの歌詞は、宗教的な言葉を用いながら説教的にはならず、むしろ信仰と疑いの間にある人間の複雑さを描く。

この曲は、アルバム全体の中で静かな核心を成している。『Kiss Each Other Clean』には華やかなアレンジやリズミカルな楽曲が多いが、「Godless Brother in Love」は、サム・ビームのソングライティングの本質が、声、言葉、わずかな和声の中にも成立することを示している。アルバムの多彩さを支える、内面的な重心となる楽曲である。

8. Big Burned Hand

「Big Burned Hand」は、本作の中でも最も大胆にソウル、ファンク、ジャズロックの要素を取り入れた楽曲である。冒頭からサックスが強く印象に残り、1970年代のブルーアイド・ソウルやジャズ・ファンクを思わせる雰囲気がある。Iron & Wineの初期のイメージからは大きく離れたサウンドだが、本作全体の拡張性を象徴する曲である。

タイトルの「Big Burned Hand」は、身体的な痛みと象徴性を強く持つ言葉である。焼けた手は、労働、罰、罪、事故、経験の痕跡などを連想させる。Iron & Wineの歌詞では、身体の一部がしばしば記憶や罪の印として登場するが、この曲でも「手」は行為と責任の象徴として機能しているように響く。

音楽的には、グルーヴの強さが際立つ。ベースとドラムは曲をしっかりと前進させ、サックスは曲に荒々しい熱を加える。サム・ビームの柔らかなヴォーカルは、通常であればこうしたファンク的なアレンジに埋もれそうだが、逆にその穏やかさが曲に独特の緊張を与えている。激しい伴奏と抑制された声の組み合わせが、Iron & Wineならではのバランスを生む。

この曲は、本作が単なるフォーク・アルバムではなく、アメリカ音楽全体への参照を含む作品であることを明確に示している。フォーク、ソウル、ジャズ、ロックが混ざり合い、ジャンルの境界が曖昧になる。サム・ビームは、自分の声を中心に置きながら、周囲の音楽的風景を大きく広げている。

9. Glad Man Singing

「Glad Man Singing」は、タイトル通り、喜びや歌うことを主題にしたように見える楽曲である。しかし、Iron & Wineの作品において「喜び」は単純な幸福感としては描かれない。そこには、痛みや喪失を通過した後の静かな受容、あるいは不完全な世界の中でなお歌うことの意味が含まれている。

音楽的には、軽やかで開放的な雰囲気を持つ。リズムは穏やかに弾み、コーラスや楽器の配置も明るい。アルバム後半の中で、比較的風通しの良い楽曲として機能している。サム・ビームのヴォーカルは柔らかく、過度な感情表現を避けながらも、曲全体に温かさを与えている。

歌詞は、歌う人物をめぐる情景を描きながら、音楽そのものの力についても触れているように読める。歌うことは、信仰や共同体、記憶と結びついた行為であり、個人的な感情を外へ開く手段でもある。Iron & Wineの音楽では、歌はしばしば祈りに近い機能を持つが、この曲でもその性格が感じられる。

「Glad Man Singing」は、アルバムの重い象徴性を一時的に軽やかにする役割を持つ。しかし、その明るさは表面的なものではなく、複雑な世界を受け入れた上での穏やかな響きである。アルバム全体の中では、終盤へ向けて聴き手を開かれた気分へ導く重要な楽曲である。

10. Your Fake Name Is Good Enough for Me

アルバムを締めくくる「Your Fake Name Is Good Enough for Me」は、約7分に及ぶ長尺曲であり、『Kiss Each Other Clean』の集大成と呼べる楽曲である。タイトルは「君の偽名で十分だ」という意味を持ち、アイデンティティ、嘘、親密さ、受容といったテーマを含んでいる。誰かの本名や真実を知らなくても、その存在を受け入れるという姿勢には、アルバム全体のタイトルにも通じる赦しの感覚がある。

音楽的には、曲は複数のセクションを持ち、静かな導入から徐々に熱を帯びていく。フォーク的な歌い出しから、バンド・アンサンブルが厚みを増し、終盤には祝祭的でゴスペル的な高揚感も感じられる。アルバム全体で使われてきたリズム、コーラス、管楽器、鍵盤、サイケデリックな音響が、この曲で一つにまとめられる。

歌詞における「偽名」は、自己を隠すための名前であると同時に、人間が社会や関係性の中で身につける仮面の象徴でもある。Iron & Wineの歌詞世界では、誰も完全に純粋でも透明でもない。人は罪を持ち、嘘をつき、記憶を歪め、それでも誰かと結びつこうとする。この曲は、その不完全さを否定するのではなく、むしろ不完全なまま受け入れる姿勢を示している。

終盤の展開は、本作の中でも特に開放的である。反復されるフレーズ、厚みを増す演奏、コーラス的な広がりによって、曲は個人的な告白から共同体的な祝祭へ変化していく。これはアルバムタイトルの「互いに清め合う」というイメージと深く結びつく。清さは最初から与えられるものではなく、汚れや偽りを抱えた人間同士が関係の中で見出すものとして描かれる。

「Your Fake Name Is Good Enough for Me」は、Iron & Wineのソングライティングと本作のスタジオ・アレンジが最も大きなスケールで融合した楽曲である。アルバムの終曲として、個人的な記憶、宗教的象徴、フォークの語り、ソウル的な高揚、サイケデリックな拡張を一つにまとめ、聴き手に強い余韻を残す。

総評

『Kiss Each Other Clean』は、Iron & Wineのキャリアにおいて、初期のローファイ・フォークから大きく離れた作品でありながら、サム・ビームの作家性を明確に保ったアルバムである。音楽的には、インディーフォークを出発点としつつ、1970年代ソフトロック、ソウル、ファンク、ジャズ、サイケデリック・ポップ、アートポップを取り込み、非常に豊かな音像を作り出している。

本作の特徴は、サウンドが華やかでありながら、歌詞の中心にあるテーマが一貫して深いことにある。家族、信仰、罪、赦し、身体、記憶、愛、偽り、死と再生といった主題が、直接的な説明ではなく、象徴的な情景の連なりによって描かれる。サム・ビームの歌詞は、明快な物語を提示するよりも、聴き手に複数の解釈を促す詩的な構造を持っている。

初期Iron & Wineの魅力は、ささやく声とアコースティック・ギターの親密さにあった。その意味で、『Kiss Each Other Clean』は大きな転換である。しかし、声の柔らかさ、記憶をめぐる感覚、聖書的イメージ、南部的な風景、親密さと不穏さの共存といった根本的な要素は失われていない。むしろ本作では、それらがより多彩な音楽的背景の中で照らし出されている。

『The Shepherd’s Dog』で始まったサウンドの拡張は、本作でよりポップかつスタジオ志向の形になった。ファンク的な「Big Burned Hand」、ソフトロック的な「Tree by the River」、サイケデリックな「Rabbit Will Run」、静謐な「Godless Brother in Love」、祝祭的な終曲「Your Fake Name Is Good Enough for Me」など、楽曲ごとに異なる表情がある。それでもアルバム全体が散漫にならないのは、サム・ビームの声と作詞の世界観が明確な中心を成しているからである。

本作は、2010年代初頭のインディー・ミュージックにおいて、フォーク系アーティストがどのようにジャンルを拡張できるかを示した作品でもある。Bon Iverが『Bon Iver, Bon Iver』でフォークから室内楽的・電子的な音響へ進んだように、Iron & Wineも本作でフォークを広いアメリカ音楽の交差点へ開いている。シンガーソングライター作品でありながら、個人の告白に閉じず、バンド・サウンドとスタジオ・プロダクションによって複層的な世界を作っている点が重要である。

日本のリスナーにとって『Kiss Each Other Clean』は、アコースティックなインディーフォークを期待して聴くと驚きのある作品だが、1970年代の洋楽、ソフトロック、AOR、フォークロック、ソウル、サイケデリック・ポップに親しみのある耳には非常に豊かに響くアルバムである。サウンドは滑らかで聴きやすいが、歌詞の世界は深く、宗教的・象徴的なイメージが多いため、繰り返し聴くことで異なる側面が見えてくる。

『Kiss Each Other Clean』は、Iron & Wineの中でも賛否が分かれやすい作品である。初期の静かな弾き語りを求めるリスナーには過剰に感じられる可能性がある一方で、サム・ビームの音楽的野心とソングライティングの柔軟さを理解する上では欠かせないアルバムである。フォークを狭い様式ではなく、声、物語、記憶を中心にした開かれた表現として捉えるなら、本作はIron & Wineの重要な到達点といえる。

総じて『Kiss Each Other Clean』は、親密さと華やかさ、信仰と疑い、清さと汚れ、記憶と変化を同時に抱えた作品である。タイトルが示す通り、人間は完全に清らかな存在ではないが、互いに触れ、赦し、受け入れることで別の形の清さを見出す。本作は、その複雑な人間観を、豊かなアメリカ音楽の語法を通じて描いた、Iron & Wineのキャリアにおける意欲的なアルバムである。

おすすめアルバム

1. Iron & Wine – The Shepherd’s Dog(2007)

『Kiss Each Other Clean』の前作にあたり、Iron & Wineが初期のローファイ・フォークからバンド・アンサンブル主体の音楽へ移行した重要作である。フォーク、レゲエ、アフリカ音楽、サイケデリック・ロックなどの要素が混ざり合い、サム・ビームの音楽的拡張が始まった作品として位置づけられる。

2. Iron & Wine – Our Endless Numbered Days(2004)

初期Iron & Wineの代表作であり、静かなアコースティック・フォークと親密な歌声が中心となっている。『Kiss Each Other Clean』の豊かなアレンジとは対照的だが、サム・ビームの歌詞世界、家族や記憶、喪失をめぐる感覚を理解する上で重要である。彼の作家性の原点を確認できる作品である。

3. Bon Iver – Bon Iver, Bon Iver(2011)

同じ2011年に発表された、フォーク由来のアーティストが大きくサウンドを拡張した代表的な作品である。室内楽的なアレンジ、電子音響、柔らかなコーラス、抽象的な歌詞が特徴で、『Kiss Each Other Clean』と同様に、インディーフォークがより広い音楽的領域へ進んだ時代性を示している。

4. Paul Simon – Still Crazy After All These Years(1975)

1970年代のシンガーソングライター作品として、フォーク、ジャズ、ソウル、ポップを洗練された形で融合したアルバムである。『Kiss Each Other Clean』に感じられる1970年代的な柔らかいグルーヴや、知的で穏やかなポップ感覚を理解する上で関連性が高い。サム・ビームのアメリカ音楽への視野の広さとも響き合う。

5. Sufjan Stevens – Illinois(2005)

インディーフォークを基盤にしながら、ブラス、ストリングス、コーラス、複雑なアレンジを用いて壮大な音楽世界を構築した作品である。『Kiss Each Other Clean』とは音の方向性が異なるが、個人的な記憶、宗教的なイメージ、アメリカ的な風景を、豊かなスタジオ・アレンジで描く点に共通性がある。

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